第2話:復讐の準備が不完全だけど我慢ができなかった



 あれから、何日経ったのか……まるで分からない。そもそも目も見えないから、状況もよくわからん。耳もおそらくないが、振動によって音があるのは分かる。それも結構正確に……あのクソ野郎に何かされて苦しい思いをしているということだけは分かる。



 常に俺の体の中で何かが蠢いている。俺を監視する何かが、近くに存在するような気がする。言葉のような音が体に響いて来るからだ。憐れむような感じの声。



 今は誰かの声色を分析する余裕がある。痛みを感じすぎてどこかがイカれたのか、今は逆に痛みを感じなくなっている。しばらくするとまた激痛が始まるんだが、その後はやはり痛みを感じなくなる。そういう規則性というか、繰り返しがあって、痛みのない時は周囲の音を感じ取るようにしていた。



 なんかしらの情報が欲しい、俺が今感じ取れる情報は音と体内で何かが動いている感触や不快感、痛みだけだ。



「~~~~~~~~」



 俺を監視する者がまた何かを喋っている。やはり言語を理解できないが、俺が反応を示せばもっと話しかけてくるかもしれない。そうしたら、そのうちこいつが何を言っているのか理解できるようになるかもしれない。



「ギジャアアア、グオオオオオアアアア?!!?」



 今の俺はまともに喋れないので、とりあえず奇声をあげてみた。ちょっとばかしの知性を感じられるように、できるだけ感情を込めた。伝わるか不明だが、お前は誰だ? という意思を目一杯込めた。すると……



「~~~!? ~~~~!!」



 明らかに俺の奇声に対する監視者のリアクションがあった。



「シャァ! フシャ、グルゴオオオ……」



 そうそう、俺はお前と対話したいんだ。だけど言葉が分からない、そんな感じで唸った。



 あ、体がじわじわ熱くなってきた。また激痛の時間が始まるわけか……でもまぁ、少しは前進したような気がするし、いいか。



「ギャジャアアアアアアアアアアアアアア!!???」


 俺は激痛が始まると共に叫び、思考する余裕を失った。




──────




 それから20年が経った。この20年というのは監視者「フロデスマルク」から聞いた話だ。フロデスマルクは俺がこの場所、どうも地獄の茨御殿という所らしいが、ここに来てからずっと監視する役目を負っているらしい。



 そう、俺はこの世界の言語を習得したのだ。最初の10年でなんとなくの言葉を理解し、今はほぼ完璧なはずだ。



「フロデスマルク、彼女とはもう仲直りはできたのか?」



「いやぁそれが全然っしょ……あいつは融通が利かないからさぁ、仕事でどうしようもなかったって説明じゃ納得しないんだわ。守れない約束すんじゃねぇってさ、でもなぁ……そうしてっと全然あいつと会えないし、遊べない。それはそれであいつも不機嫌になるし、おいらも気分が落ち込む……はぁ、おいらはどうすりゃいいんだクロー……」



 なんと今の俺はちゃんと発音ができて、会話がしっかりとできる!! 変化はそれだけじゃない、目が見えるんだ。フロデスマルクも周囲の景色も。フロデスマルクは、明らかに異形、角の生えた耳が4つある緑色のマッチョだ。角の生えた耳というか角と一体化した耳って言ったほうがより正確か? とにかく昔は存在しなかった機能が、今の俺には存在する。まぁ映る景色は湿った暗い部屋と篝火だけで、面白みは全くないがな……



「どうするも何も今言ったことを彼女に伝えたらどうだ? お前の彼女は話を聞いた感じ、融通は利かなくとも、お前のことが好きで、真面目な女なんだろ? だから事情だけじゃなくさ、気持ちまで一緒に伝えたらどうだ?」



 俺の体は日々変化、進化している。それは俺の体内で共生関係にある魔蟲達の力によるものだ。俺は魔蟲達と対話している。それは言語によるものではなく、意思やイメージを念じるような感じだ。フロデスマルクに対し意思を伴った奇声をあげた時、なんとなく通じ合った経験から、この世界では意思そのものを伝えるというか、作用させるような仕組みがあるのではないかと考えた。



 そこで俺は魔蟲達と取り引きをすることにした。やつらは俺の痛み、苦痛が餌だ。俺は魔蟲達に餌を与える代わりに、俺の望む形に肉体を変化させるようにした。と言っても……こんなもの、本来は取り引きにならない。なぜなら、魔蟲からすれば体内から俺を攻撃しては治療するを繰り返せばいいだけだからだ。別に俺が餌を与えるまでもなく、奴らは勝手に俺の苦痛を貪り食らうからな。



 故に取り引きをするためには、俺が苦痛という餌の供給をある程度コントロールできるようにならなければ話にならない。だから俺はひたすらに己の内面、精神のコントロールをするための修行に励んだ。今では肉体に物理的な激痛が奔ったとしても、冷静に思考が可能だし、痛みをスルー、忘却することが可能だ。



 精神コントロール技術を会得してから、魔蟲達はあっさりと俺の取り引きに乗った。まぁその会得に20年かかったわけだがな……つまり、取り引きが成立し、肉体のアップデートが行われて、喋ったり目が見えるようになったのは、ほんの最近の話。



 20年、ずっと気が狂いそうだった。精神が完全に崩壊していたなら……取り引きもクソもなかったろう……俺が正気を保てたのは、クソ野郎、フロデスマルクによると邪神ファーカラルってヤツらしいが、あいつに対する憎しみ、復讐心、怒りが俺の挫けそうになる心を支えた。



 皮肉な話ではあるが、やつに地獄に叩き落され、その一方で救済措置を貰っていたということになる。やつが意図したことじゃないだろうがな……



 しかし魔蟲を味方につけたと言える今、俺に絶望はない。魔蟲達とよい共生関係を築き、俺を強化していけば、いずれこの場所を脱出し、ファーカラルを殺すことも夢ではないはずだ。



 俺を地獄へ叩き落とし、生物かどうかも怪しい化け物、呪いの肉人形に仕立て上げ、拷問したあいつを、俺は許さない。まぁ邪神とはいえ、神に無駄に突っかかった俺の逆ギレなようなもんかも知れねぇが……俺は知ってしまったからな。



 今俺がいるこの茨御殿には、俺と同じく、ファーカラルの気分を損ねた者たちが、理不尽な理由で拷問され続け、永遠に閉じ込められているからだ。やつは俺だけでなく数え切れない命達に、悪意を振りまいている。俺が感じた、ヤツが邪悪であるということは正しかった。このまま放っておけば、永遠に被害者が生まれる。



 俺は正直、馬鹿というか、自業自得な面が大きいかもしれねぇが、あの時、ファーカラルに連れ去られそうになったあの女の子みたく、善良でなんの非もねぇ人が、理不尽な目に合わされるかもしれない……そんなのは絶対許しちゃいけねぇことだ。



 俺は弱かった。いともたやすく邪神のカスに捻られた。やつから見れば俺はただのゴミか下等生物。今はナメクジぐらいから小さなトカゲぐらいに進歩できただろうか? そうだったらいいなぁ……道のりは長そうだが──



 ──もう決めたことだ。




──────




 そうして、時は流れた。フロデスマルクがジジイになり、孫の彼氏が気に食わないだとか、フロデスマルクが昇進した結果、茨御殿から地獄警察のお偉いさんになったりだとか、色々変化があった。俺を監視するやつも、もうこれで4人目だ。結局全員と仲良くなっちまったなぁ。


 茨御殿の囚人を監視する仕事はそりゃあもう安月給で、仕事に対する熱量もあまりない。わざわざ非情に徹するやつもあまりいなかった。最初はそのつもりがあっても、やがて疲れるだけだと気づいてやめる。さらに言えば俺は話せる。退屈をしのげるし、俺が前世の世界の話をしてやると、やつらは喜んだ。



 それが俺の地獄での300年。300年目の今日、地獄から俺は地上に出た。ファーカラルが地上へ出向き、何かを企んているという話を聞いたからだ。強化された今の俺でもやつに勝てるとは思えねぇ。だが、ここ300年地獄に引きこもっていたファーカラルが地上へ出たことに俺は胸騒ぎを覚えた。



 何かあってからでは、俺は死ぬほど後悔することになるかもしれない。俺が盤石な状態となり、仮にファーカラルをぶっ殺したとして、復讐をやり遂げたとして、それまでの間に行われた惨劇を止められないのなら、意味なんてねぇ……



 偉くなった元監視者達の力を借り、俺は地獄を、茨御殿を出た。俺のいた部屋にあるのは、俺の生み出した俺そっくりのダミーだ。魂もなく、魔蟲すら存在しない。魔獣の皮と骨で出来たからくり人形だ。俺が取り込んだ魔獣を体内で加工することで生み出した。



「こうやって見ると、イメージと違ったな。地獄ってなんとなく暗いイメージだったけど、地上と大差ない。ただまぁ、地上は過ごしやすい温さだ」



 拘束もない自由の身。今俺のいる、地獄から地上へと繋がる【開闢の螺旋階段】の出口には誰もいない、荒野が広がっている。そういった静けさが新鮮だった。だが俺はそれでも孤独じゃない、俺の体内には夥しい数の”仲間達”がいるからな。



 地上に出た実感が欲しくて、なんとなく伸びをしてみた。一区切りがついたんだぞと、そういう気分になりたくて。


 そんなタイミングだった──



『──ま、まさか本当に!? 君が彼女の言っていた彼か! ウナギィ・クロー君!! やっと会えた! 僕は君にずっとお礼がしたかったんだ!』



「……誰だお前?」



 俺の目の前に光り輝く男が出現した。唐突な上に、何故か俺に対する好感度が高いようだった。見に覚えもないし、気色悪いなぁ。



『ああ! すまない! 僕は聖鬼神ラインマーグ! 君に恩があるというのは聖女の魂を助けてもらったことだ。君が邪神から救った少女のことだよ。君が勇気を出して立ち向かった結果、彼女は邪神の魔の手から救われたんだ!』



「え……? あの子、あの後助かったのか……てっきり俺は、助けられなかったもんだと……というかどうやってあの状態から助かったんだよ……」



『ふふ、それはね──』



 ラインマーグの説明により、大体事情は察した。だが俺のやったことは偶々無駄にならなかっただけで、やはり大したことはしていない気がするな。ジャスティスゲートねぇ……まさか……



「お前、また俺のジャスティスゲートを通って来たってことか?」



『そうとも! 君のゲートは特徴的で分かりやすくてね。ずっと憶えてたんだ。だから君のゲートが地上から感じられた瞬間に、僕はつい来てしまった。どうにも興奮が隠せなくてね! 偶然かも知れないが、僕は運命を感じられずにはいられない。予言だとか、そういうので言われてたことじゃないけど、僕には重要なことに思える』



「は? 運命? どういうことだよ?」



『今日、生まれたんだ』



「何が?」



『彼女だよ!! 君の助けた、聖女の魂が! 今日君が! 地上へ出てきた日! その朝に生まれたんだ! この世界の命として、聖女の宿命を背負って生まれた! これがただの偶然!? ありえないでしょ!? 彼女が生まれたから、君が地上へ出られたのか、それとも君が地上へ出るから、彼女が生まれたのか? それは分からないけど、きっと君たちには縁が、因果の結びつきがあるんだよ!』



「縁とか運命とか言われてもなぁ……別にあの子のことよく知らないし、対して関わったわけでもないから、ピンとこねぇなぁ……」



『えっ!? 君たち、お互いを好きだったとか片思いだったとか、そういう関係じゃないの? えっ!? 待って、見ず知らずの人なのに、それを助けるために邪神に喧嘩をうったのかい? えええぇーー!?』



「いや、あの変な場所に来るまで、会ったことすらねぇよ。でも、いいヤツぽかったし、何よりファーカラルの野郎が気に入らなかったのがでけぇな。というかほぼそれだ。お前の期待に添えなくて申し訳ねぇが、俺が邪神に逆らったのは俺が無鉄砲な馬鹿、愚か者だったって理由だぜ」



『そ、それはそれで凄いよ! むしろその方が凄くないかい!? でもそうだね。思い返すと彼女は君のことを知らないような感じだった。僕は君たちのことを考えるあまり、頭の中で勝手に設定を作ってしまっていたみたいだ。でもね! それでも縁はある。僕は確信してる。じゃなきゃこんな偶然はありえないさ!』



 まぁ確かに偶然にしては出来すぎている気がする。だけど、ファーカラルは聖女を狙っていた。俺が助けた少女が聖女だった。そしてファーカラルが地上へ出たタイミングで聖女が生まれた。俺はファーカラルを追って地上へやってきたに過ぎない。



 きっとファーカラルは聖女が生まれることを知っていたんじゃないか? だから地上へ出たんだ。だとすれば全ては偶然じゃない、邪神ファーカラルという存在がこの因果の渦の中心なんだ。



『ああ~、そろそろ僕は帰らないと……あまり地上の者たちと関わりすぎると上司から怒られてしまうからね……はぁ……もっと色々話したかったけど、実は今の時点ですでにお叱りラインは超えているんだよね。でも君にどうしてもお礼を言いたかったんだ。ありがとう! ウナギィ・クロー君! 君の旅路に聖鬼神の祝福を! またいつか!』



 ラインマーグは唐突にやってきたが、帰るときもまた唐突だった。まぁなんかお人好し過ぎて損するタイプに見えるなありゃ……でも元気で気持ちのいいやつだったな。



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