第133話 雲海の遊び 「ちょ……! 手加減してーっ!」

「いっくよー、リムルちゃん!」

「おー! くるのだー!」


 アレイダが剣を抜き放つ。陽光を浴びて、聖剣がぎらりと光を放つ。

 高々度の澄みきった空を抜けてくる日差しは、いつでも強烈で――その光を浴びた聖剣は、聖なる青白い輝きを放っていた。


 浮遊島の上部庭園の芝生の上に、俺はデッキチェアを広げて寝そべっていた。

 竜娘のリムルと、駄犬のアレイダが、なんかやってる。


 リムルのやつは、ウロコをまとった半竜形態。

 アレイダのやつは、装備一式持ち出して完全武装。その手に持つ剣は、このあいだ新調したおニューの剣だ。


 アレイダもいちおうは、聖戦士クルセイダーなんていうジョブについたわけで――。

 遅ればせながら、そのご祝儀的な意味合いというか、安物の魔剣では聖戦士クルセイダーの出力に耐えきれないというか、損耗と出費が激しくなるので、アレイダが使っても壊れないような剣が、もともと必要となっていたのだ。


 なので――。

 俺とモーリンとで、一本、剣を鍛えてやった。


 モーリンは生産系も網羅している大賢者。そして俺は、上級職までのスキルをすべて取得可能な勇者。スキルポイントはあり余っているので、鍛冶スキルを、すこしばかり取ってやった。


 メイン鍛冶師モーリン。相槌俺。助手コモーリン。

 この二人ないしは三人で作りだしたのは、聖剣だった。


 とはいっても、街勇者エイティの装備する聖剣レーヴァテインほどの逸物ではない。

 単なる量産品の聖剣だ。アレイダが馬鹿力で乱暴に振り回しても、そうそう壊れることはないし、壊れたとしても量産品なので替えが利く。そういう品だ。


 そーんな、一山いくらの安物聖剣なんぞを、あのバカワンコは有り難がって感激して、「オリオンが、わたしのために……」なんて、おっぱいの合間に剣を抱きしめて涙目になっていたりして、まったく、ウゼーことこの上なかった。

 だいたい作ったのモーリンだし。俺は相槌を手伝ってただけだし。


 感激してんじゃねえよ。

 ばーか。ばーか。ばーか。


 その夜のアレイダとは、えらい燃えた。いつもは嫌がるあんなことやこんなことも、自分から率先してやってきた。

 しかしよろしくない。嫌がっているところを、ぐずぐずにさせて、ワケワカンナクしてやってからヤルから燃えるのであって、はじめっから受け入れていたのでは何の変哲もないアブノーマルプレイでしかない。

 バカワンコが、従順になってしおらしくなっているとキモチワルイので、とにかくやめてほしい。


 あの聖剣、壊しても――もう次、作ってやんねー。


 ――で、その聖剣を頭上に掲げて、ぐるんぐるんと回しながら、アレイダがぶっ放そうとしているのは、〈範囲爆撃〉の上位スキル、〈流星落としメテオザッパー〉である。


 発動前の長い溜めのあいだ、竜娘リムルは棒立ちのまま待っている。

 浮遊島の地面の上で、アレイダとリムルが行っているこの遊戯のルールは、「うつよー」「ばっちこーい」というものである。


 避けたりガードしたりするのは「不粋」であり、ルール違反なのだと、アレイダは入念にリムルに吹きこんでいた。


「聖剣オリオンよ、我が敵を討ち滅ぼせ――! 〈流星落としメテオザッパー〉――ッ!」


 アレイダが叫ぶ。

 スキルが発動した。爆撃が次々とはじまる。


 ……ヲイ?

 いま……、なんつった?


 よりにもよって、なんつー名前をつけていやがる。そんな安物、無銘に決まってる。なに名前なんてつけてんの? つけちゃってんの? しかも人様の名前を無許諾で? 

 ばーか。ばーか。ばーか。


 防御主体のマゾジョブである聖戦士クルセイダーに、なんでこんな攻撃スキルがあるのかわからない。スキルの発動にえらい時間がかかるので、そもそも実戦で使う機会があるかわからない。


 なかば物質化した闘気の塊が、上空から無数に落下する。

 下位のスキルである〈範囲爆撃〉の威力を向上させ、さらに爆撃する範囲を中ボス一体程度の面積まで絞りこんだものが、この〈流星落としメテオザッパー〉である。

 これを覚えたということは、聖戦士クルセイダーもカンストが近いということだ。

 さーて、次はなにに転職させようかなー。


 爆撃はまだ続いている。格別大きな流星の、最後の一発が落っこちて、あたりは静かになった。

 浮遊島全体に震動が走っている。衝撃が島を二周三周して、だんだんと鳴動も収まってゆく。


 土埃が収まってくると、クレーターの中に浮かぶリムルの姿が見えるようになった。


「一歩も動かなかったぞ」


 リムルは言った。


「……地面はなくなってしまったのだが」


 ぱたぱたと羽を動かしながらその場に浮かび、足下を見やる。


「む……、無傷だなんて……」


 アレイダは愕然とした顔で、そう言った。


 バカワンコのくせに、なにか小賢しく策略を回していたようであるが、竜人の素の防御力に完敗したっぽい。


 ちなみに、アレイダとリムルは仲が悪い。

 「いっくわよー、リムルちゃーん」「うふふー。きゃっきゃっきゃー」なんて関係では決してない。

 正確に言うなら、アレイダのほうが、新参者のリムルに対して一方的に突っかかっている状態だ。

 リムルのほうは、これまでずっと一人で生きてきたせいか、嫌われていることに気がついていない。

 いや……。アレイダのほうも、なにも嫌っているわけではないのだろうが……。


 いや、しかし……。

 いまの〈流星落としメテオザッパー〉は、消しに掛かるぐらいしていたよな?

 相手がリムルだったから、「遊び」を放置していたが――。勇者業界以外の相手であれば、骨も残さず消滅していたわけで――。


 ちょっと「おいた」が過ぎるかな?

 マジで死んじまったら、どーすんだ? おい? うちのハーレム要員を勝手に亡き者にするな。俺が困るだろ。具体的には穴が減る。


 俺がそう思って、口を開こうしたとき――。


「つぎは我の番でいいのか?」


 リムルが、そう言った。

 アレイダの顔色が、さあっと変わる。


「待って待って待ってーっ! そ、そう! 足を地面から離したでしょ! だからあんたの負け! 負けなのーっ!!」

「む? ずるいのじゃ! 動いたり避けたりしたら負けって、アレイダはそう言ったのじゃ! 我は動いてないのじゃー!」

「ま、負けなの! だからもうおしまいなの! 勝負がついたんだから! もうやんないから! ちょ――ちょ! やめて! 攻撃すんな! ばか! あぶないでしょ!」


「まあまあ。アレイダ」


 俺は声をかけた。


「いまの勝負はリムルの負けってことでいいとして――。リムルの攻撃も一発くらいは受けてやれって。それできちんと受け止めきったら、おまえの完全勝利ってことになるだろ」


 そう言ってやる。

 おまえの勝利を俺は疑っていないよ。――という〝確信〟と〝信頼〟を声に込めて、そう言った。


 果たして――。バカワンコは――。


「い――いいわっ! う、受けてやるから! ば……、ばっちこーい!!」


 あー。おもしろーい。

 バカワンコ。おもしれー。


「じゃあ撃つのだ。このあいだ、我がようやく変身しないでも撃てるようになった、大技があるのだ」

「ちょ、ちょっとリムルちゃん……? も、もうすこし軽い技で……。ちょ――! 待っ――!!」

「〈竜咆哮ドラグブラスト――ッ!〉

「ぎゃ――――っ!!」


 俺は手元の文章に目を落としながら、バカワンコの悲鳴をBGMとして聴いていた。

 バカなワンコには、いい薬だ。

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