第3話:怒りと悲しみで泣いちゃった



 ──俺が地上へ出てから15年、俺は未だにファーカラルの居場所を特定できていなかった。しかし、この15年の間にいくつかのヤツの悪巧みを阻止した。と言っても未だにファーカラルの狙いは分からない。俺が阻止した悪巧みも、ファーカラルの手下を増やすだとか地上での支配地域を増やすだとか、事前準備的なアレコレを阻止しただけで、ヤツの真の狙いは全く分からない。



 おそらく聖女という存在が関わってくるんだろうと思った俺は、聖女に関わる色んな国の書物を読み漁った。しかし、聖女の存在を調べても神話だとか伝説にあるぐらいで、正直よく分からないというのが現状だ。分かっているのは、聖女がこの世界を生み出した創世神に関わる存在ってこと。そして、今この世界を支配している神々や邪神、両陣営が聖女の力をその手中に収めようとしているってこと。



 ラインマーグも聖女を守ったが、あいつの所属する神々の陣営も信用できるかは謎だ。聖女を守ったのは結局自分たちがその力を利用するためなのかも知れない。まぁラインマーグ個人は信用できると思うけどな。



 ラインマーグとはこの15年の間に何回か共闘した。その結果あいつは随分と俺に懐いてしまった。悩み事があるとすぐに相談しにくる。対人関係というか対神関係での悩みが殆どだが……問題はジャスティスゲートを使って唐突にやってくることだ。ファーカラルと関わりのありそうな組織のアジトへ潜入している時に現れたのは最悪だった。まぁ悪気はないようだし反省していたので許したけどな。



 そもそも俺というか、人と過剰な接触をすることは神々の中ではルール違反なのだが、ラインマーグはある建前を使うことで、そのルールを回避した。それは俺が人間ではなく、邪神の生み出した生体呪物という括りにすることで、人と関わっていないことにした。まぁ実際その通りではあるんだけどな……さらに言えば、ラインマーグが俺にお悩み相談しに来る時は、表向きは俺の監視という名目になっている。



 最近のラインマーグは露骨に神々の上層部へ反目というか……嫌っていることを隠さない。俺に悩み相談をする割に、不完全燃焼気味な顔をするし、裏で何か動いているのかも知れない。まぁ、俺には関係ないことだけどな。ラインマーグは正義感の強い良いヤツだが、最近はキナ臭いような感じがする。それはラインマーグのせいなのか、他の神々のせいなのかは分からないけど。



 しかし、俺は今日、そのラインマーグから得た情報を元に、とある街へとやってきた。街の名は「フロストペイン」レンガ造りの街並みが広がる雪国の田舎だ。今日この街で聖女に感謝の祈りを捧げる祭り、聖女祭があるのだ。この祭りの聖女とは、過去に存在した伝説の聖女のことで、俺が地上へ出たのと同時に生まれた聖女とは無関係。しかし、ラインマーグによれば、ファーカラルは今日この街で動くらしい。


 俺は調査のためにとりあえず街を散策することにした。するとすぐに、俺はある違和感に気がついた。聖女に祈るための祭りのはずなのに、大気が、邪気と瘴気で穢されていることに。呪いと関わりすぎたせいでそういったことを知覚できる俺からすると、この街は最早人の住む場所ではなかった。



 ──この街は、すでに邪神に堕とされているんだ。




──────



 俺は邪気、瘴気の発生源を探した。それがより濃い、濃密な場所を探った。邪気と瘴気を追ってたどり着いた場所は、この街の領主の倉庫だった。警備は厳重で、何人もの兵士が配置されている。俺はその兵士達の中で、気分を崩し、吐きそうになっている者に話しかけた。



「あんた気分が悪そうだが、大丈夫か? 今にも吐きそうじゃないか」



「ああ、実は凄く気分が悪いんだ。なんだか、ここの警備を任されてから体調が悪くてさ。他にもそういうやつは何人もいる。ああ、でもこのことは黙っててくれよ? 話すにしても私が言っていたことは秘密にしてくれ……」



「そうか、やっぱりな……」



 俺は意味深にそういった。相手の興味を引くように。



「やっぱり? それってどういうことだい?」



「俺は呪具の処理業者をしててさ、呪いだとかには詳しいんだが……ここの倉庫、物凄い邪気と瘴気の吹き溜まりになってるぜ。こんなとこにいたら、まともなヤツほど体調を崩しちまうよ。でも意味深だよねぇ、そんな不気味な倉庫をこんな大勢で警備してるんだ。ああ、怖い怖い……兄さんもさっさと配置換えしてもらうか、他の仕事探した方が身のためだよ」



 俺がそういうと兵士の兄ちゃんは兜を脱いで吐いてしまった。



「うう……だよなぁ。私も薄々ここっていうか、領主様はヤバイ奴なんじゃないかって思ってたんだ、ここに何があるかなんて……知るのも怖い……ああ、もう本当に気分が悪くなってきた。ちょっと上司に相談してくるよ」



 上司に相談、配置換えかそれとも仕事を辞めるのか、それは不明だが、ともかく兵士の兄ちゃんは去っていった。しかし、兄ちゃんには悪いことをしたな。あいつが元々気分を害していたのは事実だが、本当に吐いてしまったのは俺のせいだ。



 俺には人を愛せない呪いがある。それは俺が人に親愛の情を抱き、人を受け入れることで発動する。発動すると、俺に取り憑いた呪い、邪気がその人に注ぎ込まれる。内心その人間を快く思っていても、拒絶する心、その人間とは関係を築かないという覚悟、決意さえあれば発動しないが、俺はあえて発動させた──



 ──この倉庫の警備に穴を空けるために……さぁ見せてもらおうか、ここに何があるのかを。



 どうやら倉庫内部に人はいないみたいだな。倉庫内は布で覆われ隠された大量のナニカがあった。俺は領主が隠したいであろうモノを覆い隠す布を引き剥がした。



 引き剥がすことで見えたのは、壺だった。蓋を開けると中には赤色のドロドロの液体が入っていた。赤色、まるで血液だが、これは血のたぐいではない。これは呪いそのものだ。あまりに強い怨念、呪いが物質化してしまったモノ。これを放置すると大地は汚染され、触れた生物は死ぬ。と言っても即死するわけではなく、じわじわと死んでいく。



 かなり広い倉庫にそんな壺が大量にあった。倉庫内にあるモノのほとんどがこの呪いの汁だ。こいつは……年季が入ってやがる。ほんの数年で溜まる量じゃないぜ、こりゃ……最低でも十年以上はかかるはず、もしも短期間でこれほどの量の呪い汁が生み出されるなら、この街はとっくに滅んでるはずだからな。



 となるとこれは、大地にも川にも流せないもんだから、こうやって隔離してるってことだな。まぁ、措置としてはまともだ。だが……新型ガーゴイルが使われていた時点で、兵士たちが事情を知らなかった時点で、ここの領主は黒だ。この呪い汁が生み出されてしまう原因に関わっている可能性が高い。もし自分が原因でないなら、さっさと話して協力者を得たり、原因を追求した方がいい。



 まぁ、倉庫に何を隠していたのかはわかった。となれば、今度はこの呪いを詳細な分析にかける必要がある。



 ──ゴキュゴキュ、ゴプ、ゴポポポポ!



 俺は壺の呪い汁を飲んだ。まぁ壺一つ飲めばいいだろう。この世の終わりのような最悪な味だが、まぁ美味しさなんて元から期待していないので問題ない。想定通りだ。俺は地獄での300年の経験のせいで、呪いに対する耐性というか、許容する力が鍛えられてしまった。なので大抵の呪いは取り込んでもとくに問題は起こらない。



 もちろんダメージはあるが、気合で耐えられる。う~ん……これはヤバイな……呪い汁で即死はないと思っていたが、これは即死クラスだな……おそらく耐性がないなら強い奴でもある程度のダメージがあるはず。普通はこんなのありえないが……呪いの質が意図的に強化されたか、事故的に他の何かと混ざった結果、殺傷力が強化されてしまったのかもしれない。



 呪いというか最早ただの毒だな。武器に転用すれば大儲けできるだろうな。それが領主の目的か? ……いやないな。呪いには呪う対象が存在する。領主が呪いを生み出しているとしたら、呪いは領主を殺すために動くはず。まぁ間接的な形で関わっているだけなら……いやそれも無理だな。あまりに呪いの純度が高い、人間の建前だとか詭弁は高ランクの呪いには通用しない。間接的だろうと関わっていれば牙をむく。



 となると──この壺は高ランクの対呪魔道具かも? 俺は今度は壺を調べた、内も外も隈無く調べた。調べた結果、やはり壺は高ランクの対呪魔道具だった。呪い汁を封印し、領主に害が及ばないようにしているんだ。その証拠に俺が壺の内側から俺の呪いを放出してもほとんど外に漏れない。壺の底にはファーカラルの紋章が刻み込まれていた。なるほど、なんとなく状況が分かってきたぞ。



 何らかの理由で呪いを生み出してしまった領主は、生きるために対呪魔道具を求めた。ファーカラルは対呪魔道具を領主に渡す代わりに領主を手駒にしたってところか。いや、もっとたちが悪いかもな……呪いは封印するだけ、この倉庫に溢れる壺を見れば分かるが、消滅させることはできていない。本当の意味で無害化はできていない。つまり終わりがない。まるで永遠に返済の終わらない借金で、部の悪い契約でも破棄はできない。契約を破棄すれば死ぬだけだ。



「──っ!?」



 取り込んだ呪い汁が俺の中で暴れだした。体の内側からぶん殴られているような衝撃と痛みが俺を襲った。体に馴染ませて、もっと細かく調べようとしたのが癇に障ったか……だが、甘いな。俺はこの程度じゃまるで死なないし、お前が暴れれば、俺の付け入る隙ができるのさ。



 呪い汁に残る、呪い本体の記憶、感覚に俺の意識を接続した。ああ……分かる、分かるぞ。お前の本体がどこにあるか、どんな奴か、俺には分かるぞ。




──────




 呪い本体のある場所、それは街の外れにある井戸だった。それは大きな広場の一角にある。そこには立入禁止の札と警備の兵士が配置されていた。そして布で覆われ隠された井戸にはおそらく封印が施されているだろう。



 封印をしても、それでも漏れ出てしまう。複雑で特殊な”混合”が行われた結果、通常の封印でコレを止めきることはできない。今にもこの封印を食い破りそうな殺気を放っている。



「あんたら、その井戸に何があるのか知ってるか?」



 井戸を警備する二人の兵士に話しかける。露骨に警戒されるが仕方ない。どうにかして説得して退避してもらおう。コレはあまりに危険だ。



「なんだお前は! そんなことはお前に関係ない! さっさと立ち去れ!」



「この街で異常が起きてるんじゃないか? 原因不明の死者や病人が出ているとすれば、その原因はその井戸にある」



「へ? ば、馬鹿な! よそ者の言う事など信じられるか! 頼むから余計なことをしないでくれ! 今日は聖女祭だ、そんなめでたい日に……やめてくれよ」



「そうだ! 嘘だとしたらたちが悪いぜ! こいつの恋人はあんたの言う原因不明の病で死んだ! それけじゃない、弟も病にかかった後、神隠しにあっちまったんだからな」



「そうか、身内が死んだか……ならその原因から目を逸らすな。俺の言ったことから目を逸らすことは……お前の大切だった者の無念、悲しみの声を無視するのと同じだ。お前たちも察しているはずだ、その井戸を覆い隠す布の下に”封印”があるはずだ。井戸の中にある呪いを押し込めるために」



 俺の言葉に動揺し、固まる兵士たちを後目に、俺は井戸を隠す布を取り去った。そこには骨の鎖と聖女の紋章が刻まれたアミュレットによる封印が存在した。そして、その封印の側に例の壺があった。それは井戸の内部から繋がる管と繋がっていて、少しずつ呪いの汁を溜めている。



「これを見ろ、なぜこんな厳重な封印が必要になる? お前たちの領主はなぜこのことを黙っている。呪いが存在し、それが無関係な領民達に牙を剥いたのに、なぜ何も説明しない!! 言ってみろ、今までに何人の死者が出た! 言ってみろ!!」



「あ、あああ……そんな、死んだ人間の数なんてわからねぇよ!! もう何年も前から……何百人どころじゃない、あ、あああああ! 領主様は、この土地を狙う蛮族の仕業だと……」



「じゃあ弟は、カートは……蛮族に連れ去られたわけじゃなかったのか? だとしたら、一体どこに消えたんだ」



「お前の弟はきっと、お前の目の前の穴にいる。この井戸の呪いは子供の命、生贄を欲している。おそらく、生贄として捧げられた。大人は殺してから、子供は嬲ってから生きたまま呪いの一部とした……許されんことだ!」



「あ、あんた……泣いてるのか? あんたは一体……」



 罪もない人々の無念を思うと、俺は涙を抑えることができなかった。許さん、絶対に許さん……彼らの無念は俺が受け取る。こいつらの大事だった者たちを俺が守ろう。



「今すぐ、ここから逃げろ! 周辺の住民も避難させろ! 封印はすでに限界だ! 少しのきっかけがあれば崩壊する!!」



 俺の言葉を聞いて顔を見合わせる二人の兵士、しばらく見つめ合い頷くと、二人は移動を開始した。どうやら俺の言う通り、住民の避難を誘導してくれるようだ。



 ──しかし、遅かった。



 馬鹿が、どうしてだ……どうしてこんな所に……大勢の子供らが……



 まずい……呪いを煽り、暴走させちまう! 飢えた獣の眼前に大量の餌が転がっていたとして、耐えられると思うか? 耐えられるわけがない!!



「聖女様の洗礼楽しみだね~! ねぇシスター・フラン、今年は都会から司祭様が来るんでしょ? 今年は特別な聖女祭なの?」



「私もよく分からないんだけど、今年は15より小さい子も洗礼に参加させろって話になってねぇ~チビ達に洗礼を受けさせるわけじゃないみたいだけど、領主様も何を考えてるんだか……結局そのせいで、こっちの大きい広場じゃなきゃ洗礼もできなくなって、人手も足りないって、はぁ~」



「あ~! シスター、ため息ついてばっか! わたし達には幸せが逃げるって怒るのに、悪いんだ~!」



 シスターと思わしき女性とそれを取り巻く、大勢の子供たち、一番年上の子供であろう女の子は小さな子供たちがはぐれないように手を繋いでいた。




 ──グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!! ギアアアアアアアアアアアアア!!!!



 井戸から呪いの獣声、叫びが木霊する。



 ──パキッ、バキバキバキバキ────!!



 すでにヒビの入っていた骨で組んだ鎖は砕け散った。魔を抑え込むアミュレットも割れた。封印の恨みを晴らすかのように、呪いはその手でアミュレットをつかみ取り、握りつぶした。



 ああ、分かっていたさ。強すぎる呪いが物質化する。漏れ出ただけの呪いの汁が、物質化しているなら、当然本体のこいつも肉を持つに至る。



 体を大蛇のように伸ばす呪い。それは巨大で、大人数人を一口に飲み込む大きさの口を開いていた。牙はなく、無機質な管、ホースのようなそれは、目の前に広がる生贄に狂喜乱舞していた。



 ──我慢をする気などない、呪いの大蛇は子供たちに襲いかかった。



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