4.スケさんカクさんと一緒

第018話 お供を連れてダンジョンへ 「れべる。あがたよ。」

 いつものダンジョンへ、俺は二人を連れて出かけていた。


「カクさんには攻略済みで退屈かもしれんが、まあ、スケさんの訓練だと思ってつきあえ」

「だからそのカクさんってなんなの……?」

「なんだ? ヤジさんとキタさんのほうがいいのか?」

「ますますわからないわよ……」


 と、アレイダは斧を構える。

 このあいだ攻略したときの最初の装備はモップ。そのうちに銅製の剣になり、鉄製の剣になり、最終装備は大きな戦斧となっていた。


「スケ……さんにも、なにか買ってあげなさいよ。武器とか防具とか」


 アレイダは隣に立つスケルティアに、ちらりと、目をやった。


「武器や防具なんか、戦っていれば、そのうち、なんか出る」


「ひっどい」


「それにスケのやつは、盗賊シーフタイプだからな。案外。素手で普段着のほうが、戦いやすいかもしれんぞ」


「ん。スケ。たたかうよ。」


 スケルティアは腕を構えてみせる。

 普通の人間とは構えが違う。手首から糸を撃つのが彼女の戦闘(捕食?)スタイルだから、それに応じた構え。


「さあ。行くぞ。――ついてこい」

「あっ――ちょ、ちょ!? 待って待って!」

「ん。スケ。ついてく。」


 赤いのと青いの。

 うるさいのと静かなのを連れ立って、俺は歩いた。


    ◇


 1階から3階までは、エンカウントした敵を、火の粉を払うだけの目的で倒しただけで、4階までまっすぐに進行した。


 4階からはモンスターの構成が変わる。ちょっと強い顔ぶれにチェンジする。

 1~3階までが本当の駆け出し向けなら、4階より下は初心者向けというあたりか。


 勇者業界における強さの分類基準は、だいたいこんなもんである。


 駆け出し。

 初心者。

 初級者。

 中級者。

 上級者。

 達人(マスタークラス)。

 伝説級。


 世界の命運を賭けた戦いは、だいたい、上2つあたりの連中によって行われる。

 このダンジョンは、階層によるが、下3つくらいに相当している。階層によって難易度が変わり、最下層が初級者向けとなっている。

 つまり最下層でも、勇者業界では、まだまだ「初」とかついちゃう場所なわけだ。


 ただしこの分類は勇者業界のものであるから、世間一般の基準とは、だいぶズレがあるかもしれない。


 ここだって、そこそこ有名なダンジョンなのだ。

 世間一般的にいうなら。


 たとえば冒険者ギルドで、アレイダにのされていたあの男とか――。

 ああいう市井しせいの冒険者たちが、一生を賭して、引退までのあいだに、最下層まで到達して制覇できるかどうか。

 そのぐらいの難易度はある。


 4~7階あたりの中層を、6人も揃えたフルパーティで練り歩いているくらいで、街で肩で風を切ってデカい顔をして歩けてしまう。

 そのぐらいのダンジョンではあるはずだ。


 最下層までのモンスターを「根こそぎ」にしてゆくと、屋敷や小さな城が買えてしまう金が手に入るのは、そうした理由だ。


「じゃ。この4階から本格的にやろう。よし。まずはそこの右の部屋からだな。右手の法則で、ぜんぶやってくぞ」


 俺は開いていた《マップ》を閉じた。

 一度到達した場所はオートマップされる。つまりこのダンジョンは、すべてが一望できている。


「なにその便利な能力」


 アレイダが文句を言う。


「便利スキルだ。おまえも転職すれば、使えるぞ。探索者レイダー測量者マッパーだな」


 《勇者》は一般的なスキルのうち、かなりのものを使える。これもそのうちの一つ。

 まあ、《魔王》を倒してこいと呼ばれるのが《勇者》なわけで――。このくらいのチートや特典がなければやっていられない。


 倒すべき《魔王》がもういない――この平和な世界では、ちょっとオーバースペックかもしれないが。


「カクさん。スケさんのレベルが上がって装備が揃ってくるまで、ちゃんとフォローしてやれよ」

「だからそのカクさんってなんなの……。するけど」


 二人は身構えた。

 ドアを蹴破って、戦闘がはじまった。


    ◇


「ほう。だいぶ装備も揃ってきたな」

「かこいい?」


 スケルティアが――。くるりん、と、その場で回る。


 ドロップした装備を順番に着せていったら、コーディネートが、なんか忍者っぽくなった。

 鎖帷子に鉢金。両手に短刀。重い剣と違って軽く握れるものだから、手首から撃つ糸の邪魔にもならない。


「下半身にも、なにか着させてあげなさいよ。なんでさっきのズボン。捨てちゃうのよ」

「うるさいな。いいんだよ」


 俺はそう言った。

 わかってない。まったくわかっていない。

 鎧の上衣だけ着させることで、見えるか見えないかというチラリズムが発生するのだ。


 あのズボンは、まったくよくない。

 防御力もたいしてあがらないうえに、なんだあの、ダサい色とデザインは。

 ないな。絶対。ないな。


「男のロマンだ。女子供にはわからん」

「スケベ」


 一部分、わかっているようである。


「ねえ。スケさん。……連携のことで相談なんだけど。あなた、糸撃つでしょ、そしたら私がね――」


 アレイダはスケルティアと戦いかたの相談をはじめた。

 ふんふん、と、スケルティアは素直に聞いている。


 その戦いかたには、指導すべきところもあったが、俺は二人の自主性に任せることにした。

 工夫は、どんどんしてゆくべきだ。


 多少の間違いや、無駄な施行があってもかまわない。

 自分の頭で考えて、工夫することに、意味がある。


 それがもし致命的にまずいことであれば、俺が止めるし。

 二人の考えたそれが、うまくないやりかたであれば、それを指摘するのは、一度「うまくない」ことを自分たちで体感したあとだ。


 なぜそれが「うまくない」のか。どうしてダメなのか。

 やる前に指摘してやめさせるよりも、実際にやってから指摘したほうが、はるかに「経験値」になる。


 この場合の「経験値」というのは、Lvや強さに繋がるほうのそっちではなく、精神面においての意味合いだが――。


「おい。いつまで休憩してる? 出発するぞ」

「ふふふっ。……オリオン。わたしたちね。すっごい、戦いかた、考えついちゃったのよー?」


 うちの娘たちのうちの調子に乗るほうが、そう言った。


「おりおん。スケ。は。がんばる。」


 うちの娘たちのうちの健気なほうが、そう言った。


「ああ。楽しみにしてるぞー」


    ◇


 二人の考えついた戦法というのは、まあまあの、及第点だった。


 これまでスケルティアは、捕食者としての本能から、敵を捕らえるために糸を使っていた。


 その固定観念の発想から離れると、蜘蛛の糸というものには、いろいろな使い途が生まれた。


 どう固定観念から離れるのかといえば――。


 たとえば。

 糸を敵でなくて味方に吐きつける。

 糸は性質を変えられるので、強度のある糸をアレイダの腕に吐きつけることで、即席の盾ができあがる。

 ダメージを受けた場所を覆って、即席のプロテクターにすることもできる。


 また捕獲のための糸の使い途にも、バリエーションが生まれた。これまでスケルティアは、相手に直接吐きつけようとしていた。

 本来、蜘蛛の粘着糸というものは、巣を作り、待ち伏せするために使うものだ。もともと動く相手にあてるためのものではないので、命中率は低く、まあ、まぐれで当たったときぐらいしか役に立っていなかった。


 しかし、避けない相手であれば、必ず命中させることができる。

 だからまず、味方――この場合はアレイダであるが――に対して糸を吐き、二人のあいだに糸を架け渡す。

 そして二人が、ただ移動するだけで――。間にいるモンスターは一網打尽だ。すべて糸に絡まって身動きが取れなくなってしまう。


 糸一射で行える、超ローコストな、集団麻痺魔法みたいなもので――。

 この技を編み出してからの二人は、効率をあげてバンバン戦闘を進めていった。


 もう、なんつーか……。

 戦闘っつーより、狩り? 一方的な狩り?


「前に来たとき、この階、私一人でやってたら、けっこう死にそうだったんだけど――」


 剣を振りながらアレイダが言う。


「――スケさんとやってると! ほんと! 楽!」


 その言葉に、糸を撃ちながら、スケルティアも応じる。


「……スケも。うれしい。ふたり。で。たたかうの。はじめて。」


 まったく危なげなく戦う二人を、俺は、な~んにもしないで見守っていた。

 本当に、なにもしていない。まったく戦っていない。

 ただ、ぼーっと突っ立って、眺めているだけ。

 俺が経験値を奪い取ってもしかたがないので、どんなに苦戦していても、手は出さない方針だ。

 もっとも、まったく苦戦などしていないが――。


 アレイダが振るう武器は、戦斧から剣へと変わっていた。

 レアドロップがあって、魔力を帯びた剣になっている。

 この初心者ないしは初級者向け(勇者業界基準)では、かなり幸運なドロップ品だ。

 あれ以上のドロップ品は、ここではたぶん出てこないだろうから、アレイダはしばらく女剣士だな。


 最初のときに持っていた戦斧は、ポイ捨てだった。

 ちょっともったいない気もする。武器屋なりギルドなりに持ちこめば、わりといい値で売れるはず。

 市井しせいの一般人が、数年は遊んで暮らせる額ぐらいにはなるはず。


 帰り道で、もしそのまま落ちて残っていたら、拾って帰るか。

 まあ、どうせ誰かが持って帰っているだろうがな。「こんな凄いのが落ちてた! ラッキー!?」という感じで――。


「さあ! こいつらで最後よ!」


 例の糸の使い方で、数体を行動不能にしたアレイダが、声をあげる。

 ここは最下層、10階の、最後の部屋――。

 最後の一群のモンスターとの戦いの趨勢が、だいたい決したあたりで、俺は声をかけた。


「ひとつ。アドバイスをしてやろう」


 これまで、なにもアドバイスはしていない。

 そして、ほとんど手出しもしていない。


 戦闘後に使ってやる回復魔法も、前回のように、毎回、ゼロ近辺から全快までさせるのではなく、たまにちょっとした小傷を治す程度だった。


 そこらの低レベル僧侶クレリックでも足りる程度のMPしか使っていない。


「なによ。もう。遅いわよ。――こんな最後になって」


「そのモンスター。糸で絡めたろ」

「したわよ?」

「じゃあ、あと、火をつければいいんじゃね?」

「はい……?」


「こうだ」


 俺は指先に小さな火球を生み出した。

 炎系魔法の、いちばん最初のやつ。

 たぶん、どんなにLvの低いモンスターでも、この魔法、単体では、致命傷は与えられない。

 そんな程度の小さな火球だが――。


 俺はモンスターたちを縛っている糸めがけて、その火球を撃ちこんだ。


 糸は爆発的に燃焼した。

 それに包まれていたモンスターたちも、焼死した。


「蜘蛛系モンスターの糸はよく燃える。――覚えとけ」

「あっ……」


 アレイダが口を虚ろに開いて、ぱくぱくとやっていた。

 これを思いついていれば、もっと戦いが楽になっていた。そのことに思い至った、という顔だ。


 うちの娘たちのうちの、調子に乗るほうは、へこんでいる。


「あと、蜘蛛の糸が、火に弱いってことは……。炎系モンスターに対しては、その戦法は使えないってことだな。――これも覚えておけ」


「スケ。は。……おぼえた。」


 うちの娘たちのうちの生真面目なほうは、真摯な顔でうなずいている。


「よし。じゃあ。本日の訓練は終了。モーリンが美味しいシチューを作って待ってるぞ。さあ帰るぞ。――おまえたち。今日はよく頑張ったな」


 俺は二人の尻を叩いて、そう言った。


「だからイヤらしいっての」

「にく。はいってる?」


    ◇


 本日のダンジョン攻略――。

 二人で最下層10階まで易々と制覇した。

 もうこのダンジョンでは、二人には簡単すぎるかもしれない。


 二人ともレベルがあがった。

 アレイダは戦士としてLv20となった。

 スケルティアは職業ではなく種族だが。「ハーフ・スケルティアLv20」となった。


 アレイダは戦士としてマスターレベルに至った。つまり転職が可能だ。


 しかし彼女のLvは、カンストしておらず、まだまだ上がるらしい。


 この「カンスト」するLvというのは、個人ごとに違っている。

 転職可能となるLvは職業ごとに決まっていて、だいたい20前後だ。

 このLvを世間一般的には「マスターレベル」という。勇者業界的にいえば、こんなん、ようやくスタートラインに立ったようなもんだが……。

 まあ、世間一般的には「達人」と見なされるレベルだということだ。


 この「マスターレベル」――「転職可能レベル」に到達できるかどうかが、ある意味で、才能の有無であるといえる。


 Lvの上昇がストップしてカンストする「才能限界Lv」が、どこにあるのかは、人によって違う。

 また通常の方法では調べることができない。(通常でない方法なら、調べる方法はいくつか存在している。勇者業界では常識)


 通常は、人生を賭して、自分が「何者かになれるか」を確かめてみることになる。


 初期値に恵まれてレベルアップも早く、「天才」と言われていても、惜しいかな、才能限界レベルが、転職可能レベルに到達しない者もいる。

 その逆に、まったく凡才極まりないやつが、地道にレベルを伸ばしていって、転職して花開く、ということもある。


 うちの二人の娘たちが、この先、どう育ってゆくのか。

 俺は見守っていきたいと思っている。





【後書き】

今回はパワーレベリングです。

景気よく、じゃんじゃんばりばり、あがっていってますー。

市井の凡夫の冒険者さんたち、ごめんなさ~い。

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