第5話:中身のノリが良すぎた




 なんだ、この子は……黒髪で戦闘職の修道服を着込んでいるが……事態が始まってしまう前は明るく柔らかい雰囲気をしていたが、流石に今はピリピリとしている。それでも芯はしっかりと持っていて、この状況にビビっちゃいない。



 子供たちを呪いから守るために、俺は腹の中身を出しちまったが、この子は俺に敵対心を持っていない。呪いの力、恐怖の波動を受けたはずなのに、正気だ。



 他の子は俺のグロテスクな中身、魔蟲達を見て、俺のことを完全に敵だと思って怯えているが、これはきっとあの呪いの力がなくともそうなっていただろう。俺の中身はどう見ても人に優しくないタイプの化け物にしか見えないからな……



 だけど、この正気を保っている少女は違う……俺の人外側の姿を見て、一瞬驚きはしたものの、俺が彼女たちを守ろうとしたという意図を瞬時に理解し、俺に敵対心を向けることなく、怯えることもなかった。



 ある程度戦闘訓練とかを受けてて、状況判断することができたのかもしれない……まぁそれにしたって、肝が座ってる子だ。



「さて、どうすっか……」



 とりあえず呪いの大蛇の初撃からは彼女たちを守ることができたが、こいつは想像以上にパワーがあるぞ……まぁ、邪神が、ファーカラルが関わっているとなれば、別に不思議ではないか……



 あの呪いが出す恐怖の波動はおまけだ、耐性のない者が触れるだけで即死する呪い汁のおまけだ。強すぎる力が勝手に漏れ出した結果、恐怖の波動が出てしまっているだけ。さらに言えば、あれは獲物を仕留めるための毒液なんかじゃない。こいつの体を循環して動かす燃料だ。下手にこいつを攻撃して中身の汁が大量に漏れでもしたら、そこらじゅう汚染されて、この街どころかこの地域の生物が全滅する。副次的な要素だけで災害クラスだ。



 あれが副次的な効果ならば、本命はなんなのか、それは【蹂躙】の力。相手に一方的なルールの強制を行う力。こいつの【蹂躙】の力は【喪失】



 こいつはその力を使って、俺の呪いに対する防御能力を喪失させ、物理的な防御力をも喪失した。よって、俺の呪いに耐性があるという強み、アドバンテージは一瞬にして消えたし、魔蟲の進化、成長によって上昇した物理的な防御力も意味はない。相性は最悪に思える……だがまだマシな方か……【蹂躙】の力は使用者にはなんの制約もなく、行使することで疲労することもない。【蹂躙・喪失】の力を使ったとして、あの呪いの大蛇の防御能力が喪失することはない、俺が一方的にヤツのアンフェアなルール下に置かれるだけ。



 俺がマシだと思うのは、この喪失が一方的な力を行使するにしては生ぬるい”現象”だからだ。仮に相手の力が問答無用で即死だとか、そういうのだったら俺はすでに死んでいる。こいつは殺したいのではなく、痛ぶり、生かし、苦しませたい。飽きるまでは殺さない。この呪いは今、自分が圧倒的な強者であると錯覚しているから、俺で遊ぶつもりだ。現に──



 ──キアアジャアアアア!!



 ──バキッ、バキバキバキ!!



 呪いの大蛇は俺を笑いながら締め潰した。ヤツの体中に生えた腕が俺に抱きついて、締め付けた。俺の肉の筋や骨が折れた。その音を聴いて、ヤツは満足げに笑っている。目を細め、愉悦に浸っている。防御能力が喪失していなければ絶対にありえないダメージ、万全な状態であったなら軽く弾いたはずだが、現実問題ダメージを受けてしまっている。



 ──まぁ、意味ないけどな。



 確かに防御能力は奪われたが”回避”ができなくなったわけじゃない。折れ、潰れたように見える俺の肉や骨は魔蟲。大量にある関節を固めて形を作っていただけで、形を保つのをやめ、関節の固定を解けばダメージはない。さらに内蔵部分の魔蟲達は俺の体内を移動することで、潰され、殺されることを回避した。それによって俺の体の一部は膨らんだり縮んだり伸びたりと、かなりキモイことになっている。



 普通の生物であれば、内蔵を退避させるなんてことは難しいかもしれない。しかし俺の体内を構成するパーツ一つ一つは、それぞれ別個体の魔蟲だ。今は俺の中で共生しているが、そもそもバラバラでも動ける。



「なんだ間抜け面して、思っていた反応と違って面白くないか? お前みたいなのは、相手を思い通りにできなきゃ気に入らないんだろ? どうだ、イライラしてきたか? おかしいよなぁ、圧倒的な力を得たはずなのに」



 ──ギシャアアアアアアアアアアアアア!!!!



 こりゃキレたな。でもこの呪いもかなり対話できる方だ。何かを思うだけの人間性は残ってる。怒ったから……本気で殺そうと思ったんだろうな。



 大蛇は物理的に俺を苦しめ、殺すことは諦め、呪い殺すことにした。呪殺、俺の生命力に直接ダメージを与えることで殺そうとした。



 こいつの【喪失】によって、俺は呪いに対する防御手段を持たない。なのでその呪殺も弾くことはできない。



「──ッグ!? ガハァ……ッ……」



 なので普通にダメージを食らう。そんな俺を見て、大蛇は余裕を取り戻し、嗤う。



「まだ嗤うには早いぞ、変態野郎。お前の見た目の方が悪い意味でおもしれぇぞ」



「キシャ……?」



 大蛇は普通に言葉を発し、生きている俺を見て混乱していた。



「確かにお前の喪失の力と強い呪力があれば、格下相手にはどうしようもないクソゲーが可能だ。でもな、それは格下であったならの話なんだよ」



「シャ……」



「もちろんお前は俺を呪い殺せる。ゆっくりじわじわと着実に呪い殺しつつある。だが途方もなく時間がかかる。俺の生命力を潰し切るには、お前の力が足りない。防御を抜いても、体力を削りきれるとは限らないよな? 俺の体内にいる仲間達は、一匹一匹すべてが、お前の力に余裕で耐える。もちろん俺もだ」



「シャ……シャ……」



 こいつに顔なんてないが、やはりなんとなく表情っぽいのはある。青ざめた表情、人間であったならそんな感じか。大蛇の体中に生えた、腕の指先はよく見ると震えていた。



「あと、俺は元々お前を許すつもりはなかったが、俺の中の”こいつら”はまるでやる気がなかった。だけどお前が呪殺なんてしようとするから……怒らせちまったぞ? 生意気なガキが、舐めてると潰すぞってな──」



 俺はまだまだ会話を続けようとしていたが、魔蟲達は待っちゃくれなかった。俺の体中から触手を伸ばし、大蛇に体を突き刺していった。流石にこいつらも呪いそのものを食ってはいない、確かにこの大蛇の中にはこいつらの餌である大量の痛みや苦しみで溢れているだろうが、呪いが混じったままでは食べづらいようだ。こいつらが俺の苦しみの感情エネルギーを餌にしていた時だって、俺の魂の一部を経由することで食らっていた。呪われまくっていた俺の肉体や魂だが、その中でいくらかまともな部分に管を突き刺して吸っていた。



 こいつらは呪いを吸っても死にはしないだろうが、多分美味しくないから嫌なんだろう。だから大蛇に触手を突き刺したのは単なる攻撃、殺したいだけだ。元はただ寄生し、せいぜい宿主の肉体を操る程度だったこいつらも、完全に寄生する必要がない強さになっていた。俺に寄生しているのは本能だったり、俺の中の居心地がいいとかだろう。まぁ自分の家だと思ってるってことだな。



「おい、待て待て待て! お前らが大丈夫でも他の奴らはこいつの呪いに耐えられん! 呪いが漏れ出て汚染されたら困る! ……あ……」



 ま、まずい……思わず思ったことを口に出してしまった。大蛇の頭上に電球マークがピコンとなったような気がする……間違いない、大蛇は子供たちの方を見てニヤついている|(多分)



 俺は馬鹿か……クソ、地上へ出てからというもの、最近はほとんどラインマーグと話すぐらいしか他人と話さなかったせいで感覚が狂った。まぁ人と行動したり、ラインマーグ以外と過ごすこともなかったわけじゃないが、ここ10年はまともに話してない。久しぶりに人と話す機会があって、その感覚から戦闘の感覚に戻れていなかった……この蛇、確実に子供たちの命を利用して駆け引きしてくるぞ……生き残るために……



「おい止まれって!! どうすんだよ! お前らこの呪いで大地が汚染されないように防げんのか!? 俺はまだどうにかできる算段ついてねぇぞ!! 止まらねぇと飯抜きにすんぞ!?」



「……え? そうだったんですか? なんか自信ありげだったから大丈夫そうだと思ってたけどそうじゃないってことですか?」



 うわあああああああああああ!! また口に出しちまった……女の子を不安にさせてしまった……魔蟲達は俺の飯抜きの脅しにあっさり動きを止めた。魔蟲達にも結局こいつの汚染を防ぐ考えはないらしく、ノリでやっちゃっただけらしい……マジでさぁ……俺もノリで動くところはあるけど、こいつらも大概だな。一応状況は理解できてたっぽいんだけどなぁ……



 はっきり言って、この大蛇を倒すだけなら最初から簡単なんだよな。だけど、被害者を出さずにどうにかするのは難易度が高すぎる……だが、俺は仕方ないで諦めるつもりなんてない。



 ……許せねぇ……馬鹿な自分自身が……ていうかそうか、俺がこの蛇野郎と長々と話続けようとしたのだって、久しぶりに話せるもんだから、口が止まらなかっただけだ……元々俺はお喋り馬鹿だったけどさぁ……はぁ……



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