第023話 魔法の馬車 「さあ! 出発だ!」
金が貯まった。
魔法の馬車を調達するため、俺達は商人の元を訪れるところだった。
アレイダとスケルティアを連れて、街を歩く。
「お、重い……」
丈夫さが取り柄の麻袋を、老婆のように腰を曲げて、アレイダが背負って運んでいる。
巨大な麻袋の中身は、すべて金属だ。
ハイレベル上級職の
直径一メートルぐらいの金属塊を運んでいるのだと考えると……。
おお。力もちぃー。
「頑張れ。荷物を持つのが、奴隷の仕事だ」
「もう奴隷じゃないし。身請け金は完済したし」
「奴隷じゃないなら、じゃあ、いまのおまえの立場は、なんになるんだ?」
「そ、それは……っ……。こ……、恋……、じゃなくてっ! そ、そのっ、パ、パートナーとかっ?」
「なんで、そこ、疑問系になるんだ?」
「じ、じゃあ! パートナーでっ!」
「いやー……。パートナーっていうには、ちょっと頼りないんだがなー」
「なによ! 馬車を買うお金とか! ぜんぶわたしたちに稼がせて! 自分は後ろからついてきてただけで! ただ見ていただけじゃない! なんにもしないで! 今回は本当にヒールさえしないで! 本当に見てただけで!」
「ほら。暴れるな。静かに運べ」
麻袋を運ぶ駄馬が、駄馬過ぎるせいで、ぽろぽろとコインがこぼれ落ちる。
それをスケルティアが拾って歩いている。俺も何枚か拾うはめになった。
「おまえら二人だけで行かせてもよかったんだがな。だが帰ってこなかったら、寝覚めが悪いじゃないか」
このところ、二人をダンジョンに通わせていた。それに俺は、毎回、ついて行っていた。
なんかあったら助けてやるつもりでいたわけだが、アレイダたちには「こいつは絶対助けてくれない」と思わせなければならない。
鬼ないしは悪魔の顔を取り繕っているのが、これがけっこう、難しかった。
スケルティアは野生育ちのせいか、デッド・オア・ダイ、弱肉強食の掟に、なんの困難もなく馴染めているが、アレイダのほうは、すぐに甘えが出てくる癖があって、よくない。
「だから落とすなっての。払いが足りなくなる」
コインを拾い集めながら、俺は後ろを歩く。
「だいたい、この袋……。なんでこんなに重いのよ……? なんか石か鉛でも入れて増やしてない? イジワルしてない? してるでしょ? これも訓練ダー、とか言っちゃって……」
「そりゃ2億Gだからな。重いだろうさ」
「に、2億……って!? わたしとスケさんで稼いだお金! 2000万だけなんですけど!? 残りの1億8千万Gは、い、いったい!? ど、どこからっ!?」
「ん? ああ……。俺とモーリンとで――」
「わたしたち、あんなに苦労して死にかけて! それで2000万で!? 全体からすりゃ、たったの1割で! 残りの9割! そんなにあっさり稼げるんだったら! わたしたち頑張る必要あった!? ねえあった!?」
「いちいちうるさいメス駄馬だな。そこらで売ってる、静かでよく働く荷馬と取り替えちまおうか」
「いまのはちょっとひどくない!? ねえひどくない!? もともと貴方が欲しがってた魔法の馬車でしょ! 十分の一とはいえ、わたしたちの稼ぎも入れてるっていうのに!」
「どこかの駄馬が、目的がないとダンジョンにこもらず、屋敷から一歩も出ずに、食っちゃ寝食っちゃ寝の、ニート生活を決めこむもんでな」
「なによ? ニートって?」
「ああ。こっちにはないんだっけな。その言葉は。――つまりおまえのことだ」
「ううっ……。なんかよくわからないけど。悪口言われてるのだけはわかる……」
「飼い主としては、大変なんだぞ。運動の理由を作ってやるのは……」
「なによ飼い主って。いつ飼われたのよ」
言っているうちに――。
「おお、着いた」
目的地へと、到着した。
以前、屋敷を購入したときに取引をした商人が、手揉みをしながら、わざわざ表で待っていた。
「これはこれはオリオン様……、本日はお日柄もよく……」
相当な上客と見なされているのだろう。
どこまでも続きそうな社交辞令を適当なところで終わらせて、俺は、用件を切り出した。
「約束の二億を用意した。この駄馬が、ぽろぽろと小銭をこぼすから、いくらか目減りしているかもしれないが。もし足りなければ言ってくれ。すぐに不足分を納める」
「いえいえ。サービスしておきますよ」
「ぜんぶ。ひろたよ。」
「おお。そうか。じゃあ足りるはずだな」
スケルティアの頭を、ぐりんぐりんと撫でてやる。
「なによ。運んだの。わたしなのに」
うちの娘の素直じゃないほうは、撫でられたそうな顔をしている。
だったら手の届くところに来ればいいのに。
「外で立ち話もなんだな。店の中に――」
「――これ、ちょっと入口には、入らないと思う」
「なるほど」
アレイダが運んでいた大袋を地面に下ろす。
ずうん、と、地響きがした。
見物人が、ぎょっとした顔をしている。
盾系上級職がみせる、物理無双ぶりは、一般人にしてみれば、まあちょっとした見物なのだろう。
重量でいうなら――あれって、自動車を一台、かついでいるようなものか。
まあ、そりゃ驚くわな。
こちらの世界においては、人は、〝鍛えかた〟次第で、どんどん強くなれるのだ。
ただレベル上限というものはあり、個人の資質によって、到達可能な強さの上限というものは存在する。もっとも、才能上限レベルに到達できる人間など、そうそういなくて――。通常は先に努力のほうが尽きるわけだが。
アレイダもスケルティアも、〝勇者式パワーレベリング〟を、1ヶ月と少々、やってきている。一般常識からすれば、相当の強さに達しているはずだ。
勇者業界的にいえば、まだまだ、ヒヨっこもいいところなわけだが……。
「品は、用意してあるのか?」
「ええ。もちろん。……こちらへどうぞ」
商人に連れられて路地へと入る。
馬車が一台。あった。
数人の冒険者が近くにいる。どうやら警護しているらしい。
なんでだ? ……と思ったが、すぐに理解した。
そういえば2億Gの商品だったっけ。
「おお。これだこれだ」
俺は馬車に近付いていった。
一見、なんの変哲もない古ぼけた馬車。とても2億Gもの価値があるとは思えない。
だが、かつてこの馬車で、魔王を倒す旅をしていた俺には、これがあのときの馬車であることがわかった。
ぐるりと回り、御者台の脇のところの木に――ああ、あったあった。
ナイフで「モーリンのバーカ」と刻まれている。
あの頃の俺は、まだガキだった。厳しく鍛えてくる年上の女性に、恨み言の一つを――言うかわりに、ここにこうして、彫り込んだんだっけか。
さっそく消しておく。モーリンに見られないうちに、きちんと消しておく。
「なにやってんの? さっそくマーキング? だっさ」
「ださいとかゆーな」
「あのう……。真贋の鑑定についてですが」
「必要ない」
俺は揉み手をしてくる商人に、そう言った。
俺の落書きがあった以上、こいつは、本物だ。
「そういえば、馬車をひく馬がいるなぁ」
「わ、わたし……!? ひかないからっ!」
俺は白けた目で、アレイダを見た。
いくら俺が外道っていっても、それは……。
「……いいかもな」
「やだ! ちょ――本気!? し――しないよね!? やらないわよねっ!?」
「馬を都合してくれ。おとなしい牝馬を頼む。こいつみたいな、じゃじゃ馬じゃないやつをな」
「うけたまわりました」
◇
「よし。じゃあ。やるぞ」
馬車をひいて屋敷まで戻る。
モーリンとアレイダとスケルティアに、俺は確認した。
こく、こく、と、二人の娘が神妙な顔でうなずいてくる。
モーリンは微笑みを顔に浮かべるだけ。彼女に関しては、俺がいつなにをどういうふうにしても、こうして、微笑んでくれるのだろうと確信できる。
「――《収納》」
コマンドワードは、シンプルなものだった。
大仰な呪文を唱えるわけもなく、魔法機能は発動して――術式範囲を示す四つのマーカーごと、敷地上にあった一切合切が、消失した。
突然、屋敷のサイズの物体が消失したわけで、空気がぎゅっと押し寄せて、突風が沸き起こり――あとは、「しゅぽん」という、コルクを抜いたときのような、気の抜けた音が響いただけだった。
周囲の雑木林だけを残し――敷地にあったすべては、消え失せた。
「きえた!」
「なくなった。」
娘たちが騒ぎたてる。
「馬車のなかに入ってみろ」
俺が言うと、二人は競うように馬車に入った。
幌の内側に踏みこんだ途端に――。
「ある! あるわ! お屋敷が! すごい! ほんとに中にある!」
「やしき。あったよ。」
弾んだ声が、幌の内側から響いてくる。
幌の内側には、亜空間への入口がある。内部の広さは、縦横高さともに一〇〇メートルくらいはある。城は無理かもしれないが、ちょっとした豪邸程度までなら、余裕で収まる。
「すごい! すごい! なか! 広いの! なんで!? 不思議! 不思議!」
「でる。はいる。でる。はいる。……おもしろい。」
二人のはしゃぐ声が聞こえる。
俺とモーリンは顔を見合わせて、思わず笑いあった。
「さて。……じゃあ。旅支度はいいな?」
俺は皆に言った。
だが、聞くまでもなく、わかっていることだった。
旅支度もなにも……。
屋敷ごと持って行くのだから、なにも必要ない。
さあ! 出発だ!
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