第6話:覚悟を強制してしまった



 今の状況をとりあえず整理するか。まず相手の戦力、呪いの大蛇の力。こいつは【蹂躙・喪失】の力を持っている。物理、呪い、魔法の防御能力を一方的に喪失させる力、さらに言えば物質化してしまった肉体も強靭で、物理的な攻防面でも高水準だ。



 まぁヤツの物理攻撃は俺の肉体操作、内臓移動によって回避可能だし、こちらもヤツを普通に倒すだけの火力は持っている。現に先程、襲いかかった魔蟲達を放っておいたなら、この大蛇は死んでいただろう。だが、問題はこの大蛇を殺せば溜め込んだ呪いが一気に放出され、この一帯が汚染、大抵の生物が死に絶えてしまうだろうってこと。



 そう、倒すこと自体は簡単なんだよ。そして俺が口を滑らせてしまったせいで、下手に殺せないというアドバンテージを大蛇が理解してしまったために、大蛇は俺の後方で固まっている子供達を人質というか、駆け引きに活用しようとするだろう。勝てないにしても……俺が不用意に大蛇を殺せないとなれば、生存のために、俺から逃げるために使うはずだ。



 例えば逃走するタイミングで子供達に呪い汁を吹きかけて俺がそれを庇うように誘導するとかそういったことが考えられる。ともかく、強い呪いにしては人間のような知性がしっかり残っている。おそらくコアとなる魂が、呪いを支配的に活用できるなんらかの仕組みが、ファーカラルによって施されているんだ。もし知性がなく、交渉もできない災害クラスの呪いがあるとして、そんなもんはコントロール不可能で、ファーカラルにとっても扱いづらいものになってしまうはずだ。



 となれば、これは制御可能な高位の呪いの活用、その成功体といえるのかもしれない。指示を聞く可能性があるなら部下とすることも可能だ。まぁ知性があると言っても、あくまで呪いにしてはあるってだけで、人間的に見たら大したことはなさそうだ。俺が言えたことじゃないが、こいつはあまり賢そうには見えない。



 ……こいつが逃走する時、俺が全力で子供達を庇えば、守ることはできると思う。だが、大蛇は逃走を成功させてしまうだろう。そうなったら被害は甚大、ここにいる子供達よりももっと大勢の人々が死ぬことになる。考えなしに殺してもダメ、敵の攻撃から子供達を庇わなくてもダメ、庇ってヤツが逃走を成功させてもダメ……



 唯一正気を保つ女の子が、今も必死に他の子やシスターを正気に戻そうと声掛けを続けているが……この人数を直ちに避難させることは現実的に厳しい。不用意に避難させようとすればそれこそ敵が付け入る隙になる。ヤツの恐怖の波動も厄介だ……結局そのせいでみんなの動きが鈍化、逃走の効率も低下するからな……ヤツが【蹂躙・喪失】の力を使うようになってから俺にも恐怖のダメージが入ってきてる。俺の精神力が削られて、恐怖状態になってまともに動けなくなるまで、どれほどの猶予があるのか──アレ?



「おい、そこの正気の子供! お前、恐怖を感じないのか?」



「え? いや怖いですけど……」



「なるほど、やっぱ恐怖状態になってないな。さっきも言ったけど、この蛇野郎の持つ力の影響で、みんな強制的に恐怖状態に陥っているんだ。俺も精神力が尽きたらこいつらと同じ状況になる」



「え!? そ、それって言ってしまってよかったんですか!? あの蛇に聞こえちゃってますけど……」



 女の子からツッコミが入る。蛇はニタリと笑ったような雰囲気を醸し出している。まぁ当たり前の反応だな。



「俺はこう見えて長い間修行しててな。人間から見れば異常な強さになってるはずなんだ。だからまだこいつの強制的に恐怖状態にする力にまだ耐えられてる。気合でな……でもお前はそうじゃないだろ……耐えられるのが異常なんだ。人から見れば雲の上の存在な神々だって、きっとこの呪いの力に耐えることは難しい。なのにお前には、まるでヤツの力が通用しちゃいない。耐えるどうこう以前に、呪いの力の影響を全く受けていない!」



「え? 待ってください、どういうことなんですか?」



「お前にはとんでもなく強い呪いへの耐性がある。神々ですら持ち得ない力をお前は持っている。だが神々すら超える力を、俺は知っている。それはこの世界と神々を創った、創世神、そして……その力の一部を継承する──聖女だ」



「……え?」



「間違いない、ラインマーグが俺をここへ導いたのも、ここにお前という新世代の聖女がいたからだ。お前ならこいつの呪いを完全に無力化できる。この街、いやこの地域すべての命を! お前は守ることができる!!」



「む、無理ですよ……そんなの、いきなり言われたって……わたしが聖女なんてあるわけないじゃないですか!!」



 え……? 怒っちゃった? 女の子は涙を流しながら怒りの声をあげた。何かこの子の地雷を踏んでしまったのか? だけど、この状況を打開するにはこの子の力を借りるしかない。聖女であることは……ほぼ間違いないはずなんだ。聖女でないにしたって、無効化不可能なはずな【蹂躙】の力を無効化しているのは紛れもない事実なんだからな。戦力には確実になる。



「わたしは……あの村で、シャッコー村で、ただ一人生き残ったんです。みんな! 病気でおかしくなって……死んだんです……今になって、なんとなくわかった。あの病気はきっと……この蛇の呪いのせいだったんですよね……? それで、わたしが、聖女で、あなたの言う通り……呪いをどうにかできる存在であったなら……わたしは……わたしは……!! 助けられたはずの家族を! 友達を! みんなを……!! うぅ、あぁ……そんな……わたしは本当は救えたの? なのに……救えなかった? そんなの嘘でしょ?」



 ……そうか……これは……キツイな……優しそうな子だ。そりゃ、死んだ親しい人間が、本当は自分が助けられたなんて知ったら……だけど、だけどさ……だからこそなんだ。



「……耐え難いな。胸が痛いし、苦しいよな。でも、それでもお前は聖女だ。助けられる! 今この眼の前にある生命を! 過去は変えられない、でもお前は、そいつらを守りたいんだろ!? だったら、覚悟を決めろ! 耐え難くとも、現実を受け入れろ! お前は聖女で! その力を使えんだ!! 呼び覚ませよ! お前の魂に眠る力を!!」



 優しいからこそ、またここで大事な人達を救えなかったら、また一人生き残ったら、この子は死ぬほど後悔する。その痛みは、耐え難い現実を受け入れるよりも、ずっとずっと痛いこと。俺は心を鬼にして、言葉を口にした。



「──っ! …………」



 俺の言葉を聞いた女の子は息を整え、少しして大きく息を吸った。俺の目をしっかりと見据えて、口を開いた。



「あなたの言う通り……痛くて、苦しくて、受け入れがたい現実だけど……そんなこと言ってる場合じゃない。自分の不幸に酔って、無力を受け入れるなんて、わたしのガラじゃない。わたしには! やることがある!! わたしの心が痛いだけで! みんなが助けられるなら!! 良いことじゃない!! 迷うことなんて何もない! シャトルーニャ! あなたは聖女で、理不尽を打ち砕くためにある!」



 涙を流しながらも、はっきりとした口調で、聖女は、シャトルーニャは言い切った。強い子だ。シャトルーニャは痛みを受け入れ、聖女として人々を助ける覚悟を宣言した。そしてその瞬間──



 ──ドクン



 鼓動のような振動がこの広場一帯に響いた。



 ──ドクンドクンドクン



 鼓動は早まり、場に緊迫感が広がる。そして──ついには決壊した。パリンパリンと硝子窓が割れるかのように、空に亀裂が奔る。空が割れ、オレンジの光が大地へ、シャトルーニャに向かって降り注いだ。光の柱のようなソレのオレンジ色は、あまりに濃く、力強く、神話的な美しさと言うよりは、もっと原始的、命の力そのもの。暴力的なうねりと、他を殺して塗りつぶすかのような、畏怖の念を抱くべき光景だった。



 光が収まった。シャトルーニャの顔に涙はない。黒髪だった彼女の髪はあの光と同じ、暴力的なオレンジ色に変わっていた。なんていうか……実際目の前で突然髪の色が変化すると、印象がガラっと変わるな……まぁそもそも前世でも知り合いが髪色をガラっと変えるとそれでも驚きはあったわけで、こうファンタジックに突然バーンとやられると、結構受け入れるのに時間がかかる。



 まぁ、それはそれとして、変わったのはシャトルーニャの髪色だけじゃない。光が収まったと同時に、大蛇は輝く槍に囲まれ、閉じ込められていた。大地にしっかりと突き刺さった槍からは光の根っこのようなものが伸びていて。檻のように大蛇を包んでいる。もちろん俺も大蛇と密着していたため、この檻の中にいる。



 檻を触ってみた。



「あっつ!!?????????」



 めっちゃ痛かった……俺の内部の全呪いが俺の命ごと消し去られそうだ。となればこの呪いの大蛇も同じ状況だ。こいつはもう逃げられないし、こいつの呪い汁だって外部に滲み出ることはないだろう。



 しかし……神話なり伝承なりで聖女のことは調べてきたから、これぐらいの呪いなら対応して見せるだろうと思っていたが、本当にできてしまうんだな……結局聖女の力にアクセスさえできれば、その瞬間から力だけは歴代の聖女と変わらないんだろう。経験はこれからだとしても、ただの人間から一気に強くなりすぎだな。



 だがこれで、この蛇野郎を始末しても問題なくなったわけだ。



「ありがとう。これでこいつを倒せる。聖女シャトルーニャ、お前の名前を聞いちまったからな、俺が名乗らないのも気持ちが悪ぃ。俺は鰻 黒楼|(うなぎ くろう) 元人間、今は邪神に地獄へ堕とされた呪いの肉人形。曲がったことと理不尽なことが大嫌い、真っすぐ行って、それで死ぬならそれまでの、愚か者だ!」



「ウナギィ・クロー……さん。なんだか不思議な名前ですね。なんでか分からないけどお腹がすくような……」



 お腹がすくか……この子の前世の世界にはウナギがあったのかな? ラインマーグが言うには俺とこの子は違う世界出身らしい。まぁ、俺の世界じゃウナギは食べられなくなってたから、どういう味なのか俺には分からないけど。ともかく変な縁ができたもんだ。



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