第128話 出陣 「鍵……、とってきましたあぁ」

「じゃ、行ってくるわ」


 服に袖を通しながら、俺はそう声を掛けた。


 うつぶせになったままの女体からは、返事がない。

 その背中はびっしょりと汗で覆われ、濡れ光っていた。

 もっとも、てらてらと各所が濡れ輝いている理由は、彼女の汗だけでもないのだが。


 結局、最後までわからなかった。

 このハイエルフの王女が、俺に本当に惚れていたのか(まさかな)。それとも打算だけで動く、したたかな女だったのか。


 たっぷりと味わって、向こうもたっぷりと愉しませてやった。

 最後には深々と逝かせたから、まだ意識が戻っていないのかも?


「……っ、勇者様……っ、ご武運を……っ」


 ドアを開けて廊下に出るとき、細々とした声が追ってきた。起きあがれはしなくとも、意識はあったようだ。


 俺は片手を挙げて、ドアを閉じた。

 まあ、打算一〇〇パーセントだったのだとしても、国を思う気持ちは本物なのだろう。

 せいぜい、脅威を排除する〝道具〟として使われてやるとしよう。


    ◇


「あっ! オリオンこんなとこにいたー!」


 廊下の向こうからアレイダが歩いてきた。

 両手に串焼きを持っている。


 まだ食ってたのか。こいつは本当に色気より食い気だな。


「もうどこ行ってたのよ? 途中でいなくなるから――」


 と、言いかけたアレイダは、すんすんと鼻を動かした。


「――また女!」


 そこは一瞬で気づくわけか。


「エイティは、どうした?」


 弁明も釈明も、肯定も否定もなにもせず、俺はそう聞いた。


「さあ? オリオン知らない? エイティがこっち行くの見たって、スケさんに聞いたから、わたし、こっちに来て――」


 そこまで聞いて、俺は背後を振り返った。

 同じようなドアが幾つも並んでいる。俺が王女に連れこまれたようなゲストリームが、いくつも連なっているわけか。


 俺はとりあえず手近なドアのひとつに近づいた。耳を押しあてる。


「……なにしてんの?」


 右の串の肉と、左の串のキノコを、交互に食べつつ、アレイダが寄ってくる。


 部屋の中には人の気配があった。


(待って……、待ってください、だめです、だめ……)

(この鍵が欲しいのだろう? ならばおとなしくしているのだ)


 そんな声が聞こえてくる。


 めきぃ、とか、手元で音がした。


「ちょちょっ――オリオン、壁、壁えっ! 壁、壊してる!」


 俺が手をついていた壁が、なぜだか壊れた。さっきの音は、その音のようだ。


(先っちょだけ、先っちょだけ、な? な? ……いいだろう?)

(せ、せめてシャワーを……、お、お湯を……)

(ふふふ。風呂の中でというのも、一興だな)


 エイティのやつ……。

 たらしこめとは言ったが、ヤラせてやれとは言ってない。

 傷モノになって帰ってきたら……。捨てるぞ?


「傷物って、あーた。とっくにオリオンに傷物にされてるじゃないの」


 馬鹿め。俺が抱くのはいーのだ。

 しかしなんだってこいつは、俺の心の声に答えてくるんだ?


「声。出てるってば」


 そうか。それは気づかなかったな。


「落ちつきなさいよ。エイティが他の男に抱かれるわけないでしょーが」


 いま現実にベッドインしようとしているところじゃないか。

 風呂のなかでやるだと? ははは――、破廉恥なっ!


「ねえ? わたしが他の男に言い寄られていても……、そんなふうに、してくれる?」


 なに言ってるのかぜんぜん聞こえない。


 いいかげん、俺がドアをぶち破ろうとした時のことだった。


「う――! うわああああ――っ! お、男おぉぉ――っ!?」


 部屋の中から大声があがった。

 聞き耳を立てる必要もない。ドアの外まで、しっかりと響いてくる。


 そしてドアが内側から物凄い勢いで開かれた。

 そして雄叫びをあげつつ、バカ王子が飛び出してきた。


「け――汚らわしい! 汚らわしい! お、俺を騙したな!」


 そんな捨て台詞とともに、王子は裸で逃げていった。転がるように廊下を走ってゆく。

 相当慌てていた。

 俺とアレイダがここにいたことにも、気がついていないっぽい。


 いったいなにが起きたのか?

 あいつはなにを錯乱しているのか?


 まあ、乱入する手間が省けたわけだが……。


「あ……、し、師匠」


 びしょ濡れのエイティがそこにいた。

 シャワーがどうの風呂がどうのと言っていたわりには、全身を濡らしているのは水であった。

 エイティは濡れそぼった体に鳥肌を浮かべて、ぷるぷると手頃なおっぱいを揺らしつつ、俺を見つめる。


 これのどこが男だというのだ?

 まあ、たしかに昔は男だった頃もあったが……。

 いまは水も滴る美少女ではないか。


「こ、これ……。鍵です」

「お、おう……、で、でかしたっ」


 俺はなんとかそう口にした。


「ねえエイティ。オリオンねーっ。気になって、ドアにへばりついていたんだからーっ!」


 バカワンコが、余計なことを言う。


「た、たぶらかすの……、できましたっ、ちゃんとやれましたよ? 師匠っ」

「お、おう……」


 とりあえず、鍵をゲットした。

 これで勇者装備が揃った。

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