第126話 密林の奥にて 「勇者様をお迎えにあがりました」

 奥深い密林の奥の奥で、俺たちはそいつらに出会った。


「止まれ。奥に人がいるぞ」


 魔大陸奥地を目指して、密林に立ち入って、数日――。

 ジャングルの中を徒歩で進んでいた俺たちは、はじめて〝人〟らしきものと遭遇した。


「私は気づけませんでした。あるじ――さすがです」


 梢の上からクザクが下りてくる。

 身軽なクザクは樹上を先行して進んでいる。斥候役なわけだが、地べたを進む俺のほうが先に気がついてしまった。


さすある、、、、はいいから、警戒しろ。向こうから近づいてくるぞ」

「さすある……?」


 クザクは首を傾げている。まあ、わからないだろうな。わかられたら驚きだ。


 向こうの連中がやってくるまでに、アレイダとエイティの前衛は剣を抜いて身構えていた。


「これは驚いた。下等種族をこんなところで見かけるとは」


 繁みの奥から現れた一団は、そう言った。

 初対面の第一声から、ずいぶんと、ぶっ放してくれる。


 俺は声を発したリーダーらしき男を見つめた。


「友好的な関係はとても無理そうな感じだが。――俺たちはお前らを、どう応対してやりゃいいんだ?」

「もてなしは不要だ」


 剣で応じりゃいいのか。言葉で応じるのか。

 野盗や追い剥ぎの類いか、それとも交渉の通じる相手か、ということを、迂遠に聞いてみたつもりだったが……。

 返ってきたのは、なんとも大上段からの言葉だった。


「重要な任務の最中なのだ。お前たちにはこれから質問をする。それに答えれば、立ち去って構わない。神聖なるこの森に立ち入ったことも不問にしてやろう」

「………」


 俺が無言でいると、アレイダのやつが、ちら――と、俺を振り返ってきた。


「オリオン……、キレたら、だめ。……だからね?」


 誰がだ。

 まあちょっと、こめかみあたりの血管が、三本ばかり、ぶちぶちぶち、といってたところだがな。

 四本目は、まだかろうじて繋がっている。


 連中たちの一行は、見たところ、貴人とその護衛たちという趣だ。

 護衛も含めた全員が、金色の髪と優れた容姿を持つリア充――ではなくて、美男揃いだ。一人だけ、フードを目深に被った小柄な者が皆の中央にいて、それは少女のようだが……。

 リーダーっぽい男は一番のイケメンで、しかもロンゲだ。態度のほうは置いておくとしても、容姿だけで有罪が確定するほどだ。


「高貴なる我らが、お前たちに質問をしてやる」


 あーあ。自分で高貴とか言っちゃったよ。

 俺のこみかみに最後に残った血管が、ぐいーんと引き伸ばされて、切れる寸前であった。


「なにを聞きたいんだ?」


 俺はかろうじて平和的にそう言った。


「我々は予言に顕れた勇者様を探している。お前たち、それらしき人物を見たことはないか?」

「………」


 俺は無言になってしまった。

 それらしき人物もなにも、俺たちが、その〝勇者様御一行〟なわけだが。


「……どうした? 質問に答えさせてやろうと言っているのだ。さっさと答えろ」


 いったいどこまで尊大なんだ。

 俺の四本目の血管の寿命も、もうそろそろ――。


「なんだか、誰かさんに似てる」

「誰がだ! おいアレイダ。言うに事欠いて、俺と誰とが似てるって?」

「べつにオリオンだとは言ってないわよ」

「いいや。あれは絶対に俺への当てこすりだ」

「おい」

「なんだ自覚あるんじゃない」

「おまえ。泣かす。今夜泣かす。死ぬ死ぬと口走るまで許してやらん」

「おい」

「や……、やれば……、いいでしょっ!」

「おい!」


 金髪ロンゲが叫んだ。


「うるせえな。いま取り込み中だ」

「質問に答えろと言っている!」

「さっきは〝答えさせてやる〟とか言ってなかったか?」

「貴様……、下等種族の分際で!!」

「ふんッ。下等と見下すほうが下等だな。そんなこともわからんのか」

「スケさん。あれって同族嫌悪っていうのよ。いつもエラそうにしてるから、エラそうな相手を絶対に許せないのよ」

「おい間違ったことを教えるなよ」


 アレイダがスケルティアに耳打ちしている。スケルティアはなんでも素直に信じてしまう。

 てか。ふんふん――とか、うなずいているじゃないか。

 ほうらみろ。


「話しているのは私だ!!」

「しらんな。用があるのはお前たちのほうであって、俺たちじゃないしな」

「お兄様――」


 どこまでもエスカレートしてゆきそうな罵り合いを止めたのは、涼やかな声だった。


 集団の真ん中にいた少女が、フードをあげた。

 男たちもイケメン揃いだったが、うん、この少女も美少女だな。


「……お兄様。訊ね事をしているのはこちらなのに、失礼でしょう」

「いやしかし、こんな下等種族どもに……」

「初対面の方に失礼いたしました。わたくし、アイラ・ラーゼ・フィル・メルム・エルローゼと申します」

「お、おい――!?」


 ロンゲが慌てている。

 ずいぶんと長いフルネームだった。たぶん、名前をフルネームで名乗ったことに対して驚いているのだろう。

 いわく――下等種族に対して、とか、そこにつくわけだが。


「俺はオリオン。こいつらは俺の……、じゃなくて。こちらがエイティ。うちのパーティのリーダーだ」


 名前を呼ばれたエイティが、しゃきっと直立不動になっている。


 ついいつもの調子で言いかけてしまったが、いまは勇者道の最中なのだった。

 エイティを勇者にプロデュースしているわけだ。

 俺の立場は……。しいていうなら、Pとか、そんなん?


「え、エイティ……ですっ!!」

「そして彼が、おまえたちの探していた〝勇者〟だ」

「うそをつけ!!」


 ロンゲが叫ぶ。うるさいやつだな。


「鑑定持ちぐらい、いないのか?」


 俺がそう言うと、お供の者たちが目配せをしあう。

 一人、二人が、スキルを使ったようで――。


「相違ありません」「確かです」


 などと、声があがる。


「ほ、本当か……!?」


 ロンゲが目を見開いて、まじまじと見つめる。

 エイティは顔を硬くして立っている。


 ぱっと見、低レベル戦士ファイターか、騎士ナイトあたりに見える。

 うちのパーティの他の連中のほうが、明らかに強そうだ。


 特に装備がしょぼい。

 エイティ勇者化計画は、装備の面では、まだなにも手つかずだ。

 ジョブ的には、いちおう街勇者になってはいるものの、見てくれは、へっぽこ村勇者のままである。


「ゆ……、勇者よ! 俺と共に来い! これは命令だ!」

「お兄様――」


 美少女が兄に言う。お供の連中に目配せして、兄を後ろに連れて行かせる。


「おい! 手を離せ! 勇者を連れ帰るのが俺の――!!」


 ああ。静かになった。


「兄が大変な失礼しました。――勇者様」

「ああうん。それはいいが。……だが、勇者はあちらだ」


 なぜか俺の目を見て話す美少女に――顎をしゃくって、エイティを示す。


「では貴方様は……、勇者様のなんなのでしょう?」

「俺か? 俺はプロデューサーみたいなもんだな」

「ぷろ……? 何語ですか?」

「いや。忘れてくれ」

「師匠~っ……! 助けてくださいぃ!」


 エイティはロンゲにつきまとわれていた。後ろに連れて行かれていたロンゲが、お供を振り切って、エイティのところに迫っている。


 がんばれ、と、俺は手で合図を送った。


「勇者様のお師匠様でしたか」

「まあ。そんなようなものだ」

「託宣を受けまして、勇者様をお迎えに上がりました」


 金髪碧眼の少女は、人間とは思えない透明感のある美しさだった。魔大陸の奥地には、人の上位種が住むという話だが、たしかに完璧な美貌である。


 こんな種族が住んでいたとは。


 このあたりは、かつての勇者行のルートでいうと、魔王軍を強行突破していったあたりだった。あまり長居はしないで、通過してゆくだけだった。

 俺もモーリンも知らないことが、こうして出てきたりする。


「勇者様をお迎えできて、光栄です」


 あいかわらずこの少女は、俺を見て話す。

 ほら。そこに〝勇者様〟がいるだろう。


「師匠ぅ~っ」


 おいエイティ。おまえはナンパされるたびに泣き声をあげて俺にすがるのか?

 俺も美少女からナンパを受けてる最中だ。自分で処理しろ。


「まだ行くとは言っていない」


 俺はそう言った。俺の現在の目的は、勇者エイティのプロデュースと、魔王軍四天王の復活あるいは騙りの調査だ。

 この神の造形の美少女には食指が動くものの、目的を忘れて女遊びに耽る


「来ていただけないと、大変なことになってしまいます」


 兄と違って物腰穏やかな少女だが、それでも断られるとは思っていなかったのだろう。顔色を曇らせる。


「さっき託宣と言っていたな? それはなんだ?」

「精霊様の託宣です」

「精霊様?」

「この世界のすべてを司るといわれる――」


 と、そこまで聞いたところで、俺は後ろを振り返った。

 その〝精霊〟には覚えがある。俺の女になっている。

 この世界のすべてを司る精霊の――対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース的なナニカであるモーリンが、ふるふると顎を横に細かく振って返してくる。

 まあいい。後で問い質すとしよう。


「精霊が呼ぼうがどうしようが、こっちに用がなければ知ったことか」

「あ、あの……、お願いです。どうか……」


 すがりつく顔の美少女たまらん。

 普段の俺なら、「いいだろう。だが条件がある」――とか言ってたところだが。もちろんその「条件」というのは、たったひとつだ。いつものアレだ。出会って五分で即ハメヒャッハー的なアレだな。

 だが目的を途中で変えてしまうのは、いかにもカッコわるい。

 勇者道の達成と四天王の始末のほうが先だ。


 だが――。聞いてやるくらいのことは、してやってもいいだろう。


「ひとつだけ、訊ねる」

「はい。なんなりと」


 美少女は緊張した面持ちで、そう言った。


「おまえは――王女か?」

「はい。森の民、エルローゼ国の王女――アイラです」

「じゃあ、あれはバカ王子?」


 エイティにしつこく迫るロンゲを顎で指して、そう聞いた。


「はい。バ……いえ、王子です。第二王子の兄、クレスです」

「要件も聞いてやるか。――それは国の危機か?」

「は、はい! どうか我が国をお救いください。――勇者様!」


 だから勇者様は、あっちだっつーの。


「ふっ……」


 俺は口の端に笑みを浮かべた。

 どうやら利害が噛み合ったようだ。お呼ばれしてやるとしよう。

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