第022話 ダンジョンで稼ごう 「お、お願い……、ヒールして……、し、死ぬ……、死んじゃう」

「お、お願い……、ヒールして……、し、死ぬ……、死んじゃう」


「ああ。たしかにギリギリかもな」


 俺は「ステータスウィンドウ」を開くスキルを使って、アレイダの現状を確認した。肉眼でも死にそうなのはわかっていたが、ステータス上は、もっとわかりやすかった。

 HPが1と2のあいだを行き来している。

 減って1になって、自動回復分で戻って2になって、また減って1になって――と、その繰り返し。

 なにかでバランスが壊れれば、0まで減ってしまって、そこでお陀仏だ。


 戦闘で毒をくらったアレイダは、いま、毒のDOT(持続ダメージ)と、HPを自動回復するリジェネと、二つの効果のあいだで、生死の境をさまよっているのだった。


 ちなみに「ステータス・ウィンドウ」をオープンするスキルは、賢者系かトレーナー系の上位職にあるスキルだ。もともとがレアなジョブだし、スキル自体も自動取得ではなくて、条件が死ぬほどメンドウくさかったりするが――。


 こいつら二人の育成のために有用なので、あえて、取得した。

 こいつら二人が、ぐーすか、鼻チョウチンを作って寝こけているあいだに、モーリンと一緒に〝修行〟しにいった。必要な条件を満たし、さらにナイトメアモードのイカレタ負荷を自分にかけてと――本当に面倒くさかった。


 なんと、3時間もかかってしまった。


「ヒールないしはセルフ回復系のスキルは、ソロないしは単独行に近い状況では〝重要〟だと、まえに言ったろ?」


 アレイダの近くにしゃがみこむと、俺は話しかけた。


「言った……わよ……、ええ、いっぺんだけ……」


 HP1の状態にあえぎながら、アレイダは認めた。

 おお。すごい。鳥頭のくせに覚えていたのか。

 もし本気で忘れていたら、俺も本気で、もう本気で見捨てておいて、立ち去ってしまっていたかもしれない。


「クラス特性だかなんだか知らんが、HPの自動回復【自動回復:リジェネ】を手に入れたおまえは、有頂天になって、ぜんぜん、聞いちゃいなかったな」


 とりあえずクルセイダーを目指しているアレイダは、その一つ前のクロウナイトへと転職していた。回復魔法を一旦失うかわりに、ジョブ特性の自動回復【自動回復:リジェネ】を得たわけだが――。


「反省してます……。してますからぁ……。回復してっ。……ほんとに死んじゃう」


「いつも言ってるだろ。〝俺たちをあてにするな〟――と。おまえとスケさんのコンビだけで潜っているつもりでいろと」

「わかってるわよ。……ええ。わかってます。……わかってるから。……あの。……回復を」

「いや。人がなにかを覚えるには一定量の〝痛み〟が必要なんだ。だからもうすこし勉強しとけ。その身にトラウマとして刻み込んで、永久固定しとけ。――あともし万が一生き残ったら〝余録〟もついてくるしな」

「ま、万が一って……。ほ、ほんとに死んじゃうから……、死んじゃったら……、ど、どうするのよ!」


「しぬ? しぬ? ……かくは。しぬ?」


 スケルティアがアレイダの隣にしゃがみこんで、顔の血色を窺っている。


「そ、そう……、あぶないの……、だから、オリオンのバカに、スケさんからも言って――」

「しんだら。これ。たべていい?」

「それはお薦めできんな」

「そ。」


「食べる話、してるし……、死ぬことになってるし……」


 死にかけのくせに、元気すぎるな。こいつは。


「だいたい毒を受けたのだって、おまえの増長が原因だろ。えーと、なんだったっけ? 〝リジェネがあるから平気よ!〟とかいって、避けられた毒を、あえて喰らっていたっけな」

「リ、リジェネと……、仲間のヒールがあるから平気です……、はやくヒールしてっ……、し、死ぬ……、死んだら化けて出てやるからぁ!」

「そしたらターンアンデッドで昇天させてやるし。心配しなくても墓くらい作って、やるし。対アンデッド化措置くらい、しといてやるし」

「お、覚えてなさいよ……」

「そう言ってるいるあいだに、HP、二桁になってきてるが?」

「え? HP?」

「ああ、普通は見えんわな」


「毒の効果が弱まってきたんだな。おまえのご自慢のリジェネが、毒を上回りはじめている。……ちっ」

「舌打ちしたぁ! いま舌打ちしたぁ!」

「うるせえな。もうすこし毒が残ると思ったんだが。……くっそ使えねえ。ポイズン・フロッグ」

「使えないとかゆったぁ!」


 じつは意外と知られていないことだが。

 HPが2から1に減じたとき、一定確率でCONが上がる可能性がある。

 いまみたいに、2と1を行ったり来たりしている状況は、狙ってやっても、そうそう作れないものだから、俺としては、できるだけ長く、アレイダが苦しみ続け――げふんげふん、アレイダのCONが上がる(かもしれない)状況が、長々と続けばいいと思っていた。


 決して、苦しんでいる時の表情ってものが、アレなときのアレに似ていて色っぽい、なんて思ったりはしていない。ぜんぜんない。ぜったいない。……ま、ちょっとは思ったりしたかも? 今夜は燃えそう。とか思ったりはしていないぞ。

 そうとう鬼畜な自覚はあるが、そこまで鬼畜じゃない。……たぶん。


「ふう……。死ぬかと思ったぁ……」


 膝を笑わせながらも、アレイダは自分の足で立ち上がった。

 現在のジョブとレベルの自動回復【自動回復:リジェネ】率からいって、30分程度で体力は満タンに戻る。


 俺はアレイダのステータスをオープンした。CONの値を見やる。


「おお。……3も、増えてた」


「え? なにが?」

「おまえが知らなくていいこと」

「なによそれ。人を見殺しにしといて。またなんか秘密にしてるし。教えなさいよ」

「いや。死んでないし。生きてるし。いま俺に悪態ついてるし」


 きゃんきゃん騒ぐアレイダに、笑顔を押し殺して、俺は仏頂面を返した。

 そして、ダンジョン深部へと足を進めた。


 馬車を買う金を手に入れるのが、今回のダンジョン探索の主目的だった。

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