3.盗賊娘をお持ち帰りにする

第015話 盗賊娘を捕まえておしおきをする 「かったら。たべるよ?」

「スケルティア。……というモンスターがいます」


 夕食を食べながら、モーリンが言う。

 ナイフとフォークを上品に動かしながら、肉を切って口へと運ぶ。


 その隣の席では、アレイダが、モーリンの仕草を見習って、ナイフとフォークを使おうとしているが、どうにもぎこちない。


 食器を使った食事の方法に、アレイダはいまだに慣れない。

 さすがに手づかみで食べようとして、ぴしりと、叩かれるようなことはなくなったが――。


 俺とモーリンの二人だけなら、食べるのは俺だけになってしまうが。

 アレイダが同席していると、モーリンも給仕はしないで、一緒に食事を摂る。

 俺はモーリンと一緒に飯を食いたいと思っているので、アレイダがいるのは、大歓迎だった。


「そのスケルティアというモンスターは、巨大なクモのモンスターなのですが……。少々。困った性質を持っていまして」


「どんなですか? ――困るって?」


 アレイダが聞く。


「好色といいますか。オスは人間の女性をさらって、子を産ませることが――」

「うわぁ……」


 アレイダが、ものすご~く、嫌な顔をする。

 聞かなきゃよかった、という顔になる。


 たしかに、ちょっと食事中にする話題ではなかったな。


「しかも子を産ませると、その女性を食べてしまい――」

「うわぁ……」


「女性が美人でないと、子を産ませる前に食べてしまうことも――」

「うわぁ……」


「またメスのスケルティアの場合には、さらうのは女性でなくて、男性となって――」

「うわぁ……」


 すっかり食欲がなくなった――という顔で、アレイダは、ナイフとフォークを置いてしまった。


 俺とモーリンは、もりもりと食べている。


 冒険やってると、死体の隣で食うこともあるしなー。

 さらわれたの、孕まされたの、実際に見ながらだったらともかく、話程度では、食欲は微塵も揺らがない。


「……で? そのモンスターに孕まされると、生まれてくる子供は、どっちになるんだ?」


 俺はモーリンに、そう聞いた。


「は、はらますとか……、ゆーなーっ!」


 アレイダが文句を言っている。言い換えるともっと生々しくなると思うのだが……? 「妊娠させる」とか。


「それが、どっちでもないのです。いわばハーフで。人と蜘蛛の両方の特徴を備えた雑種となります」

「……ふむ」


「レベルを上げて、上限レベルにまで到達すれば、進化して、完全なスケルティアになることもできますが……。まあ大抵は、そうはなりませんね」

「なぜだ?」

「モンスターからも疎まれ、人間からも疎まれる、中途半端な存在だからです。生まれた子は、そう長いこと生きることはありません。……大抵は」


 モーリンは「大抵は」と、そう言った。

 何事にも例外がある、ということだ。


 その例外が、あの娘だったというわけか……。


 モンスターからも、人からも疎まれ、一人で、逞しく生きてきたわけか。

 言葉は話せたようだが、喋りかたが、たどたどしかったのは、そのせいか。

 〝他人〟と接することが、ほとんど、なかったのだろう。


「あの。マスター? まさかとは、思いますが……?」


 モーリンは、じっとりとした目を、俺に向けてきた。


「ん? ああ、いや……」


 俺は、ちょっと、いいかなー、とか思っていた。


 あの目がなー。


 俺は、ちらりと、アレイダに目をやった。


「え? なに?」


 こいつもなー。木檻に入ってた頃はなー。

 精悍な野生の獣みたいな目をしていたんだがなー。


 暖かいベッド。美味しい食事。たっぷりの湯を使える風呂。

 そんな暮らしでふやけてしまって、なんかもうすっかり〝駄犬〟だなー。


 駄犬の目だなー。


 その駄犬を、俺は――。寄生させず、パラサイト奴隷にならないようにと、厳しく躾けて、自立させようとしている最中だった。


 誰か俺を褒めてほしい。


「なに? なんなの? なんなのその目? ――なにがいいたいのーっ!? 言ってよ! ……言ってください」


「もう。ほんとに。しようがないですね。マスターが悪趣味なのは、いまに始まったことではないですし」

「え? ……悪趣味? あ、あの……、私、買われたの……、悪趣味なんですか?」

「さあ。……どうでしょうね? わたくしは、マスターが楽しくて幸せであるなら、それでいいので……。マスターに聞いてくださいな」


 モーリンは楽しげに笑っていた。


    ◇


「このあたりですか?」


 翌日、例の盗賊娘と出会ったあたりに、三人で出向いた。


 モーリンはメイドの格好ではなく、賢者のローブ姿。

 メイド姿のときよりも、人目を引いてしまう。


 メイドは最近金持ちのあいだで、使用人にその格好をさせるのが流行しているらしく――街を歩いていても、誰も気にしてこない。


 だがこちらの格好だと、さすがに目を引く。

 何気なく身につけている装備の一個一個が、伝説級の装備だったりするからだ。

 それが分かる者はあまり多くはないが――。ぎょっとした顔で振り返ってくるのが、それだ。


「これでは目だってしまいますね。……こんど、初心者向け装備の一式を揃えておきます」


 モーリンはそう言った。


 まあな。

 魔王倒しに行こうってんじゃなし。ラストダンジョンに挑もうっていうんじゃなし。神を倒しに行こうっていうんじゃなし。

 そこらの武器屋、防具屋、魔法屋で売ってる、既製品の量産品で充分だ。


「まだこのへんにいるとは限らないんじゃないかしら? ……昨日のことがあったから、居場所を変えているかも?」

「余裕で逃げていったからな。また来ても、すぐに逃げられると、たかをくくっているだろうさ」


 俺は言った。

 それに蜘蛛系のモンスターには、巣を作って定住するという性質がある。その性質があの娘にも引き継がれているとは限らないが……。


「では。探しましょうか」


 とん――と、賢者の杖を、地面についた。

 《モンスター関知》のスキルを発動させる。


 同じスキルではあっても、モーリンのスキルLvは、いまの俺とは比べものにならない。

 感知範囲は、街一つぶんにも及ぶ。


「見つかりました」

「どこだ」


「マスターの真上ですね」

「真上?」


 俺は真上を見上げた。

 なにも支えるものもない、路地の空。

 そこに、糸にぶらさがった、娘がいた。


 身につけているのは、ボロのマント一枚きり。体には、きれぎれの布を巻き付けているだけという姿。

 そんな服ともいえない、ほとんど半裸か全裸かっつー姿で、頭が下の足が上、という、上下逆の、さかさまの状態でぶらさがっているものだから――。


 大変、よろしい姿になっていた。


「よう」


 頭上1メートルにいる娘に、俺は、片手を挙げて挨拶をした。


「スケ……。は。ばれた。」

「そうか。バレたのか」


「ところで、なにがバレたんだ?」

「また。ぬすむ。」


 なるほど。

 しかし……。

 逃げるどころか、向こうから近づいてくるとは。


「すっかりカモ扱いされているな」

「カモって、なに?」

「説明は難しいな」


 カモがネギを背負って――なんて慣用句は、異世界にはないし。


「まず昨日盗んだ俺の財布を返せ」


 娘に言った。革袋が降ってきた。


「中身もだ」


「スケは。かえさない。」

「俺の物だ。かえせ。」

「スケの。もの。」


 強情な娘だった。素直に返してきたなら、すこしは手心を加えてやってもいいかと思ったが……。


 お仕置きタイムだ。


 俺は頭上に向けて、炎の魔法をぶっ放した。

 張り巡らされている糸を、広く焼き払うため、ファイアボールの魔法だ。


「あつい。」


 糸を焼かれて、娘は地上に落ちる。

 素早く動いて、また建物の壁に向かう。

 平面でしか動けない人間と違って、立体機動できる蜘蛛子は、立ち回りの位置取りが独特だ。


 だがそちらに動くことは、わかっていた。

 俺はすでに先回りして、蜘蛛子の前に立っていた。


「剣でも牙でもいい。おまえの誇りにかけて誓え。俺が勝ったら、おまえを俺の物にする」

「スケが。かつよ?」

「そうしたら。おまえの好きにしろ」

「たべていい?」


 食うのかよ。


 俺は、にやりと笑った。


「ああ――! おまえが勝てたらな!」


 盗賊の蜘蛛子と、俺の一騎打ちがはじまった。


    ◇


 結果。

 俺の勝ち。


 圧勝……、と、いえるほどではなかったが。

 まあ、勝った。普通に勝った。


 しかしLvがもう少し足りなかったら、ヤバかったかもしんない。

 初心者ダンジョンを制覇したくらいで、調子に乗らないほうがいいな。

 もうすこしLvアップしておいたほうがいいっぽい。


 捕らえた蜘蛛子は、お持ち帰りした。


 ずっと一人で生きてきて、色々、常識に欠けているようだから、これから〝教育〟してやらんといかんだろう。


 しかし……。

 どうして、こう、うちにやってくる娘たちは、最初、小汚いんだ? 

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