5.旅に出るぞ

第021話 これからの目標 「え? ちょ――、魔法の馬車って、高くない?」

 待っていたモーリンと、四人でしっぽりと、遅い朝食をとった。


 いや、しっぽりとは、いらんか。

 しっぽりとやっていたのは、さっきまでの寝室でのほうか。


 スケルティアはともかくアレイダのほうは、はじめは嫌だのキャアだの騒いでいたが、昨夜から数えて数回目の最後のほうでは、コツを覚えてきたのか、わりと良くなってきていたもようだ。


 そして、のっそりと、三人で顔を現した〝朝食〟は、すでに〝昼食〟かというくらいの時刻になっていて――。


 しかし、焼きたてのパンと、淹れたてのコーヒーと、半熟とろとろのスクランブルエッグが、俺たちが席に着いたときには、出来たてのほやほやで、すべてが湯気を上げているのは……。これはいったいどうしたことか。


「あ、あの……。い、いただきます」


 アレイダが、モーリンの顔色を、超窺っている。――そして遠慮がちに、パンから手に取ってゆく。

 さっきの話題を、まーだ、気にしていやがるのか。

 俺と寝たら、モーリンが気にするとかいう、くだらない話題だ。


「おい。モーリン」

「はい。マスター」


 俺はモーリンにそう言った。


「二人を俺の女にした」

「まえからそうだと認識しておりましたけど」

「まあ、それはそうだが。正式な意味でな」


「ちょ……、な、なに言ってるのよっ……」

「不服か?」


「スケ。は。おりおんの。もの。」


 うちの娘たちのうちの素直なほうが、そう言った。無表情ながらに、ちょっとだけ頬を染めている。


「わ、わたしは――っ! オリオンのものになったつもりなんて――、な、ないんだからね!」


 うちの娘たちのうちのツンデレなほうが、言わずもがなのことを叫ぶ。

 俺のものになったつもりがないなら、なんで、寝たのやら。


 俺はまったく強制などしていない。

 身請け金として俺が払った20万Gを積みあげて、「さあ。これで対等の関係よね?」――だとか。

 よくくびれた腰に手をあてて宣言する、その表情が、大変に愛らしかったので――。


 その腰を腕で抱き、寝室に運んでいって、対等に取り扱ったわけだ。

 一人の男と一人の女として。


 ああ。いや……。

 スケルティアもくっついてきたから、一人の男と二人の女だったが。

 ……まあそのへんは、細かいことなので、どーでもいいか。


「なにニヤけているのよ。どうせイヤらしいことでも考えていたんでしょう」

「当たりだ」


 俺はそう答えた。


「ば! ばか! なに言ってんのよ! ひ、否定くらいしときなさいよっ!」


 アレイダがムキになっている。こいつのリアクションは、たまに新鮮に感じることがある。

 さっきも「服着るとこ見られると恥ずかしいから、あっち向いてて」とか、妙なことを口走って俺を野獣化させていた。


「モーリン。コーヒーのおかわりを頼む」


 くすくすと笑っているモーリンに、俺はカップを差し出した。

 向こうの世界でよくある形の「マグカップ」を、陶器の職人にわざわざ特注して作ってもらった。

 そしたらその職人が、同じデザインのマグカップを大量に作り始めて、いま、街待では「マグカップ」が大ブーム。

 ……それは、まあ、どうでもいいのだが。


「はい。かしこまりました」


 コーヒーが出てくる。

 俺の前だけでなく、アレイダたちのカップにもコーヒーが注がれる。


「は。あの……、す、すいません」


 いつもは食事の準備を手伝っているアレイダだが、今日はモーリンに任せっきり。

 それもあって、アレイダはひどく恐縮していた。膝の上に置かれた手にはぎゅっと力が込められている。それこそ、指の関節が白くなるほどに。


「ところでモーリン」

「はい。なんでしょう?」


「俺は昨夜はお愉しみだったぞ」


 言わずもがなのことを、俺は、あえて言った。


「はい。存じておりますが?」


 アレイダが「うっわこのバカ! なに言ってるの!」という目で睨んできているが、俺は努めて無視を決めた。


「それはよろしゅうございました」


 モーリンは穏やかな声と表情でもって、そう返してきた。

 普段の雰囲気とまるで変わりがない。


 アレイダの顔が、特に面白かった。

 耳は真っ赤にして、顔は真っ青にして、いっそ殺して――みたいな顔になんでいる。


「二人とも、具合は、そこそこ良かったな」


 俺はあえて、最高に下世話な表現で、そう言った。

 これ以上考えられないくらいの、最低な言い回しを、あえて選んだ。

 だがモーリンは顔色ひとつ変えず、むしろ微笑さえ浮かべて――。


「それはよろしゅうございました」


 と、そう言った。


「二人とも、出会ったときから、マスターのお気に入りでしたからね」

「そうなのか?」

「そうですよ。見ていれば、わかります」


 モーリンは、俺のことならなんでも知ってる、という顔で、うなずいた。

 自覚はないが――。彼女が言うのなら、そうなのだろう。


「そうだったんだ……」


 アレイダが、小さく、つぶやいている。


「ん。んっ――」


 俺は咳払いをひとつした。

 スケルティアはともかく、こいつは、調子に乗らせないほうがいい。


「今後の行動計画について、説明する」

「なによ突然? ……それより、いまの話なんだけど。気に入ってた……、って、あの、それはどういう意味で――」


「んんんっ!!」


 俺は大きく咳払いをした。

 もうその話題は終了! 終了なの! ――犯すぞ!


    ◇


「馬車?」

「そう。馬車だ」


 聞き返してくるアレイダに、俺は、重々しく、うなずいた。


「馬車くらい……、買えば?」

「そうだ。買うつもりだ」


 おや? アレイダの反応が、どうも薄いぞ?


「てゆうか。なんに使うの? 馬車なんて?」

「なんにって……、そりゃ、おまえ、決まっているじゃないか」


 まったく。こいつは――。

 俺の〝スゴイ計画〟を聞いても、ぜんぜん、驚きやしねえ。

 張りあいがないったら、ありゃしない。


 だめだな、こいつは――という顔で、モーリンを見やる。

 くすくすと笑っていたモーリンは、目尻の涙を拭うと、俺に言ってきた。


「僭越ですが、マスター……。アレイダさんは、マスターが普通の馬車を買うつもりだと思っていますよ」

「ああ」

「普通じゃない馬車って……? あー、まさか、金ピカの馬車とか買おうっていうつもり? 趣味わるーっ」


「なんだその金ピカっていうのは。勝手に決めつけるな。だいたいおまえは、俺をどんなふうに見ているんだ?」

「身勝手でワガママで欲望の抑制が効かなくて、特にしものユルい、どうしようもないダメ人間」


 断定しやがった。


「今夜はおしおき決定だな」

「ちょ――! ずるい! そういうのなし! 反則よ!」

「〝おしおき〟というのはおまえも悦ぶタイプのお仕置きの意味だが」

「も……、もっとなしっ……」


 顔を赤くさせていなかったので、もしやと思って補足を入れたが――。

 やはり正解だったらしく、こんどは真っ赤になってうつむいた。


「俺が買おうという馬車は、もちろん、普通の馬車じゃない」

「ど……、どんな馬車?」


「魔法の馬車だ」

「まほう……の、馬車?」


 アレイダは首を傾げる。

 その隣で、スケルティアも同じように見習って、首を傾げる。――こちらは、ただ、真似をしているだけだろうが。


「ああ。すごい魔法のかかった馬車だ。見たことも聞いたこともないような、凄い魔法だ。どうだ? 知りたいか? 知りたいだろう?」


「……オリオン。それちょっとウザい。それより……、馬車って? 商売でも始めるつもりでなければ、なんに使うの? ……旅とか?」

「ああ。そうだ。旅に出ようと思う」


 おしおき濃度増加確定の、余計な一言はともかく、アレイダの理解は、ようやく追いついてきたらしい。


「……でも、このお屋敷は……、どうするんですか? ……せっかく買ったのに?」

「ああ。そのことか」


 現実的な問題点に、ようやく話が及ぶ。


「もちろん。持ってゆく、、、、、

「は?」


 アレイダは口を半開きにして、マヌケな顔になった。

 そうだ。これこれ。この顔を見てみたかった。


「……え? あの? ……えっとね? このお屋敷を……、持ってく? ……って、そう、聞こえたんだけど……?」

「ああ。その通りだ。持ってゆく。せっかく買った――というのは、まあどうでもいいところだが。この屋敷は住み心地はいいし、気に入っているしな。旅の最中でも、住み慣れた〝我が家〟があるといいだろう」


「い、いえ……、あのっ……、まあ、それはそうなんだけど。でも問題は……、どうやって〝持ってゆくか〟ってところで……、ていうか? なに言っているの? オリオン……、貴方、へいき?」


「おい――。カクさんが、なにかポンコツになってるぞ? ――叩けば直るんじゃないか?」


「たたく? なおる?」


 スケルティアが真に受けて、アレイダの額に、チョップを入れている。


「痛いわよ! ――このお屋敷を持ち運ぶ、なんていう! すごいことが出来るっていうなら、その方法を説明してよ!」


「だから、さっきからやっていただろう? ――すごい馬車を買うんだって」

「それが……? 魔法の……馬車?」

「だから魔法の馬車なんだろう?」


 ようやく理解が、ここまで到達した。


「魔法技術的なことは専門外なんで、あまり詳しくはないがな。空間拡張の魔法の一種が掛かっていて、馬車の中に、この屋敷の敷地ぐらいは、すっぽり収まってしまうんだ。元々は勇者、、が冒険の旅に用いていたものだったそうだ」


 その言葉は、どうも言いにくい。

 その言葉を口にするときには、イントネーションが、どうもおかしくなってしまう。


「勇者……って!? あの勇者っ!? 何十年も前に、世界を救ったっていう、あの勇者様っ?」

「……まあ、そういうことになっているらしいな。ああ。その勇者、、だよ」


 苦々しい顔になっていたかもしれないが……。

 俺はともかく、うなずいた。


 昔の旅路は、そんな良い物ではまったくなくて……。リゾート気分とは縁遠い、実用一辺倒の苦行だったわけだが……。

 屋敷ごと収納できる便利な空間魔法が掛かっていても、そこに収められていたのは……。

 食料の備蓄品。替えの武具。


 そんな程度でしかなかった。

 もともとは古代の魔法文明の王族が、宮殿ごと旅をするために作らせたものらしいが……。それを俺は、今回の人生では、〝本来の用途〟で使おうと思っているわけだった。


「話はわかったわ。わかったんだけど……。でも……」

「でも?」


 俺は続きをうながした。


「でもそれ……、高いんでしょ?」

「それほどでもないさ。すくなくとも〝値段〟がついてる」


「そうですね……」


 食後のデザートを皆に配りながら、モーリンが言った。

 しかし、これはもう朝食じゃないな。すっかりフルコースになっている。


「勇者の武具のほとんどは、値段なんて、付けられないものばかりですから」

「へえ。まだ残ってんのか」


 俺は、ふと、モーリンに聞いていた。

 魔王との戦いでは、ボロボロになって、相打ちに持ちこんで、倒したはいいが、自分も死んでしまったので――。

 その後のことは、まったく、知らない。

 剣は折れてたし、鎧もぼろぼろだったしで、壊れたと思っていたのだが……。


「ええ。各地の王国の宝物庫の奥深くに、厳重にしまいこまれていますよ」


 まあ。たしかに。

 世界のバランスを狂わせてしまうような、狂った性能のアイテムばかりだった。

 自己修復のエンチャントくらい、標準装備で、普通についてるような代物ばかりだった。


「……まあ、というわけで、値段がついているぐらいなんだから。安いほうだ」


 俺は軽く言ったが、アレイダは、じっと疑いの眼差しを俺に向けるまま……。

 うん。こいつも。だいぶ。学習してきたなっ♪


「……でも、高いんでしょう?」


「なに。死ぬ気で稼げば、すぐだな、すぐ」


 俺はあくまで軽く言った。他人事のように言った。

 なぜなら〝他人事〟だったからだ。


「……というわけで。おまえたちには、明日から、働いてもらうぞ」

「えーっ……」


 アレイダが露骨に嫌な顔をした。


「馬車を買うんだからな。それこそ馬車馬、、、のように働いてもらうぞ」


 うまくハマったジョークに、俺は、ひとり、えっひゃっひゃっ♪

 と、愉快になっていたが――。


 皆は――、特にアレイダは、モアイのような顔をしていた。

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