第145話 巨人の冒険者ギルドにて 「おいデカブツ。口の利きかたに気をつけろ」

「いやぁ――、本当に、よく来て頂きましたー」


 美人受付嬢(巨人)のおっぱいの上にのせられて|(のれるのだ)――連れていかれた冒険者ギルドは、魔大陸の冒険者ギルドのように1Kの小屋ではなかった。


 カウンターがあり、受付がある、広い待合スペースがあり、掲示板にはたくさんの依頼が張り出されている。奥のほうが酒場のように飲み食いできる場所になっているのも、地上のギルドと同じだ。


 受付嬢も、ここに俺たちを連れてきた彼女のほかに、三人ばかり並んでいた。


 皆、美女、美少女揃いだ。


 人間の大陸の冒険者ギルドでも、容姿審査でもあるのかと疑うくらい、綺麗どころが揃っていたわけだが、それはここでもおなじだった。

 いや、それをいうなら……。現代世界のほうでも、大会社の受付嬢ってのは、美人揃いだったっけな。


 ギルドのなかには、けっこうな数の巨人がたむろしていた。

 それも向こうの冒険者ギルドと同じ光景だ。まったく違和感がない。むしろ違和感がないところに、違和感があった。


「巨人ってのは、全員、軍人じゃなかったのか?」


 俺の突っこみを質問と思ったか、受付嬢が答える。


「皆さん軍人さんですよ。隊からはみ出してしまった人たちを、特別予備役戦員として受け入れるのが、冒険者ギルドの役目です」


 なるほど。どこの世界にも、組織にいられないあぶれ者は出るわけだ。その受け皿というわけか。


「さっき俺たちを〝冒険者〟といって大感激していたんじゃなかったのか?」

「ええ。三千年前から伝わる伝承の通りです!」


 三千年もかよ……。


「だが冒険者は、こんなにたくさんいるようだが?」


 カウンターの上から、ギルドのホールをぐるりと見渡す。

 冒険者姿の巨人たちは、俺たちに気づいて、じっと注目している。


「ええ。ですので彼らは冒険者ではなく、準補助役冒険員、という位置づけなんです」


 〝準〟と〝補助〟って、それ、かぶってないか? 同じ意味じゃないのか? まあどうでもいいが。


「おい。エレナさんよ。……こんなにちっこい連中が、伝説の〝冒険者〟とやらなのか?」


 これまで様子を見ていた巨人たちだが、そのうちの一人が代表して、声をかけてくる。

 巨人たちのなかでも、一際ガタイの大きな、重戦士っぽいやつだ。


「はい! そうなんですよ! 我が冒険者ギルドに、ついに本物の冒険者さんがやってまいりましたー!」

「信じられん……。こんな虫が……。そんなに強いのか?」


 聞き捨てならないことを言いやがった。

 虫呼ばわれされて、黙っている俺ではない。


 もともと冒険者というものには、面子商売という面がある。

 俺たちは圧倒的な実力を持っていたために、そんなもん、気にしてはいなかったが――。


 なにしろこの体格差だ。

 はじめにビシっとやっておいたほうが、舐められなくていいだろう。


「おい。そこのデカブツ。口の利き方に気をつけろよ。――体のデカさが戦力の決定的な違いではないってことを、教えてやろうか?」

「ほう。なにを教えてくれるんだって? ――虫?」


 安い挑発だが、相手は簡単にノってきた。


「おい、駄犬。――〝虫〟とか言われてるぞ」

「ふぇっ!? わ、わたしぃ――!?」


 巨人サイズのペン立てで遊んでいた駄犬が、自分の顔を指差して大慌てになっている。


「あんたが買ったケンカなんだから、あんたがやりなさいよー!」


 はい。あんた呼ばわり、いただきましたー。


 どうもこの駄犬は、自分を俺と対等だと思い上がりはじめているようだ。

 ならば、俺と対等、、だというところを、見せてもらわないとな――。


「おい、デカブツ。おまえが腕相撲、、、で女に負かされるっていうのは、名案だと思うんだが。――どうだ?」

「……は?」


 巨人は、口をぱかっと開けたまま、しばらく固まっていた。

 ややあって、大きな声で笑い出す。


「はーっ! はっはっ! い、いいぞ! 虫が腕相撲でオレたちに勝つってか! ひーっひっひ! さ、最高だぜ――!」


「……勝てる自信がないなら、ママのところに帰ってオッパイねだっていたらどうだ?」

「だからもー! 焚きつけないでよ! もー! やんのはわたしなんでしょ!!」


「……いいぜ。やろう」


 巨人は据わった目になって、そう言った。


    ◇


 連中が力比べをするときには、巨大な樽で腕相撲をしているらしい。まあ俺たちにとって巨大というだけで、やつらにとっては普通のサイズなわけだが……。

 その樽の上が舞台となった。


「さあ、やろうぜ」

「うわおうっ……」


 巨人が、どんとばかりに肘をつくと、樽が大きく揺れ動いた。俺たちにとっては大地震ぐらいの震動となった。


「えーと……、握りあうとか、無理なんですけどー」


 アレイダが背伸びしながら、ぴょんぴょんジャンプしている。


「手と手が触れあってりゃ、態勢なんぞは、この際どうでもいいだろーが」

「もう。他人事だと思って、気楽なんだから……」


 ハイタッチするような格好で、アレイダは巨人と手を触れた。


「アレイダ」

「なによ? ――てか、駄犬って呼ばないの?」

「勝てよ。――そしたら今夜、抱いてやる」

「い――いつもしてるくせに!」

「ラブラブなやつだ」


 アレイダが本当に好きなのは、恋人プレイ的なやつだ。

 キスをして前戲を丹念にやって、甘く囁いてやりながら、動きもゆっくりで愛情たっぷりで、手を繋ぎながら一緒にフィニッシュするやつだ。ちなみにそのときの俺は〝だいしゅきホールド〟で固められている。


「……勝つわ」


 アレイダのやつも、据わった目になった。


 各種スキルがONになる。《狂化バーサーカー》に、《竜神降臨》――。ごっつい自己強化スキルを次々ONにしてゆく。


 《狂化バーサーカー》は、ラストダンジョンで、死にそうな目に遭ったとき――。

 《竜神降臨》は、リムルとの特訓で、死にそうな目に遭いながら――。

 それぞれ身につけたものだった。


 竜神降臨などは、本来、竜族か竜人族しか取得できないスキルのはずなのだが――。なんでか、死にそうな目に遭ったら身につけてしまった。


 《狂化バーサーカー》に関しては、本来、一旦発動させたなら理性を失って死ぬまで暴れまくる呪われたスキルのはずなのだが――。うちの頭のおかしい娘は、常に頭がおかしいからか、スキルを発動させても理性を保っていられている。


 いろいろ、おかしい。


 強力なオーバーブーストスキルを、二つ重ねた上で、さらに、そこからの――。


 アレイダの目が妖しく光る。

 《悪魔化デモナイズ》が発動した。

 前にアレイダと二人がかりで悪魔娘を調伏した。そのときの3Pが良かったもので、あれからもちょくちょく喚んでは、3Pに及んでいる。

 そうしていたら、悪魔化できるようになってしまっていた。

 本来、悪魔しか取得できないスキルのはずなのだが――。なんでか、身につけてしまった。


 三つのブーストのおかげで、アレイダのブーストは飛躍的に跳ね上がっていた。

 それぞれはステータスを三、四倍に引きあげるというものだが、重ね掛けされているので、単純な倍率ではなく、累乗で効いてくる。


 いまのアレイダを鑑定してみると――。

 STR値は一〇〇〇〇を超えていた。ちなみにLv1の成人男子の平均は一〇あたりである。レベル数十のカンストした上位職でも、二〇〇だの三〇〇だのといった数値である。


 対して、巨人のほうは――。


「ねえこれ? もうはじまってんの?」


 アレイダが聞く。

 片手を軽く上にあげたままで、巨人の手を支えている。力んでいる様子はまるでない。


「む……! むむむっ……!」


 だが巨人のほうは顔を赤くしていた。

 アレイダを手のひらで押し潰そうとしているのだが、できずにいる。

 アレイダは片手を軽く上げただけ。


「もうはじまってるみたいだぞー」

「そっか」


 アレイダは手を軽く振った。


 ぶおん。


 巨人の体が一回転した。


「ちょっと大人げなかったなー。つぎのときには、もうすこし手加減、、、してやれ」


 まあ、妥当な結果だ。


 巨人のほうは、STR値でいったら1000かそこら。

 まあ、ステータス差からいって、当然、こうなる。


 正直、三段ブーストなんて必要なかった。素のステータスではさすがに力負けするものの、一段ブーストでも勝っていたくらいだ。


「オリオン! わたし! 勝ったわよ!」


 腕に力こぶを作って、輝く笑顔を俺に向ける。


 あーもー。そんなに抱かれたいのかー。

 しかたがないなー。抱いてやるかー。


「び、びっくりした……。つ、つええんだな……。あんた」


 起きあがってきた巨人が、アレイダにそう言った。

 態度が変わっていた。


「へへーん! 小さいからって、舐めないでよねーっ!」


「そのくらいのことなら、うちの駄犬だけでなく、こっちの娘も、こっちの娘も、こっちの娘だって、できるぞ」


 殊勝な態度になった巨人に、俺は言ってやった。

 指し示したのは、ミーティアにエイティ、あとバニー師匠だ。前衛系と打撃系の面々なら、奥の手の一つ二つ使えば、あの巨人くらいであれば圧倒できる。


「また駄犬にもどったー!」

「ダーリン! 我もできるのだー!」


 うちの駄犬と駄竜とが、なんか言ってる。

 かと思えば、リムルが変身をはじめた。むくむくむく……と大きくなって、竜魔将フォームを取る。

 前のときよりも一回り大きくなって、巨人と同スケールとなる。


『腕相撲をするのだー!』


 竜が咆える。巨人の連れ合いたち――冒険者ならパーティメンバーか――が、わらわらと寄ってきた。リムルのやつは、腕相撲の意味がわかっているのかいないのか。巨人のおっさんたちに突進していって、受け止められている。腕相撲……というよりは、単なる相撲だ。

 ずんぐりとした竜魔将フォームだと腕相撲をするのは無理な気もする。お手々が短いしな。


「あんたら……、やっぱ……、本物の冒険者なのか」


 腕相撲でこてんぱんにされた巨人が、最初に絡んできたときとは違う声色で言ってくる。


「本物もなにも。まあ。冒険者だが」

「すげえな……」


 巨人の態度は最初とまったく変わっていた。

 こうした手合いは、最初に一発、ガツンとかましてやればいい。

 こちらが強いということさえわからせてやれば、あとは意外とフレンドリーになるものである。


「エレナ。――といったか?」


 俺たちをここに連れてきた受付嬢に、俺は声をかけた。


「こいつらに一杯おごってやりたいところなんだが。あいにくとここの金の持ち合わせがない。冒険者ギルドなら買い取りはやっているんだろ? なにか買い取れるものがないか、見てくれ」


 俺は指をぱちんと慣らした。

 メイド姿のモーリンが、目を伏せる。

 大賢者のアホみたいに容量の大きな収納魔法アイテムボックスがオープンされて、これまでの狩りや討伐で溜め込まれていた〝素材〟を、全部一度にぶちまける。


 下の世界でこれをやったら、ギルドの建物どころか街まで崩壊するところだが……。巨人世界のスケールだと、ぎりぎり、テーブルの上に載っかっている。


「うわぁ……! な、なんですかこれはー! 見たことない生き物ばかりです!」

「買い取りはできんか」

「いえっ! どれも超レア級の素材だということはわかります! 鑑定に時間はかかりますけど、買い取り可能です。――いいえ! ぜひ買いとらさせてください!」

「そうか。ならこいつらに一杯――いいや面倒くさい。おまえら。今日は俺のおごりだ。好きにやってくれ」

「うおーっ!!」


 巨人たちから、咆哮があがった。


    ◇


「わたしもですねー……! いっつも、荒くれ者たちの相手ばかりでぇ……! 出会いとかー……! ぜんぜんっ! ないんですよー……! ……わかってますぅ?」

「ああ。わかってるぞ」


 どうしてこうなったのか。

 俺はへべれけになった受付嬢エレナの愚痴を聞くはめになっていた。

 彼女は前のめりになっているので、そのおっぱいがこぼれ落ちそうだ。目には大変よろしいことになっている。


 冒険者ギルドでの宴会は、夜中まで続いていた。

 素材はここでの金――〝軍票〟というものに換金された。何十人がどんちゃん騒ぎをやってもびくともしない額となっている。


 エレナは日頃溜め込んでいた黒いものを、つぎつぎと吐き出している。

 俺は下心があるので、どんな呪詛もにこやかに受け流している。たまに「それは大変だな」と相槌を打ってやるだけでいい。

 女というものは、基本的に、話を聞いて共感してもらいたがっているのだ。

 口説くために、気の利いた台詞も必要ない。


「オリオンさん、ほんと、いい男ですねぇ……」

「ありがとう」

「ほんと、オリオンさんが、もっと大きければぁ……」

「俺は大きいぞ」

「いえー……? でもぉ……?」


 とろんとした目で、エレナは俺をじっと見る。

 俺は不敵に笑った。


「……試してみるか?」


 美人受付嬢の瞳の奥に、肉食系の火が灯るのが見えた。


「わたし! 帰りまーす! 皆さんは! まだやっていてくださーい!」


 宴もたけなわ。ほとんど誰も聞いてない。


 おっさんどもの合間で愛でられていたアレイダが、なんかギャーギャー叫んでいたようだが……。

 隣のテーブルだが、何十メートルも離れているので、まるで聞こえない。なーんも聞こえなーい。


 俺は美人受付嬢のおっぱいの谷間にしまわれて、お持ち帰りされていった。

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