第4話:覚悟を決めたつもりが一番危ない!



 わたしは極々普通の、何の変哲もない、農民の子として生まれた。両親は優しく、働き者だった。正義感が強くて、曲がったことが大嫌いな父は、喧嘩をして帰ってくることも多かった。例え相手が偉い人でも、筋の通らないことは許さない。



 偉い人達に嫌われていたけど、内心同じことを思っていた村の人々は父を認めていた。母も父のことは認めていた、だけど、喧嘩はダメだと叱っていた。いつか死ぬよと釘を差していた。



 わたしが9つになるまでこれといった変化はなかった。少なくともわたしの家はそうだった。いつも通りイモを育てて、作物を狙う獣を獲って、友達と遊んだ。



 でも、本当は少しずつ、日常はおかしくなっていった。友達や、その家族が病気になって、一人、また一人と死んで、消えたから……



 だけど、9つになる時まで、わたしの家に”そういった”事はなかった。だから、どこかわたしには関係のないことだと思っていた。



 大人たちはイライラしてた。原因の分からない病と失踪に、領主が対応しないことに。わたしが9つになった時、父は他の大人たちを連れて、領主に直訴を行った。



 父と他の大人たちは、直訴に行ってから帰ってこなかった。そして領主から発表があった。父達は蛮族によって殺されたと、原因不明の病や失踪も蛮族のせいかも知れない、そんな発表があった。でも、村のみんなは誰一人としてその発表を信じていなかった。



 きっと領主が父達を殺した、領主は何かを隠している。そう言われていた。村のみんなは領主が隠す何かを明らかにして、罪を償わせるつもりだった。本気だった、追い詰められた村のみんなは死なばもろともで、領主と戦うつもりだった。



 でも……いくら気持ちが強くても病には勝てなかった。苦しそうに、悔しそうに死んでいった。100人はいた村人は、わたしただ一人になった。



 わけがわからなかった。どうしてか、わたしだけが生き残ってしまった。村のみんなの無念と悲しみ、怒りを知っているのはもうわたしだけ……まるで……使命を果たせと言われているような気がした。それこそが、生き残ったわたしの役目だと……



 10才、わたしは街の教会、その孤児院で面倒を見てもらうことになった。孤児院には子供たちで溢れていた。それは親が死んだ子供がたくさんいたってことで、わたしの村に起きたことは、他の村でも起きていたことを意味していた。



「シャトルーニャ、あんたそんな勉強ばっかしてると頭がおかしくなって死ぬよ? あたしがお前ぐらいの頃は勉強から逃げ回ってたもんだけどねぇ」



「シスター・フランとわたしも同じだよ。わたしだって勉強好きじゃないもん。もっと小さいころはサボってばっかでおとうとおかぁにも怒られてたもん」



「えぇ? じゃあなんでそんな勉強頑張ってんのさ、賢くなって偉くなりたいのかい?」



「そんなのいらない! わたしは強くなりたいの。悲しいのをなくしたいから」



 父と母、村のみんな、孤児院の仲間、その家族……たくさんの悲しみがあった。自分にはどうしようもない不運、不幸、だとしてもわたしは納得なんてできなかった。



 父が直訴に行って帰ってこなかった時からずっとわかっていること、領主は悪党だ。広がる病のせいで、街の人々は日々の生活で精一杯。どうにかなったらいいなと願うだけしかできない。自分でどうにかすることはとっくに諦めていた。



 だからわたしがやる。戦う術を学んで、わたしが領主を倒す。自分を鍛えて、強くなって、何かが誰かを悲しませようとする時、それを跳ね返せる強い人になりたかった。



 だから勉学に励んで、神官になるための修行をした。武器の扱いと体術、魔法の技術を磨いた。孤児院のみんなはわたしがシスター・フランのあとを継ぐために神官になる修行をしているのだと思いこんでいるけれど、そうじゃない。



 シスター・フランはそれをわかっているけど、他の子達に説明することはなかった。ただ陰ながら応援してくれていた。徹夜で勉強するわたしに夜食を用意してくれたりだとか、修行のために知り合いの武闘派の神官を呼んでくれたりとか。



「はぁ……シャトルーニャ、わたしはそんな真面目な顔、あんたにして欲しくないんだけどねぇ。本当のあんたはもっと明るい馬鹿でさ、迷惑かけまくるクソガキなはずなんだ。ずっと子供の面倒を見てきたんだ、その子供がどういう系統か、あたしには分かっちまう。それが、それがさ、あんたがクソガキらしさを出さないのがさ、自分の中の子供な部分を、誰に言われるでもなく簡単に手放してさ……あたしはこの時代が嫌いだよ。ガキは元気に走り回って、迷惑をかけて、叱られるべきなんだ。いつの時代もね」



「今日は聖女祭、わたしが15になって、洗礼を受けて成人するんだから! そんな暗い顔しないでよ! シスター・フラン! もしかしてわたしが孤児院を出るのがそんなに寂しいの?」



「そりゃあんた変わり者だからねぇ、どうしても印象に残る。そいつの世話をするのは充実した日々だったよ。寂しくなるのは当然さ、う、ううう、うわああん!」



 シスター・フランが泣いた。そんなの一度も見たことがなかった。それにつられてわたしも泣いてしまった。シスターに抱きついて、感謝の気持ちを伝えた。



「シスター・フラン! 今までっ! お世話になりましたぁっ! あなたがいたからわたしは頑張ってこられた……絶対、絶対に立派な神官になってみせるから!」



「馬鹿、洗礼はまだ終わってないんだよ? あんたが出ていくのは洗礼が終わってからさ、まだ早いよ」



 そして、聖女祭。伝説の聖女に祈りを捧げて、15の歳を迎えた子供達は洗礼によって成人する特別な日。今年は例年と違って、15未満の子供たちも儀式に参加するらしい。洗礼を受けるわけじゃないみたいだけど、領主の指示とのことだった。



 わたしは”領主の指示”という部分に一抹の不安を覚えた。



 孤児院の他の子供たちを連れて、わたし達は洗礼の儀式場にたどり着いた。いつもと違う場所、たどり着いてすぐに違和感に気づいた。



 それはこの場に洗礼、成人の儀が必要な15になる子供はわたししかいなかったこと。そもそも、この場には”孤児院の子供”しか存在しなかった。流石に街全体で15になる子供がわたし一人しかいなかったというのはありえないし、実際に同い年の子だって知り合いにいるけど、誰一人としてこの場にいない。



 心がざわついた。領主の指示ということから抱いていた不安、それが現実化する、そんな確信が生まれてしまった。怪しいと思っていたんだから、もっと本気で考えるべきだったかもしれない……警戒しないと……何が起こっても対応できるように……



 ──グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!! ギシャアアアアアアアアアアアアア!!!!



 獣のような咆哮が響いた。その音の発生源は、大きく、それが何なのか、わたしには理解できなかった。巨大な黒い怪物がわたし達を明らかに狙っていた。わたし達を……捕食しようとしてる?



 わたしが恐怖を感じて、それが何なのか理解しようとした瞬間、巨大な化け物は、その姿をはっきりとしたものに変えた。それは全身に黒い腕を毛のように生やした大蛇で、わたしがこの姿を認識した瞬間、わたし達の眼前に迫っていた。



 ──や、やられる。他の子供たちやシスターを守らないといけないのに、どうすればいいのか分からない。どうしたらいいの? こんな化け物を相手にするなんて、想定にない……というか、体が……動かない……なんで、なんで? あ……あ──



 わたしは、わたしの手は震えていた。恐怖を感じていたから、体がすくんで動けなくなってしまった。動かなきゃ……動け……! みんなが! 死んじゃう!!! わたしはそんな理不尽を跳ね返すために今まで頑張って来たんでしょ……!?



 ──ダメ……守れない、もう遅かった。覚悟を決めて、動き始めるには遅かった。みんな、この化け物に呑み込まれてしまう──



 ──そんな時だった、男の人がわたし達の眼の前に現れて、わたし達を呑み込もうとする大蛇の前に立ちふさがった。大蛇は男の人を気にせず、襲いかかってきた。



 だけど、大蛇の牙がわたし達に届くことはなかった。男の人のお腹から、沢山の棘や触手、刃が伸びた。それは大蛇に絡みつき、突き刺さることで大蛇の動きを止めた。



 大蛇の化け物を止めたのは──化け物のような男の人でした。不気味で怖い見た目のはずなのに、その男の人は、わたしには怖い人には思えませんでした。こちらを見る男の人の目が優しいものだったからなのかな……? 分からないけど、彼はわたし達を守るために、大蛇の牙を体に受けていた。お腹から出た触手や棘でわたし達を大蛇から守ることはできても、自分を守ることはできなかったんだ。



「早く逃げろ!! こいつは呪いだ。子供を贄とする化け物だ。ここから逃げろ!! 死ぬぞ!!」



「で、でも! あなたは……!?」



「っは、人の心配する余裕があるたぁな……じゃあ、お前他のやつらを逃がせ、お前の役目だ。他のやつは恐怖で動けない。これは本能で動けないってだけじゃない、呪いの力によるもんだ。動きたくても動けないんだ。だから、お前がみんなを落ち着かせて、避難させろ。俺はこいつをどうにかする」



「どうにかするって……どうやって……」



「だから俺の心配はいいって!! ああ、もう……はぁ……お前のやるべきことは友達を守ることだろ!!」



 わたしはハッとした。化け物みたいな男の人の言葉で、自分が今何をするべきなのか、はっきりとわかった。そうだ、みんなを守るんだ。友達を、家族を守らなきゃ!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る