第141話 神の国 「神の国という呼び名で伝わっています」

「もっとだ。もっと高度をあげろ」

「は、はい……」


 瞑想しているエルフ娘の耳元で、そう命じる。

 ハイエルフの王女アイラは、瞑想のなかにありながらも、俺の言葉に返事を返す。


 浮遊大陸は遙かな高空にある。浮遊島の高度をもっと上げなければ接触することは不可能だった。


「もっとだ。まだ足りない。もっとだ。もっと」

「ああ……っ。もっと……」


 張りつめた耳はピンと長くなっている。

 俺は耳を撫でたりさすったり、しゅっしゅっとやったり、くりくりとしたり。

 彼女のテンションが上がるようにサービスしてやっている。


 その甲斐あって、浮遊島の動力が出力を上げた。

 これまでの巡航高度の記録を塗り替える勢いで、高度を増してゆく。


「ちょっ……、もうオリオン。そのくらいでいいでしょ? あんまりイタズラは……、やめなさい」


 アレイダが言う。


「なんだ? 嫉妬か? 耳くりくりとか、あとでおまえにもやってやろうか?」

「そんなこといってない」

「じゃ、やらなくていいんだな」

「……そうはいってない」


 意外と素直なアレイダに、くっくっく、と、俺は喉の奥で笑った。


 俺たちは浮遊島のコントロールルーム――。中央霊廟に全員でやってきていた。


 ここでは島のコントロールが行える。

 いかなる魔導の仕組みによるものか、モニター画面のように、外部の光景を呼びだすこともできる。


 島は遙か古代の産物だった。

 魔導とはいっても、現代の魔術とは、原理からして違っていそうだ。


 モーリンにいわせると、この世界において「文明」と呼ばれるものは、何回も勃興しては衰退していったそうだ。

 いまとは違う、いくつか前の古代文明による産物なのだろう。


「この大陸も、そうした古代文明の産物なのかもな……」


 ようやく同じ高度になってきた。


 浮遊大陸を下から見ていたときには、岩肌しか見えなかったが、いざ並んでみれば、草に覆われた大地の広がっていることが確認できた。


 うむ。やはり上にいられるよりも、見下ろすほうがいいな。


「ようし。そのまま高度を維持しつつ、進んでいくぞ」


 俺たちの浮遊島は、大陸の上部に入りこんでいった。


 完全に大陸の上にのりあがり、対地高度を維持して進みつづける。

 大地の上を普通に飛んでいるのと変わらない光景になってくる。

 後方の映像を呼び出してみると、縁はどんどんと遠ざかってゆくところだった。

 縁から先は断崖絶壁のはずなのだが、もう、それも見えなくなっている。


 さすがに〝大陸〟――。

 スケールがデカすぎた。


「あっ。木が生えてる」


 モニターの映像を、アレイダが指差す。

 草原の向こうに、木が見えている。


 ……が。


「おいおいおいおい」


 近づいてゆくにつれ、だんだんとわかって、、、、きて――。

 俺はおもわず声を上げていた。


「おい。大賢者。世界樹があるぞ」


 木の〝サイズ〟が問題だった。スケールが違った。

 それは通常のサイズの樹木ではなく、数百メートルはあるような巨木で――。


 だが単に樹齢数千年の巨木というのとも違うのだ。

 葉っぱがデカい。ずいぶんと距離があるのに、葉の一枚一枚が見えているということは……。

 そもそもが、巨大な葉であるということだ。


「なにもかもが10倍サイズってやつか……! 1/10……。いや逆か。10/1スケールってやつだな」


 浮遊島は巨大樹の合間を進んでゆく。10倍サイズの巨木は数百メートルもの高さがある。

 林立するその合間を、浮遊島は静かに進んでいった。


「そういえば……、二つほど昔の文明隆盛時にあったのは、巨神の世界でしたね。いまでは神の国という伝承で伝えられていますが」


 モーリンが思い出すように、そう言った。

 世界の精霊である彼女のことなので、本当に思いだしているわけだが。


「巨人というと……、それはギガントみたいな種族でしょうか?」


 クザクが首を傾げる。

 ギガントというのは、巨人のモンスターだ。一つ目で怪力なのが特徴だ。アトラスという上位種族もいる。低レベルではそれなりの強敵だが、勇者業界にもなると、たいした脅威ではない。

 戦闘の次元が上がり、デカけりゃ強いという単純なルールから外れはじめると、体の大きさは、むしろハンデにしかならない。


「あれは退化した生き残りですね。すっかり原始に戻って姿さえ変わっています。当時の巨神たちは、現生の人族と同じような姿でしたよ」

「同じ……、というと、それは美人だったりするのか?」


「まえにマスター、王都の神殿にある巨大な彫像を見て、欲しい抱きたい……と、申してましたね。あれが彼ら。巨神族ティターンの姿です」

「あれか!」


 巨大な女神像かと思っていた。まさか原寸サイズの彫像だったとは!


 俺が考えに夢中になっていると、アレイダのやつが、肘で俺の脇腹を小突いてきた。


「ねえオリオン……。いまなにを考えてるのか、あててみせましょうか?」

「やってみろ」

「いける。ぜんぜんあり」

「あたりだ」


 よくわかってきたじゃないか。駄犬め。


「もー! なんでそんなことばっかりなんだか……」

「俺はこの人生では好きに生きるって決めてるからな」


 前の人生と、前の前の人生とで、未練と心残りとは、すべて回収してゆく。俺はそう決めているのだ。


「この人生?」

「ああいや……。なんでもない」


 まだアレイダたちには言ってない。俺が転生者だということは、モーリンとバニー師匠しか知らないことだった。

 転生者のことはそのうち話してやってもいいか……。まあ……、いまではないが。


 だが前の前の人生のことについては――。俺がこの世界で語り継がれる「勇者」であるということは――。

 言うときはやってくるのだろうか? いいや。ないな。駄犬が駄犬であるうちは、絶対ないな。


「あっ……、ねえあれ? あれって動物?」


 アレイダが指差す。前方になにか動く物体があった。

 生き物のようである。ただし山のようなサイズであるが……。


「牛? ブタ? なにかそんな感じ?」

「おいしい?」


 アレイダが言う。スケルティアが指をくわえる。


 地上の牛や豚とはちょっと違うが……。家畜っぽい動物が、巨大スケールの草原を闊歩している。


「でけえ」


 動物が動くと、まるで山が動くようだ。


 コントロールルームに、ワーニングが鳴り響く。


「なに!? なにがどうしたのっ!?」

「どうした?」

「なにかが急速接近してくるようですね」


 古代語を読んでモーリンが言う。


 しばらくすると、その「急速接近してくる物体」が視界に入ってきた。


 ――鳥だ。


 そいつは単なる鳥だった。鳩とかカラスとか、そんなあたりの、ただの野鳥だ。――ただしドラゴンサイズの。


「なんでも巨大スケールなんだな」


「レベルも10倍換算のようですね」


 モーリンに言われて、俺も鑑定してみた。


「大鶫。Lv37。――なるほど」


 単なる野鳥で、強さはドラゴン級か。まあ、うちの娘たちは、ドラゴン程度でピーピー言うような鍛えかたはしていないが……。

 魔大陸を卒業したから、ラストダンジョンに侵攻できるほどの強さになっている。


「あっ。人だ」


 誰かが言った。

 俺はそちらを見た。ぎょっとなった。


 全身鎧の兵士っぽい巨人が、遠くを歩いている。


 鑑定で出たステータスは――「巨神族兵士、Lv372」となっていた。


 野生の獣もなにもかも、すべての基礎レベルが高いから、それを狩る巨人たちも必然的に高いレベルになるのだろうが……。


「なあ……、あれ雑魚だと思う? 将軍クラスだと思う?」


 俺はモーリンに聞いた。


「将軍クラスが護衛もなく単独というのは考えにくいですね」

「ねーねー……? あれって、巡回の下っ端とかなんじゃないの?」

「だよなー」


 俺はアレイダにうなずいた。


 暗黒大陸を卒業するほどに鍛え上げた娘たちではあるものの――。

 Lv372っていうのは、ちょお~っと、荷が勝ちすぎる。

 そのレベルだと、俺とモーリンが出ていかなければならないレベルだ。


「あ。こっち気づいた」


 巨人がこっちを向いた。どすどすと、こちらに向けて歩いてくる。


「なんだ? なんで気づかれた?」

「あたしたち、いま島に乗ってるからでしょ。岩の塊がぷかぷか浮かんでいたら、そりゃ、来るでしょ」

「だよなー」


 俺はアレイダにうなずいた。


「高度を取れ」


 巨人が近づいてくる前に、俺は瞑想するアイラにそう言った。


『これで精一杯です』


 アイラの声は本人からではなく、室内音声を使って聞こえてきた。


「この高度じゃやつの手が届く。もっと上がれ!」

『やって……、みます……』


 動力源の飛行石――じゃなくて、精霊石がうなりを上げる。

 上昇がはじまる。だがその速度は、ひどくのろい。

 もともと浮遊大陸に迫るために、かなり無理をして超高空にあがってきているのだ。


 だがこれではまるで高度が足りない。

 巨人からしてみれば、腰ぐらいの高さをふわふわ漂っていたところから、頭ぐらいの高さに上がった程度だ。


「おいおいおい。手が手が手が!」

「ぎゃあーっ! 手が手が手が!」


 俺とアレイダは、同時におなじことを叫んでいた。

 肩を抱きあっていたり――なんてしていない。ない。駄犬はともかく、この俺がビビったりなんてすることは――。


 巨人兵士は、手を伸ばしてくる。自分の背の高さぐらいのところに、岩塊がぷかぷかと浮いているわけだ。とりあえず触ってこようとするだろう。


 衝撃がやってきた。

 浮遊島は巨人の手に捕まってしまった。ただ手で掴まれただけというのに、こちらとしては、かなりの衝撃だ。


 巨人はさらに、浮遊島をばしばしと叩きはじめた。


 警告音が鳴り響き、真っ赤なワーニングメッセージがつぎつぎと古代文字で現れる。


「表面岩盤剥離。島の構造岩盤に亀裂。飛行石に深刻なダメージ」


 あ――言っちゃった。いやいまはそれどころではないが。


 巨人兵士の打撃が続く、もう手ではなくて、手にしていた槍の柄でもって、ばしばしばしばしと、バカみたいにぶっ叩いてきている。


「ちょっとちょっとちょっとおぉぉ――っ!!」

「おおおおお――っ!!」


 岩盤が剥離する。亀裂がはいる。島は傾いたまま、斜めになって墜落していった。

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