第125話 伝説への道 「伝説の武具なんてどうだ?」
「伝説の本部があるんですよ」
いつものギルド。
魔大陸に一つきりの冒険者ギルドの、いつもの仮眠室。
彼女のにおいの染みついた、いつもの狭苦しいベッドにて――。
一発終わって人心地をつけた俺は、インターバルの寝物語に、受付嬢の彼女から、そんな話を聞かされていた。
「なんの伝説だって?」
「ですから、ギルドの本部です」
「冒険者ギルドか?」
「はい。そうです」
「大陸中に、ここしかないと聞いたが?」
この魔大陸において、冒険者ギルドは零細組織だ。本部があるなんて初耳だ。
「私も母からはそう聞かされていましたけど……。でも祖母からは、黄金の都と、伝説の冒険者ギルド本部の話を、よくしてもらっていました」
受付嬢ってのは、世襲制なのか。
「本当にあるものかな」
俺は半信半疑でそう言った。
以前、魔王を倒す勇者行の途中で、暗黒大陸のかなり奥地まで行ったことがある。
だがそんな都とやらを見たことはない。
そもそも、この大陸はモンスターが強すぎて、人間の生存には向いていない。
人が群れて暮らすのは、弱いからである。大勢が集まることでその弱さをカバーする。だがその戦略が通用するのは、敵の強さが、群れることでなんとかなる場合に限る。
せいぜいが沿岸沿いの、このあたりまでだ。
ウサギやゴブリンや、レッサードラゴンや、オーガーあたりの闊歩する、この近辺までしか、街や村はない。
奥地に行けば、もっと凄いモンスターがいる。
圧倒的な個の力の前には、集団など、容易に蹴散らされてしまう。
それに対抗することができるのは、同じ個の力のみ。
魔大陸の奥地にも住人はいる。
個として強い超人級の連中が住みついてはいるが、そういった連中は寄り集まる必要がない。
「私、信じてるんです。いつか本部から連絡が来るって……。そしたら業績を報告するんです! そして認めてもらったり、表彰されたりっ……!」
「そ、そうか。がんばれ」
俺は言った。
なんか色々とあるらしい。「いつか本当の親が迎えに来てくれる」的な趣があって、哀れを誘わないこともない。
インターバルはこのくらいでいいか。俺は二ラウンド目をはじめるべく、彼女に覆いかぶさっていった。
◇
「と、いうような話を聞いてきたのだが」
モーリンとの房事の最中、ラウンド合間のインターバルのときに、寝物語として、その話をした。
「奥地には人の上位種が住んでいるという話です。でも実際に見たという者はいないですね」
モーリンは、そう答える。
「おまえにもわからないことがあるというのが、なんだか不思議に思えるな」
「そうでしょうか」
「おまえは世界そのものなのだろう? どこでなにが起きているのか、すべてを把握していてもよさそうなものだが……」
世界の精霊たる存在に、俺はそう言った。
「マスター。背中にニキビができていますよ」
モーリンは、不意に、そう言ってきた。
「ん?」
モーリンの手が俺の背中に伸びる。背中のニキビを、こりっと爪で引っかいて取ってゆく。
「気づいていましたか?」
「いいや。ぜんぜん」
「つまり、そういうことです」
モーリンは、そう言った。
なるほど。
さっきの質問の答えがわかった。
俺の体は俺のものではあるが、背中で起きていることなんて、気づくことはできない。
同様にモーリンも、自分の体である「世界」の細かい部分までは知覚できないわけだ。
「私が私として、人の形を取る前でしたら、すべてを承知していたのかもしれません。しかし、人とコミュニケーションを取るために、こうして人の形を取るようになってからは、人と同じで、目と耳で見聞きした限定的な知覚しか持たなくなりました。すべてを識るという意識と精神構造は、人間のものではありませんから、人間と意思疎通が行えなくなります。こうして触れあうことも……、できません」
「おおぅ」
インターバル中だったはずだが、イタズラされてしまった。
俺は二ラウンド目をはじめるべく、モーリンに覆いかぶさっていった。
◇
「ふ、ふえっ? ……おうごん?」
正体をなくしていた駄犬に話しかけてみたら、だらしない顔で、寝ぼけたような声をあげた。
「そ。黄金の都だそうだ」
「お……、お金……なんて、もう……いらないでしょ?」
たしかに。充分なだけ稼いでいる。
経験値を稼ぐためにモンスターを倒すと、
魔大陸のハイパーインフレも、まったく問題ないほどの大金持ちになっている。
「そもそも黄金の都っていったって、言葉通りの意味の〝金〟じゃないのかもしれんぞ」
「ねー、それよりさー、……しよ?」
「おまえさっきまでヨダレたらして気絶していたわけだが」
「待っていてくれたんだよね。優しいよね」
「誰がだ」
俺は二ラウンド目をはじめるべく、アレイダに覆いかぶさっていった。
◇
「富と名声。普通の人間ならこの二つあたりを欲しがるものだが。……スケ。おまえは、なにがほしい?」
「すけ。は。おりおんと。いっしょ。がいいよ。」
生まれたままの姿のスケルティアは、目を細めると、にいっと微笑んだ。
こいつに聞くと、いつもこういう返事が返ってくる。
スケルティアは俺の胸に顔を埋めた。
しばらくしてから、見上げるように俺の顔に向き、言う。
「すけ。を。ほしがってくれたの。おりおん。だけ。」
都会の片隅で、盗賊まがいのことをしながら、ただ喰らい、生きるだけだった蜘蛛少女は、誰とも関わりを持たずに過ごしてきた。
〝人〟とは、とても呼べない生き方をしていた。
俺が彼女を欲したことで、彼女ははじめて他人から必要とされた。
他人と――社会と関わりを持って、〝人〟になった。
「おりおん。の。いくとこ。すけも。いくよ。」
いじらしいことを言ってくる娘に、俺は好意を行為で示そうと思った。
俺は二ラウンド目をはじめるべく、スケルティアに覆いかぶさっていった。
◇
「あ、あの……、ちょ、ちょっと待ってくれ……」
「うふふふふっ。ウサギさんは、待ってあげませーん♥」
「ちょっ、ちょっ、無理……、せめてインターバルを……」
「なに言ってるんですかー、オリオンさんのくせにぃ♥」
「いや話があって……」
「ふふふっ。カラダはイヤって言っていないようですよー?」
もう何ラウンド目になるのかは忘れたが、俺はバニー師匠にのしかかられた。
◇
「装備、ですか?」
エイティとの休憩時間に、俺は話を持ち出した。
「そうだ。おまえも勇者なんだから、それなりに見映えをする武具を揃えんとな」
「そんな……。ボクにそんなの、似合わないです」
例によってインターバルの最中の寝物語ではあるが、他の皆とは違って、エイティはしっかりと受け答えができている。
他の娘たちというと、アレイダとかスケルティアとかミーティアとかクザクとかだが。
アレイダとのアレは、アタマおかしくなるくらいにキモチヨイ。俺のほうもそうだが、向こうはもっとのようで、インターバルのときには、白目剥いて正体なくしていることが多い。
スケルティアは普段は無口だが、じつは情念の深い娘である。交尾した相手を捕食したくなってしまう習性は、アラクネに進化した現在も健在で、俺を喰いたい欲求に耐えている様が、感じまくっているときの様子とよく似ていて、ひどく
ミーティアとはしっぽりとした睦み事をする。穏やかで奥ゆかしいお嬢さまだから、この種の行為に恥じらいがあるかと思いきや、じつは真逆で――。異性の前で裸になることを気にしないほどの純粋培養なものだから、まったく後ろ暗いところなしに、気持ちのいいことを〝良いこと〟と受け止めている。
なのでこれが意外と大胆で……。
アレイダが「絶対イヤ!」と拒んでくるような、あーんなことやこーんなことまで、色々とヤラせてくれている。
クザクとは回数も少ないこともあって、これまで決まったスタイルというものはなかったのだが……。最近は〝恋人プレイ〟がマイブームだ。
クザクは恋人のように扱うと――まあ実際恋人ではあるのだが、〝普通〟の恋人同士のように扱ってやると、照れ照れでトロトロでくったりとなって、いーい感じに香ばしくなるのだ。
このあいだの街娘姿のデートのときに味をしめた。もっとも、味をしめたのは俺だけではないようだが。
エイティの場合には、他のどの娘たちとも違って、行為に溺れるということがない。喘ぎもするし、きちんとイキもするのだが、他の娘たちやモーリンのように、意識を手放すほどの強烈な快楽には浸らない。
体が女になってから日が浅いので感覚が追いついていないのか、もとより淡泊なのか、あるいはスキルで「精神耐性」とやら持っているおかげか。どれだけ頑張ってみても、前後不覚させたり、人事不省に陥らせたりすることができない。
俺が一方的にぶつける欲望を、エイティは決して狂乱に陥ることなく一身で受け止める。相手のことをあまり考えずに自分の欲望だけを追いかけるというのも、それはそれで良いのであるが……。
いつかマジ逝きさせてやりたいと思う。
……で、今夜の寝物語の相手は、そのエイティなので、普通に話ができている。
「おまえもそろそろ魔剣と呼ばれる剣を手にしてもよいんじゃないか」
「いえいえ。ぜんぜん早いです。ドロップした剣で充分です」
「いいや、どうせなら、魔剣よりも聖剣のほうだな。なにしろ勇者だからな」
「せ、聖剣なんて、恐れ多いですよぅ」
「なにがいい? エクスカリバーか? デュランダルか? エクスカリバーは見たことはないが、デュランダルなら実在するぞ。前に使……げふんげふん、見たことがあるしな」
「そ、そうなんですか。さすがは師匠です!」
「剣だけでなくて、鎧も揃えないとな」
「あの師匠? ですからボクにはそんな凄いのは……」
「勇者っぽく、トリコロールカラーで決めよう」
「……とりころーる?」
「青白黄の三色だ。つまりガンダムのカラーだ」
「……がんだむ?」
「ようしようし。コーデのイメージが固まってきたぞ」
「は、はぁ……」
「……で、そろそろ立っちしてきたんだが?」
「え? あの……、はい。……どうぞ」
俺は二ラウンド目をはじめるべく、エイティに覆いかぶさっていった。
◇
「
「うん。もう一回したらな」
「いえあの。大事なお話で――」
無理無理。無理だから。
まだ今晩はクザクを二回しか味わっていない。
人心地がつく、という言葉があるが、駆けつけ三杯くらいはやらないと、落ちつきようもない。
「ちょ――、ちょっ! 聞いてください!」
だめ。聞かない。
クザクの両の手首を一緒くたに握りしめて、抵抗できなくさせて、体を折り畳むようにして、侵入を果たそうとすると――。
「――めっ!」
めっ、と、されてしまった。
仕方がないので、話とやらを聞くことにする。
「情報収集をしてまいりました」
「ほう」
「
「まあな」
「奥地にあるという、国家、については……、このあたりでは……、情報は、出てまいりませんが……、そのかわりに……」
俺がちょっとばかりイタズラをしているもので、クザクの話は時折、止まりかける。
「そのかわりに?」
俺はイタズラをやめると、話を聞いた。
「不穏な動きがあります」
「ほう」
「先の……と言いましても、五十年も昔のことになりますが。大戦の折に、この魔大陸は主戦場になったとか」
「そうだな」
俺はうなずいた。
激しい戦いがいくつもあった。――ていうか、ひしめいていた魔王軍を蹴散らして、俺が通り抜けていったわけだが。
「魔大陸がいまこうなっているのも、その時の魔物の残党が野放図に広がっていったからだとか」
いや。昔からこんなもんだったな。
ていうか、昔のほうが、もうすこし強かった気も……。
「かつての戦いで魔王は倒されましたが、四天王と呼ばれる者たちについては、すべてが倒されたわけではないそうです」
いや。すべて倒したぞ。
あちこちの大陸で中ボスを倒して、四連戦をしないと魔王城への封印が解けない仕掛けだったしな。
「その生き残りの四天王が、奥地に居を構えているという情報を調べてまいりました」
「そうか」
俺はうなずいた。
「
「なんだ?」
「私、役に立てていますか?」
「ん? もちろんだとも。……なぜだ?」
このあいだから、わりとこんな感じ。
俺が「役立たずは捨てる」という失言をして、皆に戦慄を走らせてしまってから、役に立つところを見せようと必死になっている。
「私の調べてきたことを、すべて御存知だという顔でしたので」
なるほど。
話を聞いているあいだ、心の中で突っこみをしていたが、そう受け取ったわけか。
「いや……、俺だって、すべてを知っているというわけではないぞ」
「そうなんですか?」
クザクは真顔で俺の目を正面から覗きこんでくる。
心の底まで見透かすような目だ。
「俺のことを、神か悪魔かとでも思っているのか?」
俺はちょっとだけチートな、単なる元勇者でしかないわけだが。
「私にとっては……、
おおっと。崇拝されていた。
「俺は信仰の対象か」
「はい。ですから、
だから捨てたりしないっての。トラウマになってるな。あれは本当に失言だったな。そんなつもりはなかったのだが。
今後は気をつけるようにしよう。
「そういえば、クザク。報告にひとつだけ間違いがあったな」
「ど……! どこでしょうか!?」
「いやべつに責めているわけではないのだが」
クザク、必死すぎ。まあ可愛くもあるが。
「四天王のとこな」
俺は教えてやることにした。
「四天王は、すべてが倒されている。だから四天王を名乗る者が現れたなら、それは生き残りではなくて、騙りだろうな」
「は、はい……」
あるいは復活してきたのかも……?
復活などできないように、完全に滅したはずだが……。まあ五十年も経っているしな。
ずいぶん長いインターバルを取ってしまった。
「うつぶせになれ」
俺は三ラウンド目をはじめるべく、クザクの背中に覆いかぶさっていった。
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