第137話 耳なしバニーさん 「耳がないと……、私、そのぉ……」
いつもの昼過ぎ。いつもの屋敷のリビング。
「あのう、耳……、落ちてなかったですか?」
「耳?」
読んでいた資料から顔を上げると、俺はまじまじと、バニーさんの顔を見上げた。
いや……。正確に言うと、バニーさんではない。耳がついていない。
黒いボディスーツは着ているものの、バニーガールの象徴的な長い耳が、頭の上に載っていない。
「耳……、どこかに落としちゃって……。見ませんでしたか?」
「いや……。見なかったな」
「そうですか……」
俺が言うと、バニーさんはすっかり心細げな顔となった。
あっちをキョロキョロ。こっちをキョロキョロ。部屋の中を探しはじめる。
床に這いつくばって、ソファーの下まで覗きこんでいる。
前屈みの姿勢で揺れるヒップが、あまりにも美味しそうだったので、俺はなんとなく手を伸ばして、さわっとお尻にタッチした。
「ひゃん」
悲鳴があがる。
「……ひゃん?」
俺は胡乱な目つきで、バニーさんを見る。
俺の知るバニーさんは、お尻を撫でられたくらいで、「ひゃん」と可愛らしく鳴く女ではなかったはずだが……?
その方面において、俺が「師匠」と認める人物であるわけで……?
「どうかしたのか?」
立ち上がって、こっちを見ているバニーさんに、俺は一歩、近づいた。
バニーさんは一歩、後じさる。
「あ、あのぅ! オリオンさん、いま、欲情……なさってますよね?」
「うん。そうだが?」
「た、勃っちゃってますよね?」
「うん。そうだが?」
俺は素直に認めた。べつに隠すようなことでもない。
この人生がはじまったとき、俺は、ひとつ決めたことがある。
〝自重しない〟ということだ。
食いたいときに食いたいものを食いたいだけ食う。イラっときたらぶっ飛ばす。
そしてヤりたくなったらヤる。
いま俺が悩んでいることがあるとすれば、このままリビングでヤるか、寝室に運んでいってヤるか、どちらにすべきか――ということだった。
快楽主義者のバニーさんも、いつでもどこでも、俺が求めれば、楽しそうに応じてくれた。――これまでは。
だが今日のバニーさんは……。
「あのう……、ヤるのは、いいんですけどぉ……。耳、見つかってからにしませんか? ほ、ほらっ……、オリオンさんも、そのほうがいいでしょう? ね? そっちのほうが全然いいですよー。ね? ね?」
バニーさんはそう言った。及び腰になっている。白くて丸いウサギの尻尾が、ぷるぷると震えている。
「気が乗らないなら、そう言ってくれ。俺も無理にするつもりは――」
「――あっ、いえ! そうじゃないんです! そうじゃないんですけどぉ……。耳がぁ……」
さっきから耳のことを言っている。どこかに落としたとか。見つからないとか。
「耳がないと、なにか困るのか?」
バニーさんは頭を押さえた。耳がついていたはずの場所を手で覆う。
「耳がないと……。バニーさんじゃないんです」
「そりゃまあ……。そうだな」
「バニーさんじゃないと……。私、普通の女の子じゃないですかぁ」
「うん?」
俺は腕組みをして、考えた。考えた。考えてみた。
たとえば特殊な転職アイテムが存在している。
装備している間だけ、その装着者の職業を変更するようなアイテムだ。
だがこの種のアイテムは大抵が呪いのアイテムだ。装備解除はできない。落っことしたりできるような代物ではない。
「わからんぞ? あれは転職アイテムかなにかなのか?」
「いえ。このスーツと網タイツとハイヒールと四点セットでシナジー効果はつきますけど。普通の防具ですよ」
「じゃあいいんじゃないか?」
「よくないんですよぅ」
バニーさんは気弱な顔で、そう言った。
いつも傲岸なほどの笑顔をみせる彼女らしくない。
いつでもどんなときにでも、陽気で楽しげにしているのが、彼女なのだが。俺の〝そっち方面〟における師匠であるのだが。
「ま。それはともかく。――一緒に風呂にでも入るか」
俺は彼女の腰に手を回した。
「いえ。ともかく。――じゃあなくて」
彼女を誘って拒まれるのは初めての体験。すごく新鮮だ。
拒んでいるといっても、本当に拒んでいるのではなく、アレイダがよくやるような、ぐずっている感じ。あいつのときにも「やるのかやらないのか、はっきりしろ」と言うと、結局「やる」側となるわけだから、これはOKと受け取っていいのだろう。
俺は屋敷の大浴場へと、彼女を連行した。
◇
「はぁ……。オリオンさんが強引なの、忘れていました……」
口元まで湯に浸からせて、ぶくぶくとやりながら、膝を抱えてバニーさんは言う。
ていうか……。風呂に入っているわけだから、耳だけでなく、スーツも網タイツもヒールも丸尻尾もなくて、ぜんぜんバニーさんでもなんでもないわけだが。
俺は、普段と違うバニーさんの様子に、ちょっとドキドキとしていた。町娘バージョンのクザクに感じたのと同じ種類のトキメキを覚えていた。
なんか……。普通っぽい。
俺の周囲にいる女たちは、獣だったり蟲だったり世界だったり聖女だったり元男だったり竜だったり肉食受付嬢だったりするわけで……。ごく普通の女の子というものに縁がなかった。
今回の人生以外では、どうなのかというと……。
前の前の人生では、勇者業に忙しく、女性と話す機会さえなかなか与えられなかった。つまり童貞だった。
前の人生ではブラック企業にすり減らされる、ごく平均的な社畜だったので――。やはり縁がなかった。つまり童貞だった。
こっちの世界で生まれ変わってから、モーリンをはじめ、アレイダ、スケルティア、リズ、クザク、ミーティア、バニー師匠、エイティ、リムル、以下略と、欲望の限りに様々な女とセックスの限りを尽くしてきた俺だが――。
「なんでか。普通の女とは縁がないんだよなー」
俺は手足を伸ばした。湯の中で大の字になる。
足がバニーさんの体に触れると――。
びくん、と、身をすくめる。
んー。もうっ。
バニーさんったら、まったく女の子の反応でぇ――。
男と混浴中であることを考えれば、まあ、普通の女の子としての反応だわな。
「……で。なんで普通になってんの?」
「あ、あのですね。私……」
「うん」
湯の表面に見え隠れしている膝頭に手を置いた。
バニーさんの肩が、またびくんと、激しく震えた。
「わ、私、まえの人生では、すごい引っこみ思案だったんですよ……」
「ほう?」
俺は目を細めた。
以前から疑念となっていたバニーさんの転生者疑惑だが、本人から直接、答えをもらうことができた。
それと、前世での彼女の性格が、いまとはまったく違うということが、意外だったが……。
「転生をきっかけに、異世界デビューしたわけか?」
「い、いえっ……、前の人生からも……。私、根暗だったんですけど、バイトでバニーガールやってみたんですよ。そうしたら……。あっ……」
バニーさんが、言葉を詰まらせた。
「あの……。手が」
バニーさんが、なんか言ってる。
俺の手が膝に置かれていたのは、しばらく前のこと。いまは違う場所に移動している。
バニーさんは、そのことを言っている。
「あのぅ……、オリオンさん? これって……、このまま致しちゃう的な流れ……、ですよね?」
「うん。そうだな。このまま致しちゃう的な流れだな」
そっちの話題はさておいて、話を戻す。
「……で? バニーガールになってみたら? どうだって?」
「あっ……、はい。そうしたら……、なにか……、ちがう自分になれまして……」
「ほう」
俺は目を細めた。
アイテムによって人格に影響が出ているのかと思っていた。だが違ったようだ。自己暗示というか、自分の中でスイッチを入れる
「耳がないと……、私、だめなんですよぅ」
バニーさんは、俺の腕にすがりついてくる。
心細くてしがみついているいうよりは、どちらかというと、俺の手を止めるために固定してきているというほうだが。
「失礼いたします」
声が聞こえた。大浴場の戸が開いて、ちっちゃなメイド姿が入ってくる。コモーリンだ。
「こちらを拾ったのですが。落としませんでしたか?」
コモーリンの手にあるのは、ウサギの付け耳。
「あー! それです! それです! ください! ください! お願いします!」
バニーさんが、ばしゃばしゃと暴れる。
「落ちていたんなら、汚れているだろ。洗濯してさしあげろ」
「かしこまりました」
コモーリンは頭を下げて、浴場を出てゆく。
「えっ? えっ!? ええーっ!?」
伸ばした手もむなしく、ぱたりと戸が閉まる。
「あれを渡したら、君はいつもの君に戻ってしまうのだろう?」
「はい、ですから耳を――!」
「だからだ」
俺は、言った。
「いつもと違う君と、愉しみたい」
「はううぅ~、オリオンさんがそういう人だってこと~、忘れてましたぁ~」
◇
耳のないバニーさんを、お姫様抱っこして、寝室まで運んだ。
滅茶苦茶セックスした。
いつもと違う、普通の女の子っぽい反応に、いつになくエキサイトして、つい加減を忘れて、無茶苦茶、ヤッてしまった。
そうしたら、バニーさんが、ぶちキレた。
耳がないのに、いつもの調子をすっかり取り戻してしまい――。
俺に対してマウントを取ると、あとはやり放題。
俺は肉食の
バニーさんは、やっぱり師匠だった。
調子にノッて! すんませんしたーっ!!
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