第129話 四天王の要塞 「俺の隣で戦え」「はいっ!!」

「アレイダ。爆破」

「了解っ!!」


 聖戦士クルセイダーが構えを取る。


「うおりゃああぁ――ッ!!」


 一気に剣を振り下ろす。

 上空から降り注ぐ剣圧には、無数のコピーが発生していた。

 聖戦士クルセイダーのユニークスキル――〈範囲爆撃〉だった。


 激しい爆撃音が止んだときには、要塞の城門は破壊されていた。


 聖戦士クルセイダーは防御クラスである。

 本来、この技は、敵の大群に対して範囲タウントをするためのものである。


 ……が、アレイダを馬鹿みたいに鍛え上げたおかげで、馬鹿みたいな威力になっていた。

 やたらとでかい要塞の城門をぶち破ってしまうほどに。


 要塞の中は、がらんとしていた。

 古ぼけた壁と床とが続いている。何十年も手入れがされていない様子で、埃に覆われ、瓦礫があちこちに散乱していた。

 壁も天井も、内部はどこもかしこも規格外の大きさで作られていた。まるで身長十倍の巨人が通るために作られたような、オーバースペックのサイズだった。


「本当にいるの? なんにもいないんだけど?」

「見たところ、大戦期に放棄されたままという感じだな」

「大戦? なんだっけそれ?」


 アレイダが言う。

 くそう。戦争を知らない子供たちめ。

 まあ、自分が生まれる前のことなんかに、興味なんてねーわな。

 大戦のど真ん中のバリバリ現役時代としては、すこしわびしいものがあるのだが。


 俺はなんとなくデジャヴを感じていた。

 要塞を開いてモンスターが溢れ出してこなかったという経験は、俺にとってもはじめてだったが――。


 中ボスが待ち受けている場所は、要塞よりも、遺跡などのほうが、じつは多い。そうした場所では、ボス戦以外には、棲みついているモンスターとのランダム・エンカウントが起こる程度。


 似てるのだ。そういう場所に足を踏み入れたときの雰囲気と……。

 俺はじつはちょっとだけ、わくわくしてきていた。

 なんだか昔を思い返す。


 昔の勇者行は、酷くブラックで余裕もなくて、つらくて苦しくて、それこそ本当につらくて苦しくて、つらいばかりで……。


 だが今回のこの勇者行は、いわば二週目プレイだ。

 強くて楽しいニューゲームなわけだ。


 そういや、前の世界でよくやってたゲームでもそうだったなぁ。

 クリア後のステータス引き継ぎの二週目プレイってのは、ストーリーは似たようなものなのに、まったく違うものに見えていたっけな。クリアするのに必死こいてた一週目と、やりこみ要素満載の二週目と、まるで別物に感じられた。

 課金組と無課金組ぐらい違う感じ。


 だが今回のプレイヤーは、俺ではない。


「おい。エイティ」

「は、はいぃ……」

「リーダーなんだから、前に立て。胸を張れ」

「は、はい!」


 言われた通りに、エイティは胸を張る。

 うん。似合う似合う。


 身に着けているのは、ハイエルフたちの宝物庫から貰ってきた装備だった。

 白青黄のトリコロールカラーが、いかにも勇者っぽい。


 神装鎧アーバレストは、スカートがひらひらしている軽装鎧に見えるが、じつは防御力はフルプレート以上である。

 魔法金属がベースとなっていて、サイズとデザインが〝可変〟の、いわば生きた鎧だ。自己修復機能を持ち、完全破壊されなければ、損傷は時間経過で自動的に直ってしまうというエコ装備だ。

 エイティが身に着けた途端、その体にフィットした。オーダーメイドしたかのようにサイズはぴったりだ。

 つまり、所有者として認められたということだ。


 この種の武器防具は、一種の知性を持っているので、認められるまでが大変だったりするのだが……。

 無事に所有者として認められたようで、完全なパフォーマンスを発揮している。


 聖剣レーヴァテインと聖盾アイギスのほうは、鎧ほど選り好みが激しくはないので、「勇者」でありさえすれば従わせられる。


「うん。よし。似合う似合う」


 俺はエイティに言った。スマホでもあったら、一枚、撮っておきたいところである。


「あ、ありがとうございます……」

「凜々しくしろ。リーダー」


 エイティはすぐに少女っぽく胸元で手を縮める。勇者ルックのときには男のように凜々しくしているほうが似合うのに。

 ……てゆうか、元男だったのに、すごい、女くさいんだよな。


「あれぇ? ねえ、リーダーって、わたしぃ……」

「だまれ肉盾」


 俺はアレイダにぴしりと言った。タンクはタンクであって、リーダーにはあらずだ。


「に、肉盾……」

「文句があるなら、肉壁だ」

「なんかエッチくなったぁ」

「じゃあ肉穴だ」

「それエッチ通り越してる」


 軽口を叩き合っていた俺とアレイダは、同時に、その顔を、通路の奥へと向けた。


「……出迎えだな」

「強い?」


「ああ……。かなり強いぞ。あれは……、ケルベロスだ」


 魔界の番犬である。

 三首の犬っぽい外見をした、大型モンスターだ。体内には高熱の血が循環しており、毛や体は一部燃えていたりする。


 こいつらは、もっと強い連中に飼われていることが多い。つまりペットである。だがそこらのドラゴンを、ごはんとして、毎日数匹も平らげるぐらいの強さと食欲がある。


 かふー、かふー、と、蒸気の息を吐きながら、ケルベロスは歩いてくる。

 ぽたぽたと垂れるよだれが石の床に落ちると、じゅうう、とかいって、石が溶けている。

 まったく危険極まりない生き物だ。


「さぁて……、やるか」


 俺は剣を抜いた。エイティのお下がりの、+3だか+4だか、そんな程度のドロップ品だ。

 素手よりはマシだろ――といったあたりの武器。

 ちなみに向こうの大陸であれば、上級冒険者が一生をかけて追い求めるぐらいの武器だったりするのだが――。

 魔大陸における勇者業界では、こんなん、ひのきの棒と大差ない。


「えっ……?」


 俺が剣を抜くと、アレイダのやつが、ぎょっとした顔になって、こちらを見ていた。


「オリオン……、戦うの?」

「そうだが?」

「なんで?」

「なんで、っーたって、おまえ……。俺も勇者エイティのパーティの一員だし?」

「だってオリオンって、いっつも、一人でニヤニヤ見てるばかりで、ぜったい、助けてくれたりしないじゃない?」

「そうだが?」


 そのように躾けた。死にかけても、決して助けなかった。

 自分たちで手に負えなくなったら助けてもらえるなんて甘え癖がついたら、使い物にならないからだ。


「なんのために、お前たちを鍛えていたと思う?」

「えっ? ええっと……、趣味?」

「なんだそりゃ」

「意地悪をするのが趣味で――」

「ちがう」


 俺は、言った。


「おまえらが、俺と一緒に戦えるようにするためだ」

「えっ……?」


 アレイダは、しばし、固まっていた。

 固まっている。固まっている。固まっている。

 まだ固まっている。


 そろそろケルベロスが近づいてきたから、とっとと再起動しろ。


「一緒に……、戦えるの? 戦っていいの?」

「俺はアタッカーをやる」


 うちのパーティに足りないのは、DPSを稼ぎだす前衛だな。後衛のほうは充実しきっている。だがしかし――。


「モーリン。おまえも入れ」

「承知しました」


 モーリンがメイド服の肩に手をやって――、ずばっと服を投げ捨てる。

 メイド服の下から、賢者のときの装備が一瞬にして現れた。


 ……。

 ………。


 おい?

 いまどうやった?


 ……まあいい。

 モーリン七不思議の一つとして、カウントしておこう。


「ミーティアとクザクは後衛だ。モーリンの指示に従え」

「はいっ」

「わかりました」

「スケルティアとバニー師匠は中衛だ。俺たちよりも前に出るな。ダメージを稼げ」

「わかた。よ。」

「ウサギさんは頑張りまーす」

「そして、アレイダ」

「ははは、はいっ!」

「なにあがってんの? おまえ? ばかなの?」

「い、いいから! なにすればいいの! 言ってよ! ――言いなさいよっ!!」

「俺の隣で戦え」

「ハイっ!!」


 いい返事が返ってきた。そんなに嬉しいの? このバカワンコ?

 尻尾があったら、ちぎれるぐらいに振り回しているところだろう。


「死ねええええ――っ!!」


 アレイダがまず仕掛ける。大袈裟に斬り込んで、敵の注意を一身に向けさせる。

 後衛組が魔法を唱えはじめる。この段階では、基本的には味方に対するバフだけだ。敵に対して直接魔法は行使しない。


 タンク役のアレイダが斬りつけている。

 たいしたダメージは出ていないが、横っ面をはたかれたケルベロスは、怒りをあらわに、アレイダをロックオン。

 俺はしばらく手を出さない。

 後衛と同様に、アレイダが充分にヘイトを稼ぐまで、わずかに参戦を遅らせる。


 ケルベロスがアレイダを攻撃する。

 ワンアクションで三回ずつ。三つの首が、それぞれ別個に噛みついてくる。


 ――が、聖戦士クルセイダーの防御結界を抜くことはできない。

 重い一撃を食らう度に、空間に立方体がいくつも現れ、弾けて砕ける。複層防御結界が一撃ごとに半壊しているが、次の一撃がくるまえに素早く再構築される。


 魔大陸にやって来た当初には、薬草の攻撃で、あっさり上顎から上を吹き飛ばされ、愉快な人体断面を晒していたアレイダだったが、度重なる激戦によって鍛えられていた。いくつもの防御スキルの複合効果がシナジーを生みだし、防御無双のジョブの片鱗を発揮しはじめていた。


「よし、いくぞ」


 俺は合図を出した。


「いきます!!」

「ウサギさんもいきますよー」

「やる。よ。」


 エイティとバニー師匠とスケルティアも攻撃に加わる。バニー師匠など、いきなりクリティカルを出している。

 エイティも村勇者だった頃とは違い、技が増えていた。剣撃を飛ばして触れずに斬っている。

 そして勇者装備の聖剣の威力はものすごく、バニー師匠に並ぶダメージを叩き出している。

 剣を振り抜くたびに、長い金髪が宙を舞い、


「DOTとデバフ、入ります」

「アレイダさん。ヒールいきます」


 クザクが敵を弱体化させ、毒呪文を盛る。

 ミーティアが、開戦からこちらで半分ほどに減ったHPを満タンに戻す。防御結界がよく保っているとはいえ、ノーダメージにはならない。


 そして大賢者は、大賢者のみのユニークスペル、MPリジェネを全員にかけている。


 俺たちはチームとして、完璧に機能していた。


「オリオン! サボってる!」


 俺が適当に攻撃していると、アレイダから声が飛ぶ。


「ダメージ量を調整してんだ」


 へっぽこな剣とはいえ、本気を出せば俺が聖戦士クルセイダーからヘイトを奪い取ってしまう。タゲが跳ねまわる。後衛にも飛びかねない。聖女あたりが攻撃されたら一瞬でミンチで、目もあてられなくなる。

 そうならないように、俺は「そこそこ」の攻撃となるように、抑えぎみでやっているわけだ。


 俺と肩を並べて戦える領域に来たとはいえ、まだまだ、本気を出してやるには頼りない。

 ヒヨッコどもに合わせてやるのは、あー、かったるいわー。


「マスター。顔がにやけていますよ」

「そんなことはない」

「とても嬉しそうな顔をしていらっしゃいます」

「まったくそんなことはない」


 俺たちはケルベロスを着実に処理していった。

 HPを半分以上削る。俺たちの側に被害は特にない。まあタンクは、たまにいいのをもらっては、HPが半分ぐらい減ったりしているが、HPを増減させるのもタンクの仕事だ。

 それに万が一が起きて、一撃死してしまったとしても、蘇生魔法と戦線復帰までのあいだ、二番目にヘイトを稼いでいる俺がサブタンクを務めることもできる。

 なんの危なげもない。パーティプレイとは、かくあるべきだ。


 ケルベロスが経験値に変わるのは、このまま時間の問題かと思われた。

 HPがあと一センチくらいになり、打撃が入るたびにケルベロスのあげる声が、ひゃんひゃんと、悲鳴に近くなってきたところで――。


「我のペットをイジメるのはァァァ! オマエらかあぁぁ!」

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