3-1

「効きませんでしたよ、巌山さん」

「へえ。もう一回頼めば?」

 おれは後生さんにふてくされる。安くないお祓い料まで払ったというのに、なんにも効かなかったじゃないかって。

「それに、繫がりませんよ、巌山さん、電話番号」

「間違えてんじゃないの? 電話してあげよっか?」

 後生さんがスマホを取り出し、巌山さんへかけはじめた。いちおう、勤務時間中なのだが、後生さんは気にしないらしい。

 だが、しばらくコール音の聞こえたあとに、後生さんは不思議そうな顔をしながら、

「使われてないってさー」

「言ったじゃないですか……急に変えたとか、そういうのじゃないですか?」

「わたし上客だから、教えないってことはないでしょ」

「じゃあ、その……なん、なんででしょう?」

「うーん、須磨くんとこのお化けに負けたんじゃない?」

 羽月もおれもうすうす考えていたことをあっさり指摘されて、ぞっとする。それが本当だったら、おれに憑りついているお化けは、霊能者すらいなしてしまう、ということになる。巌山さんの安否が気がかりだ。

「そ……んなこと、あるんですか?」

「さあ? お化け強かったら、そういうこともあるでしょ、そういうの。でもま、そうともなれば次の人、紹介してあげようか?」

「何人もそういう人、知ってるんですか?」

「うん、ドクターショッピングみたいにさ、霊能者ショッピングしてるから、たくさん知ってんだよ。わたしの電話帳に登録されてる霊能者の番号、何人いると思う? クイズです」

 霊能者ショッピング。そんなものがあるのだろうか。

「わかりません……」

「考えてから言えい。一都三県で、五十人」

「それは……多すぎでは?」

「まだまだ。全国で考えればもっとだね。とはいえやっぱ都内が多いよ、都内が。単純に人口が多いからね」

「そういうのって、一人の強い霊能者にお願いすればいいんじゃないんですか?」

「整体だって一人のスーパー腕のいい先生が全国民の体を整えてるわけじゃないでしょ。上手うま下手へたあるし、合う合わないある」

「まあ、そりゃ……」

 そうか。

「感謝しろよ須磨くん。わたしの築いた霊能者番付のトップオブトップの人を紹介してるんだ。とはいえ、なんでこんなに知ってるかっていうと、霊能者ショッピングをするような人はさ、自分の考えてるストーリーに合致する霊能者を見つけるまでは何人もの霊能者のところを渡り歩いてることが多いからなんだよね。わたしなんかもそうなんだけど。たとえば、その『障り』の原因はなんなのか。先祖がなんか言ってるのか、水子がなんか言ってるのか、お金をかけて供養をした方がいいのか、かけなくても大丈夫なのか、とかね」

 後生さんは『自分もそうだけど』と言いながら、どこか他人事めいた調子だ。

「食べる? ミントのタブレット、粒のでかいやつ、須磨くんはかみ砕いちゃうタイプ?」

「……いただきます」

 真剣に相談しているのだけれども、後生さんはずいぶんとノリが軽い。だが案外、そうしたスタンスでいることこそが、精神衛生を保つすべなのかもしれない。自分みたいに塞ぎこむよりも、ずっとマシなのかも。

「それに、霊能者の人によって得意分野が違うんだなあとも感じているね」

「得意分野、ってなんです?」

 後生さんはすっとおれの背後を指差す。びくっとして、振り返る。なにもない。

「なっ、なんです?」

「ふふ、そこにいるからさ。わたしのお化けが」

「なっ、なにがです?」

「ざっと。横死者、水子、先祖供養の足りない人、落人おちうど、生霊、妖怪、粗末にされた神仏のたたりってなとこ」

「……えっ?」

「わたしに憑いてくるお化けはたくさんいるんだよ。須磨くん。いろんなタイプのお化けが、わたしを悩ませる。だから、それぞれ得意分野の違う人に頼まないといけない。あるお化けに対して絶大な効果があった霊能者でも、別のタイプのお化けにはてんで効果がない、そういうことがあるからね、だから探さないといけないんだよ。へえっへへ」

 後生さんは気味悪く笑ったあとに、少しだけ寂しそうに微笑んだ。

「けっこう大変よ?」

「あっ……はい。すいません」

 頭を下げる。そう、確かに、五十人もの霊能者の連絡先を知っているということは、結局、それだけの数、試行錯誤をしてきたということなのだろう。この人は、おれの先輩だ。おれとおんなじように、あるいはそれ以上に苦労している人なのだ。

「巌山さん、憑き物っぽいって言ってたんでしょ」

「ええ」

「じゃ、適任だ」

 後生さんはスマホを操作して、おれに電話番号を送信してきた。

置田おきたさんっていうの。憑き物落としが得意なんだよ」

 早速、置田さんという霊能者にコンタクトを取る。

 休みの日、近所のファミリーレストランで落ち合うことになった。

 約束の時間のちょっと前に着くと、着いてそうそう、「須磨さん?」と声をかけてきてくれた人がいた。この人が置田さんだろうか。

 振り返る。三十代ぐらいの男だった。けれども、よく見ると目の周りに皺があって、白髪の混じった髪を黒く染めているようにも見える。思ったよりも、年をとっているのかもしれなかった。目は茄子なすのような形をして、明るい茶色をしていた。背はおれよりも高い。

「はっ、はい。よろしくお願いします」

 椅子に座り、改めて置田さんを見た。どういう顔をしていたらいいのかわからなかったので愛想笑いをしていたけれども、置田さんは置田さんでおれの方を見、「憑いてんねー」と眉をひそめた。

 そりゃ、お化けに悩まされてあなたにお願いしたんだから……。憑いているか憑いていないかでいえば、ほぼ、憑いているのに間違いないんじゃないか。

 けれども、そんな思考を先回りしたように、「見えるからね」と、人さし指で眉毛をなでながら言う。狐に化かされないように、唾をつける仕草みたいだ。

「後生さんからは、相談に乗ってあげてほしいとしか聞いてないし、おれ、ただの悩み相談もやってるんで」

「なんの悩み相談です?」

「占いかな? ほかの占い師と一緒にマンションの一室借りてやってて、そっちの方のお客さんかなとも思ったんだけど」

「後生さんからは……?」

「『困ってる人がいる』って」

 案外適当に伝えてくれるなあ……と渋い顔をする。一回、巌山さんにお願いして、それでもお化けが出てきてしまったという経緯けいいだとか、巌山さん自身も連絡が取れなくなってしまったのだ、ということを伝えておかないと、置田さんにだって危険が及んでしまうかもしれない。さすがにそこまでアバウトでよいのだろうか……と不安になる。

「ま、そのへんはおいおいわかってもらうとして、須磨さん、どんなのがきてますか? 見てもいいんだけど本人の口から聞いて、それでおれの見てるものとの印象の違いとかから、案外あなたのとっかかりになるかもしれないんで」

「と、おっしゃいますと……?」

「あくまでおれの理解ね。お化けってけっこう、まあ本人が作っちゃってる部分も大きいんで。たとえば最初は確かに本当にお化けが出てきたんだけれども、それにショックを受けて落ちこんじゃって、そういう、本人の落ちこんだ雰囲気がお化けをどんどん引き寄せちゃったりとかもあんのよ。そうなるとお化けってけっこう輪郭が不鮮明でさ、どこからどこまでが元のお化けで、どこからどこまでがその本人の気分が呼び寄せた別のお化けなのかとかわかんなくなっちゃうし」

 確かにそうかもしれない。思いつめてしまっているおれの雰囲気も、まずいのかも。

「あ、あとそれから急にツキが悪くなったりした場合、一見それはお化けとはぜんぜん関係ないんだけど、本人はお化けのせいだって思ってたら、それはもうお化けのせいになっちゃうんだよね。これってけっこう、どっちが原因でどっちが結果なのかってのはわかりにくい話なんだけど、お化けってそういうところからごっちゃにしてくるから……ごめんねおれの、言ってることってわかる?」

「は、はい……半分ほど」

「ごめんねなんか話しちゃうんだよね。自分の思ってること一気に。でも霊能者ってこういう人多いと思うけど。まあそういうわけだから、とりあえず須磨さん、須磨さんの見てきたものを教えてください」

 おれはおれの体験を時系列を追って話していく。子供の頃からのこと、大人になってからのこと。きついところは、話していて、今でも胸が痛む。思い出すだけで汗がにじみ視線がふらふらして声も震えてしまうけれども、でも、きちんと話さなくちゃ、と伝えていった。

 けれども置田さんは、最初のうちは真面目に聞いていたように見えたけれども、だんだん飽きてきたのか、耳の穴を搔いたりしはじめる。正直、いらっとした。

「あの……聞いてます?」

「ああうんごめん、おれ、耳搔くのがけっこう、そういう霊感の方に神経が繫がってるっぽくて、あなたの話聞きながらそっちの神経を活性化させてる感じですんで、気にしないで」

 霊感? 神経? と思うけれども、霊能者の人は、そういう、ふつうの人とは異なった神経を持っているのかもしれない。

 それから、巌山さんにお祓いをしてもらったけれども全然効かずに、新しいお化けが出てきた、というところまで話を進めると、置田さんは目を細めて「巌山さんが?」とペロッと唇を舐める。少し緊張した様子だった。

「ご存じなんですか?」

「まあこの業界、そんなに人数いないんで。いや有象うぞう無象むぞういるっちゃいるんだけど、本当にちゃんとした人はそんなにいないんだよ。巌山さんが? 本当に? あの巌山さんが?」

「え、ええ……」

「それでおれのところにお鉢が回ってきたのね。そういうことあるんだ。……そういうことあんの?」

 置田さんはスッと自分の鼻の前に人差し指を立て、その指越しにおれの方を見はじめた。なにか儀式めいた感じのする所作だった。

「うーんでもなんか……巌山さん、本当に巌山さん?」

「偽者……がいるんですか?」

「いや聞いたことないけどさ。なんでかっていうと、元気だもん、お化け」

 置田さんは鼻の前の人さし指を突き出して、おれの背後を差す。

「え……」

 頭をぶん殴られた気がし、思わず後ろを振り返る。そこに真っ黒なお化けがいるような気がして。けれども、なにも見えない。

 指先が、緊張のあまり、ちりちりする感触。巌山さんの藁人形を押さえつけたときの、針で突かれたような感触を思い出す……。

「いやあなんかさあ、RPGのダメージみたいにさあ、どんなに下手な霊能者がお祓いしたって、本当に能力があるんだったらお化けに『ダメージ1』ぐらいは与えられるんだよ。ダメージっていうのが変だったらお化けの存在感の濃度の低下って感じ。巌山さんが仕事したっていうんだけどさ、あんたの後ろにいるの……いるのかなこれ? けっこうピンピンしてるっていうか」

「してます……か……?」

「えっそれいつ?」

「ひと月ぐらい前です」

「ひと月かあー、じゃあそういうことも起こるのか? にしてもなあ」

 置田さんはお手上げみたいに両手を上げて、それを頭の上で組んで背もたれに体をぐいっと傾けた。

「うーんあんたの家、事故物件だったりする? いや違うだろうけど、一応」

「不動産屋は、なんにも」

「重要説明事項だからね、まあ悪い不動産屋はそんなのは無視しちゃうけど。違う、と。有名な心霊スポット近くにあったりする? 向かいに病院とか墓場があったり?」

「ないです」

「ないよなあ、ないもん、あんたんちの立地」

 なにか、頭の中に地図を広げてでもいるような遠い目で置田さんは言う。おれの家の立地を「千里眼せんりがんてき」な感じで見ている、ということなのだろうか。

 置田さんはもう一度指を自分の顔の鼻の前に立てて、おれを見てきた。

「なーんだろう……これ……?」

「なにか……見えますか?」

「うーんいや、言わない方がいいんだよこういうの、言葉で形を与えちゃうとかえって活性化するところがあるから、お化け、だから言わないんだけど、なんだろーこれ」

 じゃあ気になるから言わないでほしい。むずがゆい気分になる。

「とりあえず仕事はするよ、あんた、今日、時間ある?」

「このあと? はっ、はい!」

「家行こう。ちゃっちゃとやっちゃおうちゃっちゃと」

 そう言われて、飛び上がりたくなるほどうれしくなる。もしかしたら置田さんの尽力ですぐにでも解決するかもしれない、と思ったからだ。正直、精神的にも限界だったので、今日きてくれるのはありがたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る