第019話 転職? 進化? 「つよい。かこいい。」「これカッコいい!」

 ちゅん。ちゅん。ちゅん。

 たぶんスズメじゃない小鳥のさえずりによって、俺は眠りから覚まされた。


 隣にある女体が、静かにその乳房を上下させている。

 昨夜は激しかったせいか、まだ深い眠りについている。


 俺が目覚めてから数秒後――。

 どすどすと廊下を歩いてくる足音が近づいてきた。


 あるいは俺が目を覚ましたのは、この足音のせいだったのかもしれない。

 もう〝勇者〟ではなくなって、だいぶ、なまってしまったというか、たるみきっているというか――。

 まあ職業上は《勇者》ではあるのだが――。世界を救う使命を帯びた存在ではなくなった――という意味である。


 ドアが、バーンと開かれた。


「オリオン! いつまで寝てるの! もうモーリンさんが朝ご飯を作って――って! ……えっ?」


 うちの娘たちのうちの世話焼きなほう――アレイダが、口をあんぐりと開いて、俺を見ていた。

 いや。俺ではなくて――。その目線の先にあるのは、俺の隣に寝そべる女体のほうか。


「え? あ……。えっと……。だれっ?」


「リズだ。おまえも知ってるはずだが?」


「え? し……。しらない……」


「知ってるさ。ギルドでよく世話に――ああ、エリザだったな。本名は」


「な、なら……、しってる」


 なんでこいつ、子供みたいに、たどたどしくなってんの?


「な、なんでその……、エリザさんが……、オリオンのベッドで……、ね、寝てるの? は、はだかで……」


「なんでって? そりゃあ、おまえ――」


 説明せんとわからんのだろうか。

 ほんとうに?


「ふあぁ……、ああー……っ、おはよーございまぁす……」


 俺とアレイダがうるさくしていたので、エリザが起きた。

 大きく伸びをする。

 見事なバストが、ぷるるんと揺れる。


 この娘。

 おっとりしている印象とは裏腹に……、昨夜は、かなりの激しさだった。

 そして肉食系。

 見かけによらないというか。

 俺のほうがむしろ食われたカンジっつーか。


「あ、あの……、エルザ、さん? ……えっと、朝食……、た、食べていかれます?」


 アレイダは、なにか、間抜けなことを言っている。


「モーリンさんのごはん……、とてもおいしくて……、わたしも今朝は、スクランブルエッグっていうのを作らさせてもらって……、ていうか……、スクランブルにしかならないっていうか……」


 アレイダは、なにか、ごちゃごちゃと言っている。


「あっ。いえ。戻ります。お仕事ありますしー」


 アレイダがごちゃごちゃ長々とくっちゃべっている間に、エリザは下着を拾い集めて身に着け終わっていた。ブラウスに袖を通して、スカートを穿く。

 髪をまとめあげて、きりっとする。


「いつまで見ているんだ?」


 女が服を身に着けてゆく様を愉しむ性癖は、俺にはあるが、アレイダにあるとは思えないのだが――。

 アレイダは立ちっぱなしで、ぽうっとした顔で、ずうっと見ているので――。

 そう聞いてみた。


「えっ?」

「どかないと、彼女が通れないぞ」

「えっ! はい! ご、ごめんなさいっ!」


 ぴょんと飛び跳ねて横にどいたアレイダの脇を、エリザは歩き抜けてゆく。

 歩くたびに左右に振れるそのお尻を、見えなくなるまで、眺めていた俺だったが――。

 アレイダに顔を向けた。


「いつまで見てんだ?」


「べ――べつに見てない! なんにも見てない! ――って! うわあ! 服着なさいよ!」


 全裸の俺にアレイダが悲鳴をあげている。


「なにをいまさら……」


 しかし……。

 最近、こいつ、すっかり敬語使わなくなったなぁ。

 また〝教育〟しないとだめかなぁ。


    ◇


「へぇっ……、ウォーリアーかぁ……、でもまだ転職できないなぁ……」


 食堂で俺は遅めの朝食を摂っていた。

 もう皆は食べおわっていたので、俺が一人でモーリンの給仕を受けている。


「あっ……、これもカッコいい……、クルセイダーかー……、でもこれもまだなんだぁ……。まずナイトにならないといけないのか……」


 アレイダがさっきから、ぶつぶつとうるさい。


 エリザが昨夜、屋敷を訪ねてきたのは、俺の頼んでいたものを持ってきたからだった。

 〝マスターレベル〟に到達した二人のために、職業のカタログを持って来てもららった。


 まあ、そのついでというか、なんというかで、一晩、過ごしてゆくことになったわけだが……。


 上級職のカタログなど、ギルドに行けば、旅行パンフぐらいの気軽さでどこかに刺さっているかと思ったら、奥の〝特別窓口〟に行ってさえ、すぐには出てこなかった。


 なんでも、マスターレベルに到達した者は、ここ数年、出ていなかったということで……。

 エリザが残業してお手製の資料をまとめてきてくれた。その特別サービスに対して、俺も特別サービスで応じたわけだ。


 しかし……。ここ数年で、転職者がアレイダとスケルティアだけというのは……。

 この世界が平和すぎるのか。それともこの地方だけなのか。ここが特別、初心者向けの場所なのか?

 俺が前々世で勇者をやっていたときには、もうすこしは平均レベルが高かったような……?


「こんなものなのか?」

「まあ。こんなものですね」


 傍らに立つモーリンに聞くと、彼女は紅茶を注ぎながら、そう答えてくれた。


 ふむ。そんなもんか。

 てゆうか。俺。いま頭の中で考えていただけなんだけど。なんで何事もなく会話が成立するんだろうな。

 うむ。モーリンだからだな。


 しかし……。

 コーヒーだけでなく、紅茶まであるよ。この世界。

 なんでも他の転生者が文化輸入して、それがアウトブレイクしたとかで、向こうの文化が、いくらか流通している。


 パンをもう一枚くれ。


「かしこまりました」


 なんか無残な出来のスクランブルエッグを、捨てるのも勿体ないので、俺は自分の胃袋に捨てていた。

 あまりにひどい出来なので――パンでごまかして流し込まないと、無理すぎる。


「これ……。かこいい。これも……。かこいい。」


 アレイダの隣で、スケルティアのやつも、カタログに夢中だ。

 クール少女が、鼻息を荒くして食い入るように見つめている。


「しかし、スケのほうは……、〝転職〟じゃなくて、〝進化〟だったのな」

「ハーフですから。種族を固定すれは、職業を持って、転職も行えるようになりますが」

「ふむ。そういうものか。どっちにも進めて、ある意味、いいんだな」

「あの子しだいですけどね」


 と、モーリンと二人で、スケルティアを見る。

 カタログに熱中している彼女は、俺たちの視線に、ぜんぜん気がつかない。


「なにに〝進化〟するのか、もう決めたか?」


 俺が声をかけると、スケルティアは、はっ――となって、顔をあげた。

 周囲を見やる。ここが食堂であるということに、いま、気がつきでもしたような感じ。


 そして俺を見て、ぷるぷると首を振ってきた。


「スケは、どういうのが? いいんだ?」

「かこいい。やつ。」


 スケルティアは、見ていた一枚を、すっと俺のほうに出してきた。

 大きくイラストが描かれている。


「蜘蛛だな」

「グランド・スパイダーですね。最大で全長三メートル。巣を持たず狩りをする、捕食性の大型の蜘蛛です。荒野や森などに棲息します。糸も使いますが、それは狩りの道具として用います。知能は比較的高く。高レベルになれば会話することも可能であるとか」


「話が通じるのはいいが。しかしそれに進化すると、人型じゃなくなるんじゃないかな?」


 俺はスケルティアにそう言った。

 彼女のお気に入りは、完全な蜘蛛だった。


 それはまあ、いいといえば、いいのだが……。

 この屋敷には住めなくなるなぁ。3メートルでは、部屋に入りきらない。


 俺はテーブルの下を覗きこむようにして、スケルティアの体を見た。


 肉付きの薄い少女の体だ。

 いまの彼女はほとんど人間と変わりがない。額に6つほどの〝単眼〟があることと、手首に糸を吐く射出口があること。その二つくらい。

 以前、裸にして、ブラシでゴシゴシと擦ったときに、表も裏も目にしたが――。ほかに変わっている部分は、特になかった。


 まったく少女の体、そのままだ。


 ただ、皮膚は人間と同じに見えて、遙かに強靱であるらしく――。

 デッキブラシでゴシゴシと擦っても、どこかの誰かさんみたく、みっともなく悲鳴を上げたりはしなかった。

 むしろ心地よさそうにしていた。

 鎧を着ていなくても、レザーアーマーか、薄い金属鎧ぐらいの強度はあるらしい。


 大蜘蛛のイラストを見せられている俺が、顔をしかめていると……。


「つよいよ?」


 スケルティアは、首を45度に傾げつつ、俺にそう言ってきた。


「さっきは、カッコいいって言ってなかったか?」


「つよいのは。かこいい。よ?」


「なるほど。そうなのか」


 まあ、美的感覚は人それぞれだから、それはいいのだが……。


「おりおん。これ。いやだ?」


「いや。べつに嫌なわけではないが……」


「……。が?」


「……いや。なんでもない。おまえの好きなのを選んでいいんだぞ」


 美的感覚は人それぞれであるのだから、俺の美的感覚を持ちだしても仕方がない。


 これは、うちの娘たちのかわいいほう――スケルティアの「人生」の問題だ。

 いや。進化先によっては「人」じゃないかもな。「人生」じゃなくて「モンスター生」になるかもな。


「ふふっ……。オリオンはね。スケさんとエッチできなくなるので、がっかりしてるのよー」


 うちの娘たちの耳年増なほうが、そんなことを言う。


「知ってるんだからー。わたしとか、スケさんとか……、エッチな目で見てることある。


「さあ……。覚えにないな」


 俺はやんわりと否定した。

 ムキになって否定しないように心がけた。

 それこそ、思うつぼだ。


「……?」


 スケルティアのほうは、どうも、よくわかっていない感じ。


「……。できるよ?」


 グランド・スパイダーのイラストを、ずいっと俺に差し出してくる。

 いやあ……。


 ちょっとー。それはー。

 無理だろう。


「……。こっち?」


 次に差し出されてきたのは、また別の種のカタログ。

 上半身が美しい少女のモンスターだ。顔はとても美形。そして二つの乳房も美しい。……が、当然ながら、下半身は蜘蛛だ。


「いやあ……。微妙だな、これは……。ギリか?」


「なにがギリなんだか。どうせケダモノなんだから、いいじゃないの」


 俺が睨みつけると――アレイダは、顔をあさってのほうに向けた。

 そして、くくく、と、笑っている。


 上半身が人間型なので、ちょっとエッチなことはできるかもしれない。

 でも最後までは無理だな。うん。無理だ。


 俺が腕を組んで、顔をしかめつつ、深遠な悩みに挑んでいると……。


「それはアラクネですね」


 絵をちらりと見て、モーリンが言った。


「上半身が女性です。人間部分は疑似餌で偽装というのがこれまでの通説でしたけど、最近の研究では、別個の脳も存在していることが判明しています。脳が二つありますから、知能も高く、蜘蛛部分で近接戦闘をしながら、人間部分で高度な魔法を使ってきたりと、ちょっと人間では真似のできない戦いかたができますよ」


「いやー。しかしなー」


 俺は腕を組んで唸り声をあげた。

 このアラクネという、上半身だけが美少女のモンスター。ちょーど下半身の、いいところのあたりから、蜘蛛なんだよなー。

 ないんじゃね? なくなくね? なくなくなくね?


「アラクネには全身擬態のスキルがありますので、レベルが上がれば、胴体と脚は折り畳んで二本の足になりますけど」

「え?」


「人間と性行為は可能ですし混血もできますが。もともとアラクネにはメスしかいませんので、繁殖には他種族の男性を必要とします」


「え? そうなの?」


 いやー。しかしなー……。


「人魚も似たようなスキルで、尾ひれを足に変えて陸上にあがり、恋人を作ったりしますけど。……マスターはそういうのはお嫌ですか?」


「いや。人魚はオーケーだな。ぜんぜんオッケエだ。むしろウエルカムだ」


「なら蜘蛛もOKなのでは? 人魚はOKで蜘蛛はだめというのは、それは差別ですよ?」


「え?」


 そう言われて、俺は、スケルティアを見た。


「くも? だめ?」


 スケルティアは、見るからに、しょんぼりとしていた。


「スケ。にんぎょ。……なた。ほうが。いい?」


「いやいやいやいや。大丈夫。大丈夫っ! だから――俺の希望なんて、どうでもいいから。おまえの好きなのを選べばいいんだよ」


「おりおん。の。すきなの。スケの。すきな。もの。」


「ねえ。スケさん。――この進化系統図を見て。とりあえず、グランド・スパイダーになるにしろ、アラクネを目指すにしろ、途中過程は一緒みたいよ?」


 アレイダが別の資料を持ってくる。

 どういう経緯で進化できるのか、既存の判明済みの、進化経路の全マップがそこにある。

 これは貴重な資料である。


 人間の転職のほうでも同じことがいえるが、へんなもんに進化してしまうと、その先で、行き止まりの袋小路になってしまうことがある。


 転職や進化が一生に1回のイベントなら、どうだっていいのだろうが。うちの娘たちの場合には、すくなくとも、あと数回、ひょっとしたら十数回ぐらいは、起きることなわけで――。


 まあ……。

 魔王倒しに行こうっていうわけでもないのだから、何回程度かで充分か。


「ほんと。だ。」


 系統図を指でたどって、スケルティアがうなずく。


 冒険者用というよりは、ほとんど、モンスター学者用の学術研究資料だった。

 エリザはこんなもんを用意していたから、時間がかかったということもある。

 そのぶんたっぷりとお返しをしたわけだが――。


「ああ。ほら。これこれ。この顔。――このカオが、イヤラシイことを考えているときのカオね。覚えときましょうね。――スケさん」


「おぼえた。」


 二人がなんか言っている。勝手に言ってろ。


「じゃあ、スケは決まったのか?」

「うん。きまたよ。はーふ。えれくしす。」


「エレクシス・スパイダーは、各種の毒を持った種ですね。致死性の毒以外にも、麻痺や感覚遮断の毒などもあって、応用が広いですよ」


「ほう。良さそうだな。――ハーフっていうからには、まだ、人型なのか?」

「外見的な違いは単眼が一対減りますね。そのかわり残る6個の視力はあがって、動く敵にも強くなります」

「ほう。いいじゃないか」


 つまり、スケルティアの、この愛らしい貧乳美少女の姿は、まだしばらく変わらないということだ。


「もう。喜んじゃって……。見え見えなのよ」

「そういうおまえは。なにに転職するのか、決まったのか?」

「え? わたし? わたしは――これっ!」


「クルセイダーか? マゾいな、おまえ」

「ええっ? ま、マゾ……って? なんでっ?」


 クルセイダーは、ダメージを一手に引きつける職だ。

 マゾが多い……かどうかは、じつのところ、よくわからんが。なんとなくそういうふうに呼ばれている。


「じ、じゃあ――! こっちにする!」


 そちらはヴァルキリー。


「防御特化から、攻撃特化かよ。なんでそう極端なんだ? てゆうか。ポリシーがまったく感じられないんだが。見た目のカッコ良さだけで選んでいるのは、おまえのほうなんじゃないのか?」


「え? ええっ? わ、わたしの人生に――、だめ出しっ? スケさんのときには自由にしろとか言っといて――? わたしのときにはだめ出し? なんなのその過干渉? 不当差別っ?」


「差別じゃない。ポリシーもコンセプトも感じられないって言ってるだろ。――だいたい。俺の聞いたのは次の転職だ。3つも先の職なんて、いま聞いてない」


「目標があるのはいいことでしょう。スケさんの時には、アラクネ目指すのを、いいって言ったのに」


「あいつにはポリシーがあるって言ってる」


「かこいい。よ?」


「ああ。そうだな」


 スケルティアが言う。俺はうなずいてやった。


「どうちがうのよ! わたしだってカッコいい職業になりたいもん!」

「おまえのは、ミーハーなんだ」

「それに、だいたいべつに、わたし、強くならなくたって……。もともと、なんだっていいんだし……」


「すこしは考えろよ。世間一般的には、わりと大事な問題らしいぞ? それに、いちど転職すると、元の職に戻るにしたって、マスターレベルに上げないとならないしな」

「1日じゃない」


 まあ。そうだが。

 しかし上位職になると必要経験値も増えるので、2、3日になるんじゃないかな。

 そもそも、いつものあのダンジョンでは、割に合わなくなる。


「……で、ちゃんと考えたのか?」

「べ、べつに……、転職できれば、なんだっていいのよ……」


 ん? アレイダが、なんか変だぞ?

 顔をうつむかせている。やや赤くした顔で、ちらっ、ちらっ――と、俺に目線を送ってきている。


「そ、その……、転職すれば……っ、い、一人前なんでしょ?」

「いや。どうだろうな。


 たかが一回転職した程度で――。

 ああ。まあ。市井の水準では、一生、転職しないで終わる場合もあるというか、むしろそっちのほうが多いわけで――。

 それからみれば、一人前と言えなくもないのだろうが――。


 しかし、勇者業界の常識からいうと――。

 たとえば、3回くらい転職してなるような、さっきの「クルセイダー」とか「ヴァルキリー」とか――。

 あれのさらに上位にあたるレア職業ぐらいからが、そもそも「入口」であって――。


 そんなあたりで、ようやく「ヒヨッコ」の扱いを受けているわけであり――。

 ヒヨッコというのは「半人前」くらいか。


 都合4回の転職が、半人前なのだとすれば――。

 すると、つまり、1回転職したあたりだと、どのくらいになるんだ?


「0.125人前くらいか?」

「ひっど! なにその細かい数字! なんで小数点第三位まで!」

「いや。1を8で割ったら、そうなるだろう」

「え!? なに! 8回転職しないと一人前にならないの!?」

「いや。〝とある業界〟では。そのあたりが〝常識〟だったという話だが」


 くすくすくすと、笑い声が聞こえてきたので、顔を横に向ければ――。

 モーリンが上品に笑っていた。


 モーリンの笑顔は、すごくレアだ。

 俺のこの笑顔のためだったら、世界の半分くらいを差し出したっていいと思っている。


「……マスター。アレイダさんは、あの約束のことを言っていらっしゃるんですよ」

「あの約束?」

「あーっ! あーっ! だめっ! 内緒でっ! それぜったい内緒でぇっ!」


 アレイダが騒ぐ。

 なにか約束したっけかな?

 ……なんだっけ?


 アレイダを見る。テーブルに突っ伏している。真っ赤になった、耳たぶしか見えない。

 スケルティアを見る。ぽかんとしている。

 モーリンを見る。くすくすと笑っている。


 ……ああ。あれか。


 俺はようやく思いだしていた。


「たしかに……。8回転職じゃ厳しすぎたな。……じゃあ、こうしよう。おまえを買ったときに俺が払った金額。あの金額をおまえが稼いだら、おまえは、自分の尊厳を買い取る証を立てたってことで……、一人前と認めてやるよ」


「ほんとっ!? ほんとにそんな簡単なことでいいのっ!?」


 アレイダは、がばりと身を起こした。


「簡単……っていうが。おまえ。このあいだの稼ぎは、数万Gぽっちだろ。おまえの値段は――って、なあ、こいつ……? いくらで買ったんだっけ?」

「20万Gでしたね」


 モーリンに聞くと、すぐに答えが返る。

 モーリンはいつでも完璧だ。なんでも覚えている。


「忘れてるし」


「じゃあ。20万だ。20万。それだけ貯めこんだら、認めてやるよ」


「さあ! いくわよスケさん! いざダンジョンに! ――レッツのゴーよ!」


 スケルティアは、首根っこ引っ掴まれて、ずるずると引きずられていった。


 あいつ。すげえやる気だったな……。


    ◇


 アレイダが、結局、1回目の転職で選んだのは――。

 スケルティアと二人だけでダンジョンを攻略するために、回復魔法も使える一人タンクの〝ナイト〟にしたらしい。


 そしてアレイダは、残りの金額を、本当にたったの一日で稼ぎきった。

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