第138話 あそびにんが転職可能 「なにに転職したらいいですかー?」

「わたし、転職、可能なんですけどー」


 いつもの昼過ぎ。いつもの屋敷のいつものリビング。


 バニー師匠が、中空を見上げながら、ぽつりとつぶやいた。


「ん?」


 俺は膝の上に乗せてあやしていたコモーリンから目を上げた。

 頭のつむじのところをくりくりとやってやると、もじもじするのがおもしろいのだ。モーリンのほうにおなじことをやっても通用しないので、コモーリンだけの弱点だ。


「なんか言ったか?」


 コモーリンの小さなお尻を両手で持って、ひょい、と、置物のように脇へのける。

 コモーリンは、ぷうと頬を膨らませると、どこかに行ってしまった。ああいう仕草も大きなモーリンのほうだとやらないな。


「わたし、転職可能になったんですけど」


 コモーリンの小さなお尻を二人で見送って――バニー師匠は、そう言った。


「転職?」

「クラスチェンジできるようになったみたいです」

「賢者か?」

「オリオンさん。古いです。それにⅢだけです」


 それがわかるバニー師匠も、相当だと思うがな。


「あそびにんから、なにに転職可能になったんだ?」


 俺は聞いた。そもそも〝あそびにん〟の職業は、冒険者ギルドのジョブ目録に載ってない。表の目録は言わずもがな。賢者や勇者だって載ってる〝裏〟の目録のほうにも記載がない。


 〝あそびにん〟というジョブは、ひょっとすると、世界でただ一人、彼女だけのユニークジョブという可能性もある。


 あっちの現代世界のほうで流行っていた異世界転生小説では、転生時になんらかのユニークスキルや、ユニークジョブなどを貰っているのが一般的だった。


 俺の転生時にも、なんか転生女神が言ってた気がする。サービスチートが1個つくとかつかないとか。


 俺はそのかわりに、かつて自分で救ったこの世界への転生を希望したわけだが――。転生先がランダムな世界であったなら、チートなスキルか、チートなジョブを、なにかひとつ貰えていたのかもしれない。


 そんなレアジョブである〝あそびにん〟から、一体なにに転職可能になったのか、興味はあった。


「えーと……、ですねぇ……」


 バニー師匠はぷっくりとした唇に指先をあてて、中空を見上げる。

 あれはステータス画面を見ている顔だ。

 ステータス画面は、誰でも簡単に開けるものではないが、その種のスキルは、ジョブによっては存在している。


「いくつもありますけどぉ――」

「いくつもあるのか」


 転職先が複数になるのはめずらしい。

 だが分岐があるということは、そこで悩むことになるわけだ。ジョブの進化ツリーが解明されていればともかく、手探り状態だと、そりゃ悩むわなー。


「まずひとつ目はぁ、〝スーパースターなあそびにん〟――ですねぇ」

「あそびにんは、そこは付いたままなのか」


 俺は言った。


「そしてふたつ目がぁ、〝えっちなあそびにん〟――です」

「えっちなのか」


 俺は言った。


「そしてみっつ目がぁ、〝穀潰しな遊び人〟――です」

「たまらん接頭詞だな」


 俺は言った。


「オリオンさんは、どれを選んだらいいと思います?」

「そうだな……」


 俺は考えた。


 まともそうなものが、ひとつ。

 すごくわくわくするものが、ひとつ。

 絶対に選んじゃいけなさそうな、地雷臭のするものが、ひとつ。


「うむ……、俺が気になるのは、〝えっちなあそびにん〟だな」


 きりっとした顔で、そう言った。


「オリオンさん。お好きですねえ」

「うむ。好きだぞ」


 俺はきりっとした顔で、そう言った。


「ぜひ〝えっちなあそびにん〟で頼む。いや。それしかないだろう」

「えー? それ危険ですよー」

「危険?」


 俺は首を傾げた。


 危険だと? なにが? どこが?

 気持ちよさそうで、いいじゃないか。いいじゃないか。ええじゃないか。


「えっちなあそびにんは、たぶん、あそびにんの上位互換だと思うんですよ。えっちな方面の」

「そうだろう。そうだろうとも。だから――な?」

「オリオンさん、このあいだ死にかけてたじゃないですか。おいろけの魔法で」

「……う。」


 俺は思いだしていた。

 このまえたしかに、えらいめにあった。あそびにんだけの使える〝おいろけ魔法〟で、ばきゅーん♡ と撃ち抜かれて、死にかけた。触れられてもいないのに、びゅるびゅるびゅる、となって、止まらなかった。腎虚になりかけた。


「たとえば、えっちなあそびにんになったとして……。すべての行為、、に、おいろけ魔法の効果がのったりしたら、危険じゃないですか?」

「え? いやいくらなんでも、それは――」

「あそびにんのスキルには、すべての攻撃がクリティカルになる――っていうのもありますから」

「あるんだ」


 俺は驚いた。てか、それ強くねえ?

 欲しいぞ。


 だがすべてのスキルを取得できる勇者でも、あそびにんの固有スキルは取得できないようで、取得可能一覧には出てこない。

 「すべてのスキル」に該当するのはコモンジョブだけで、ユニークジョブの固有スキルはだめなのかもしれない。


 ちなみにユニークジョブというのは、「世界」にただ一名しか存在を許されないジョブのことだ。たとえば「勇者」などが該当している。


「すべてのエッチ技がクリティカルになるスキルがあるとしても、発動させなければ――」

「自動発動のパッシブ型だったら、どうします?

「うっ……」


 たとえばジョブのなかには、常時、呪いを周囲に撒き散らすものも存在している。そのジョブであるかぎり、本人の意思で止めることもできない。


「私が言うのもなんですけど。〝あそびにん〟って、レベルが上がるたびに、どんどんダメなほうに進化してゆくんですよねー。その上位職ですよ? えっち特化型ですよ? ――ちょっとどうなってるか、私にも、想像つきませんねー」

「そ、そうだな……」


 俺は呻いた。もしそんなことになってしまえば、バニー師匠とエッチできなくなってしまう。

 いや、近づいただけで、びゅるびゅるとなって、ミイラになってしまうかも……?


「じ、じゃあ……、無難なところで……、スーパースターのほうにするか?」

「それも、ですねー……」


 バニー師匠は浮かない顔。


「6、7、9、10の話になりますけど。スーパースターって、すっごい、使えるジョブじゃないですかー」

「い、いや……。俺は後ろのほうは知らんが……」


 ブラック社畜なめんな。ゲームやる体力なんて残っているもんか。異世界転生小説をスワイプしながら無気力に飛ばし読みするのが唯一の娯楽だ。


「使えるジョブだと、なにが困るんだ?」


 いいことなんじゃないかと、そう思った俺だが――。


「使えてしまえる〝あそびにん〟って、存在定義からして、おかしくないですか? 勤勉なニートだとか、そんなような感じで」

「あー」


 言わんとしていることを、俺は理解した。


「え? ちょっと待てよ。じゃあ残るって……?」


 転職対象は3つあるという話だ。

 〝えっちなあそびにん〟と、〝スーパースターなあそびにん〟と、二つがNGなのだとすると、残っているのは……。


「ごくつぶし?」

「そうなりますかねー。消去法でいくと」

「しかし、そいつはさすがに、アレだろう?」

「ええ。たぶんオリオンさんの想像する通りにアレな感じだと思いますよー」


 うわぁ。


「だけどいちばん〝あそびにん〟っぽいと思うんですよねー。あそびにん道を突き詰めているといいますかー」


 どうやらバニー師匠のなかで、答えは決まったようだ。

 だとすれば、俺がどうこう言うことではない。彼女のクラスチェンジなわけだし……。

 アレイダやスケルティアのときには、あれこれ言うこともあるが、それでも本人たちの意思は尊重している。


「あのぅ……、ひとつお伺いしたいんですけどぉ?」

「うん? なんだ?」

「もし、すっごい穀潰しなったとしても……、わたし、ここに居ていいですかね?」

「うん?」

「役立たずは、捨てる。――って、まえにオリオンさんが」

「ああ」


 思い出した。

 前に「役立たずは捨てるぞ」という発言を(冗談で)したら、皆が戦々恐々となったことがあった。

 アレイダたちはともかく、モーリンやバニー師匠までもが、自信なさげな青い顔となり、「役に立っていますか……?」と聞いてくるほどに。


「心配するな。引きニートの一人や二人、養うくらいの甲斐性はあるぞ。安心して穀潰しになってくれ」

「はい。ごくつぶしでも、あそびにんですから……。夜のほうの性能はぁ、これまで通りだと思いますよぅ?」


 壮絶な流し目をもらった。視線だけで奮い立って、、、、、しまったほど。


    ◇


 バニー師匠はクラスチェンジした。

 〝ごくつぶしなあそびにん〟になった。


 まだ真っ昼間だったが、寝室にお姫様抱っこで運んでいって――。さっそく〝試す〟ことになった。


 滅茶苦茶セックスした。

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