第134話 聖剣オリオン 「は? 剣にへんな名前つけるな」
雲海を下に眺める空中庭園の芝の上で、デッキチェアを広げて読書――というのが、最近の俺のお気に入りのくつろぎかただった。
そのくつろぎの時間を――。
「えいっ。えいっ。やあっ。たあっ」
大声で邪魔してくるやつがいる。
〝素振り〟というものは、初心者レベルなら有効な鍛錬法であるが、俺たちのレベルになってくると、ほとんど見かけなくなるものだ。
実戦にまさる鍛錬法はないというのが、勇者業界における定説だ。
「さすが聖剣オリオンねー。空気が斬れるっ」
アレイダがなんか言ってる。
空気が斬れてるというのは、実際、そうで――。アレイダが剣を振る度に起きていた真空の渦が、まだ、そこらをふよふよと漂っている。
近くに漂ってきた渦を、俺は手ではたいて打ち消した。
ちなみに、あの真空の渦を、狙って投げつけることができるようになると、攻撃技となる。
「ところで――。おま。いま、なんつった?」
「えー? なにー?」
素振りに戻ろうとしていたアレイダは、そう聞いてくる。
「だから、いま、なんつった?」
さっき、聞き捨てならないことを言ってやがったのだが……。
「えー? なんか言った?」
「言っただろ。なんかおまえ。その剣に変な名前を――」
「あー、聖剣オリオン?」
「それだー!」
俺は叫んだ。
まーた言いやがった。
このまえのときには聞き逃してやったが、こんどもまた口走りやがった。
ここは、正しておかねばならないところだろう。
「勝手に人の名前つけんな! バカヤロウ!」
「わたし、女だから、野郎じゃないと思う」
「そこはいまはどうだっていい! 剣の名前だ! 銘だ!」
「オリオンの作った剣なんだから、オリオンでしょ?」
「その剣に名前なんてつけてない。無銘だ。量産品だ。安物だ」
聖剣といっても、聖なる波動をようやく発揮できる程度の量産品だ。
しかもメインの鍛冶はモーリンで、俺はただ相槌を振るっただけのアシスタントであり――。
――と、そこについては言っていないのだが。このバカワンコは俺が打った剣だと思いこんでいる。
「じゃ、なにか名前つけてよ」
「いやだ。断る」
アシスタントしただけの剣に、名前なんて付けられるか。モーリンに言え。
「じゃ、好きに名前つけてもいいでしょー」
アレイダは話が終わったとばかりに、長い髪を俺に向けてきた。
そして素振りに戻る。
「えい。えい。やあ。たあ」
だから素振りなんてのは、俺たちの勇者業界ではクソの役にも立たないと――。
俺はデッキチェアから立ち上がった。
近くに生えていた木のもとに歩いてゆく。
そして話しかける。
「~~――、~~~――、~~~~~――」
精霊語だ。
この空中庭園に生えている〝木〟は、皆、霊木級。
この浮遊島は、もともとエルフの里の「聖地」だった場所だ。雑木林の木の一本でさえ、それなりの「霊格」を持っている。
いまそこに交渉して、枝を一本、もらうことにした。
「いただくぞ」
手頃な太さの枝を、手刀で切り落とす。
小枝を落として大雑把に成形してから、さらに手刀で削ってゆく。
たいした時間もかからず、一本の〝木刀〟ができあがった。
木刀とはいえ、霊木を材料にしているので、一応は〝聖剣〟だ。
削り終えたばかりの木刀を手にして、素振りを続けるアレイダに話しかける。
「おい。駄犬」
「………」
「聞こえないのか。駄犬」
「駄犬なんて、いませーん」
ぶちぶちぶち、と、キレかけたものの――。
「おい。アレイダ」
「なにー?」
俺が大きな忍耐力をみせて、名前で呼んでやると、ぱたぱたと尻尾でも振る勢いでやってきた。
なにこのバカワンコ。名前呼んでやったくらいで、そんなに嬉しいの?
俺は木刀を突きつけて、アレイダに言う。
「構えろ。稽古をつけてやる」
「えっ?」
アレイダはきょとんと目を見開いて、立ちつくしている。
「オリオンが……、稽古、してくれるの?」
「ああ。二度言わすな。素振りなんぞ、クソの役にもたたん」
「なんで……?」
「なんで、って? はァ? いちいち理由がいるのか?」
「だって……」
アレイダの様子が、なんか変だ。
もじもじとしている。
「だっていつもは、〝ないとめあもーど〟とかいって、どこかの危ないダンジョンの下層に放りこむだけで……。自分で教えてくれるとか、これまで一回だってなかったし……」
「……お? いや? 一度くらい、教えたことは……」
そう言って、俺は顎に手をあてて考える。考える。考えている。……考えた。
「……ないな」
「それに、自分で稽古をつけてくれるってことは……。わたしが、すこしは強くなったって……、認めてくれてるってことでしょ?」
「いやいやいや。なんでそうなる」
「だって実力が近くなかったら、教えてもらえないじゃない」
「はァ? おまえごときが、俺に近い実力だと? どの口で言う? おまえなんか十分の一以下だね。いいや百分の一だね。おまえが百人でかかってこようが、俺を倒せるとは思うな」
言いながら、頭の中でシミュレーションしてみる。
アレイダが百人……。カンスト間際の
むぅ……。まあ苦戦するのは確かだろうが……。勝てなくはないな。
かなり本気を出すかもしれないがな。うん。大丈夫だな。
「よかった。そのくらいまで、強くなれてたんだ」
アレイダはそう言うと、にっこりと笑った。
泣きべそかいて悔しがるかと思いきや――。予想と違って、嬉しそうな笑顔を浮かべやがった。
意表を突かれて、ちょっとドキリとする。
「ば、バカ言ってんじゃねえぞ。――構えろ」
「うん」
アレイダは素直に構えを取った。
その構えは、なかなか決まっている。
まあ、勇者業界基準からすれば、まだまだ隙だらけではあったが――。
この俺に構えを取らせるぐらいの〝圧〟は発している。
「行くぞ。上からだ」
「はっ、はいっ」
「つぎは横からだ」
「は、はいっ」
いちいち、どう斬りつけるか宣言してから動く。
それでもアレイダは、俺の剣撃を受けるのがやっとだ。
もちろん手加減しまくりだ。十分の一も力を出してはいない。
せいぜい五パーセントといったところだ。
だがそれでも、アレイダのやつは、一応は受け止めていた。
俺の剣を。勇者の剣を。
ふーん……。
ま。すこしは。使えるようになってきたんじゃねえのー。
「一〇パーセントだ」
俺はちょっとだけ、力をあげた。
「え? えっえっ? ――ちょっ! やめ! あぶな――! いま本気で斬ったでしょ! 死ぬ! 死ぬ死ぬ! ヤバ――! やめっ!」
「死ぬ死ぬ言うのはベッドの中だけでいい」
「ばかーっ!」
アレイダはとたんに余裕が消えていた。受けがどんどんと雑になっていく。
やがて、ぱきーんと音が響いた。
「あ……」
やべ。折っちゃった。
「あっ……、あっあっ……、あーっ!!」
なかばから完全に折れて、短くなってしまった「聖剣オリオン」を手に、アレイダが大声をあげている。
あーあ……。しーらねー……。
*
その後――。
アレイダのやつが、ガン泣きするもので、「聖剣」をもう一本打ってやることになった。
こんどの一本は、俺が主となって打ち、モーリンのほうが相槌を振るった。
前回の一本よりも、若干、質は落ちてしまったが……。
まあこっちなら、「聖剣オリオン」と呼ばせてやってもいいかもしれない。
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