【蟲神転生】~愚かにも邪神に喧嘩を売ってしまった俺、邪神の怒りを買って呪いの異形にされてしまう。懲りない男なので、それでも前向きに生きていきます!~【ライトダークファンタジー】

太黒愛釈

第1話:ノリで邪神に反抗しちゃった



 死者の魂、その次の行き先が決まるまでの停留場、例えるならばそんな所、やってくる魂の生きた時代はバラバラで、生きた世界すら違う。淡く光る魂達がぷかぷかと漂う無色の空間。時間の概念すら曖昧なこの場、しかし”今”この場所はいつもと違う様相をしていた。



 魂を管理する死神でも、地獄や天国を管理する神でもない、歓迎されない神が、今この場所にいるからだ。死者の魂の何百倍もの大きさの黒い巨体で、絹のような服を着ているように見えるが、よく見ればそれが体の一部だとわかる。細長い眼の中に瞳がいくつもあり、骨をタイルのように肉に貼り付けた不気味な牙を持つ、悪趣味な貌。



 邪神【ファーカラル】それが場違いな神の名、ファーカラルはこの場所へやってきた目的のモノを見つけると、ニタリと笑い、首を伸ばし目的のモノへと顔を近づけた。



『やっと見つけた。この時を逃せば次はいつになることか……娘、ワレと共に来い。お前を宿命から開放してやろうではないか』



「え? ……え? なに……これ?」



 この場所がどこかも分からず、邪神に話しかけられるまで意識もロクになかった少女は、目の前の巨大で、邪気の溢れる存在に、当惑、恐怖する。



「なぁなんだアレ……あの子大丈夫なのかな……?」



 少女が邪神と接触したことで意識を取り戻したように、周囲の他の魂も意識を取り戻した。明らかに狙われている様子の少女を心配する者たちもいた。



『黙れ羽虫共、大事な所だと見て分からぬか? 邪魔をすれば、貴様らの魂を呪い、永遠の苦痛を与える。知りもしない他人のために、永遠に安息を捨て去りたいのか?』



 神経質に怒る邪神、ファーカラルは脅しではないと証明するように、巨大な腕を大きく振るい、一つの魂を摘み上げると無数の瞳で睨みつけ、黒い息を吹きかけた。



「ぐわああああああああああああ!!??」



 黒い息を吹きかけられた魂に青白い雷が奔る。魂はバチバチと音を立て、緑色の炎で焼かれていく。バチバチとなっていた音はジュウジュウ、ブツブツと鈍い音に変わっていった。その魂の燃焼に終わる気配はない。魂が燃えることで出る煙、それは魂が分解されて、ただのエネルギーへと変わってしまったことを意味していた。



 その光景を見た他の魂達は、本能的に危険を察し、恐怖し、皆黙った、頭の中で、この邪神が悪しき存在で放っておくべきでないと思っても、少女が可哀想だと思っても、意思に追従してしまう魂の世界では、己の恐怖に抗うことができない。



「な! なんでそんなことを! や、やめてください! わ、わたしなら……逃げたりしませんから……」



『ああ、分かればいいんだ。君は正しい選択をした。他の者を救ったんだ』



「おい、お前が燃やしたやつはどうなる」



『……はぁ? なんだお前は? 好奇心旺盛なのはいいが場をわきまえろ』



 一人の少年が邪神に強い口調で話しかけた。そこには怒りの感情が見える。少年は恐怖を感じているが、それを表に出さない。この巨大な存在に負けてたまるかという、反骨心があった。



「その子をどうするつもりだ。俺にはお前が悪党に見えるけど、この場所じゃこれが普通なのか? いや、見えるじゃないな、お前は悪党だ。無関係な奴を傷つけて、脅して黙らせる。最悪だ、お前にその子は渡さない」



『貴様、馬鹿なのか? 眼の前で起きた事が分からんのか? それとも自分が特別で、自分は焼かれないとでも? 力のない貴様が吠えてどうなる話でもないだろう!』



「やめてください! あなたまで酷い目に……! そんなの嫌です!」



 泣いて少年を庇おうとする少女。邪神は怒りに震え、少年をどうしてやろうか悩んでいた。ただ分解し、殺すだけでは怒りが収まらない。



「うるさい!! お前が人を思える”そういう奴”だっていうんなら、助けねぇ訳にはいかないだろうが!! 悪いけど、俺は引く気はねぇよ」



『ククク、人を思う慈悲と正義の心、世のため人のため、ならその循環を絶ってやろう。そしてその上であらゆる呪いを宿し、永遠に地獄で苦しむがいい!! もう遅い! もう遅いぞ!! 貴様は後悔することになる、いやそれ以上だ。カカカッ! 力なき者の分際でェ! 神に逆らう愚かさを、ワレが罰してやろうッ!』



「──やってみろよ!! お前の思い通りになるか試してみればいい」



『チッ……強がりを……なんなのだコイツは……この感覚、ヤツを思い出すが──む? ……ま、まさか……クソッ!! お前! お前、お前お前! ゲートを開きおったな!? クソクソクソクソ、絶対に許さんぞ!! 呪ってやる、貴様は何千回殺しても足りん!』



 突如として焦り、発狂して怒る邪神。邪神は急ぐように少年を巨大な手で鷲掴みにする。すると少年は赤い光に包まれて消えた。



「そ、そんな……あの人に何をしたんですか!? わたしのせいで……あの人が……」



 怒り、悲しみに顔を歪める少女、少年は邪神相手に啖呵を切ったものの、あっさりと排除されてしまった。神と人、その差を考えれば当然のことではあるが、少年の気迫は、その差を覆すように見えるほどだった。それは雰囲気だけの話で、実際にはありえないこと。



 ──しかし。



『止まれ、ファーカラル! お前の悪巧みもここで終わりだ!! 聖女の魂、その宿命を歪ませることは許されない!! お前もすでに理解しているはず。僕がここに来た時点で、お前の負けだ!!』



 少年が消えてすぐ、その存在はやってきた。光を纏う、男型の巨人。邪神と同じぐらいの巨体で、見たものにそれが正義の存在であると理解させるような、そんな雰囲気を纏っていた。



『聖鬼神ラインマーグ!! 忌々しい!! 人に肩入れする、低俗な神の分際で、正義面とは笑わせる!! ああ、忌々しい! お前も! あの者も!!』



 聖鬼神ラインマーグがやってくると、邪神ファーカラルはあっさりと引いた。この空間から消えた、転移したのだ。



「え……? あの、助けてくれたんですよね? ありがとうございます……その、わたしを庇って、さっきの黒い巨人の赤い光に消されてしまった男の人がいて……あの人は……」



『礼はいいさ。聖女の運命を守ることは、世界の秩序を守るなら当然のこと。しかし、そうか、きっと君の言う人が、ジャスティスゲートを開いてくれたんだね……』



「ジャスティスゲート……?」



『ああ、僕は正義の心を持つ者が勇気を示した場所へと移動することが可能なんだ。この魂の停留所はさっきまで邪神ファーカラルによって閉ざされていてね、誰にも入ることができなかったんだ。入ることができるとすれば、ジャスティスゲートを通っての方法だけ、少なくとも僕にとってはね。君の言う彼がいなければ、僕は君を助けに来ることができなかった。いくら僕が力でファーカラルに勝っても、会うことすら叶わないのなら、どうしようもなかった』



 ラインマーグの言うことにとりあえずの納得をした少女だが、その顔が晴れることはない。



「その、わたしを助けたあの人はどうなるんでしょうか? 絶対に許さない、呪うって邪神に言われてましたけど……助けることはできないんでしょうか? もしわたしになにかできることがあるなら、わたしは……」



『……残念だけど、君には無理だ。そしてきっと僕にも彼は助けられない。君は赤い光を見たと言ったね? それはおそらく転移の力、邪神ファーカラルは地獄の支配者という訳ではないけど、その一部を住処にしていて、きっと彼はそこに送られた。そして僕は……地獄での活動を許可されていない。ファーカラルを倒すこともね。はっきり言って納得できないけど……それがルールなんだ。だけど、僕も諦めたくない、彼がいなければ、世界は大変なことになっていた。大きな恩がある。どうにかする方法を考えてみるよ。後はダメ元で上司に相談したりかなぁ……?』



 ラインマーグは苦悩していた。顔も知らぬ恩人をどうにか助けることはできないか? そうすることによって己の役割を逸脱してしまうのではないか? 悩み、彼が聖女と呼んだ少女の顔を見る。落ち込んだ彼女の顔を見て、ラインマーグは確信を得る。やはり大恩ある彼を全力で助けるべきだと。



──────



 地獄、ファーカラルの支配地域。そこは一般的な地獄と同じく、灼熱で満たされた世界で、川には水の代わりにマグマと魔獣の血が流れている。巨大な石造りの要塞があり、それがファーカラルの住処。そこから少し離れた所に、拷問のための施設がある。通称【茨御殿】ファーカラルの気分を損ねた者たちが拷問される場所。



 と言っても、他の似たような施設とは趣向が異なる。この茨御殿は牢獄に近い、そもそも情報を得るための拷問施設ではなく、ただただ苦しみを与えるための施設で、苦しむ側でここへ入ったのなら二度と出てこないのがほとんどだ。と言ってもあくまで拷問、生かさず殺さず、永遠に苦しみを与え続けろというのがファーカラルの命令なのだ。ファーカラルが気まぐれで開放しない限り、苦しみは永遠に続く。



 そして、ファーカラル相手にノリで啖呵を切った少年の魂は、この茨御殿の一室で意識を取り戻す。新たな肉体を伴って。




「──ギアああああッッ!!??? アア、アアアアアア!???」



 少年が目覚めた瞬間に感じたのは、痛み、体内を蟲が這いずるような不快感。転生し、産声をあげる代わりに、慟哭。阿鼻叫喚、生まれて最初にそれを味わった。



 魂は以前の記憶を持ったまま、人でない、拷問用の肉で出来た檻に閉じ込められた。呪われて死んだ者達の穢れた肉を混ぜ、ヒトガタに整えた魔獣の皮に流し込むこんだモノ。魔界の寄生虫である魔蟲達で出来た骨組みと内臓が、その穢れた肉体の鮮度を保ち、無理矢理に稼働させる。倫理と自然法則を嘲笑う所業。魔蟲が体内で蠢く度に、痛みと不快感が少年を襲う。



 この魔蟲達は宿主に痛みを与え、その一方で宿主の肉体を治癒し、生かし続ける。単純な寄生生物と違い、宿主の苦痛のエネルギーを糧とすることができる魔蟲は、糧を得るために加減を知らない。



 が、蟲を体内に仕込まれる程度ではファーカラルの気は済まない。ファーカラルの宣言通り、少年は呪われた。この世のあらゆる呪いが注ぎ込まれた。この肉人形の製造に関わったもの達の得意不得意によって呪いの趣向に偏りはあるものの、尋常ではない数と量の呪いが注がれた。



 獣の悪霊が身体を切り刻む呪い、酷く喉が渇く呪い、耐え難い痒みの呪い、骨に棘が生える呪い、頭が割れんばかりの異常な耳鳴りの呪い。それはほんの一部、何千という呪いが一つの肉袋に注ぎ込まれた。



 しかし、それらは邪神からすればただのおまけ、ついでに過ぎない。邪神にとっての本命の呪い、それは──人間を愛することができない呪い。少年は人を想う慈悲と、正義の心をファーカラルに見せた。それこそが最もファーカラルが気に入らない事だった。人を想う心が繋がって行く、その流れを断ち切った。



 少年の名は、鰻 黒楼(うなぎ くろう)少年に後悔はない、本当の事を言えば少しはある、だがしかし、それよりもファーカラルへの怒り、憎しみが勝った。絶対に許さない、なんとかして、ヤツに一泡吹かせてやる、そんな感情で黒楼の心は染まっていた。



 今は、痛みに震え、悶えるしかできない、恨み言を叫ぶ、言葉を発することすらできない。あげられるのは獣のような獣声だけ、ただただ余裕がなかった。



 故に黒楼は心の中で叫ぶ、反省は全くしていなかった。



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