第016話 盗賊娘を躾けよう 「なまえ。もらた。はじめて。うれしい。」
盗賊娘を、お持ち帰りにした。
蜘蛛子を糸でぐるぐる巻きにして拘束してやった。イモムシ状態にして、肩にかついで運ぶ。
自分自身の糸で拘束してやったのが、ちょっとだけ爽快だった。
蜘蛛子のほうは、悔しそうにしている。
さっきまで暴れていたが、無駄だと悟ると、すっかりおとなしくなった。
まるで無抵抗の梱包済み蜘蛛子を、肩にかついで、俺は意気揚々と屋敷への道を歩いていた。
後ろをアレイダとモーリンがついてくる。
「オリオン……、ご主人さまって……、強かったんですね」
後ろをしずしずとついてくるアレイダが、そんなことを言った。
「すくなくともおまえよりはLvが上だしな」
俺はそう返した。正確なLvは測定しにいってないのでわからない。
……が、モーリンとダンジョン制覇したときに、だいぶ上がった気がする。
それも単なる〝到達者〟とはわけがちがう。1階からはじめて10階まで、モンスターを〝根こそぎ〟にしていった。アレイダもソロの〝到達者〟なわけだが、エンカウントした相手と戦うだけなのと違って、俺の場合は通常の数倍は経験値を稼いだはずだ。
もっとも、俺の目当ては「経験値」でなくて、「金」のほうだった。まあ金のほうも10階層までのモンスターを根こそぎにしてやって、アレイダのときの数倍は稼いだわけだが。
「戦っているところ。はじめて見ましたから……。本当に強かったんだって、納得しました」
アレイダはそう言った。
「そうだったっけ?」
一緒にダンジョンに入ったろうが?
「回復魔法を掛けていただけじゃないですか。強いかどうかなんて、わかりませんよ」
なるほど。そういえばそうだった。
俺は一切戦っていなかった。アレイダが一人で戦っていた。死にかけていて、やっばいなー、とか思っていても座視していた。
死んだら死んだで、帰るかな。――ぐらいのつもりでいた。
俺の〝本気〟はアレイダにも伝わっていたことだろう。〝必死さ〟が段違いだった。「いざとなったら助けてもらえる」という甘えがある時と、「この人は助けてくれない」と確信できている時とでは、人間、育ちかたが段違いになる。
俺の育成方法は〝モーリン式〟だった。
つまり後者だ。
そのおかげで、アレイダの前では一度も戦っていなかった。
今回、蜘蛛子を懲らしめてやるために、ちょっと本気を出してみたわけだが……。
アレイダはいまLv13だ。
あまりにも実力が違いすぎると、どれだけ凄いのかわからないものだ。
2~3倍程度、ちがっているあたりが、最も違いがよく感じられる。
Lv13となったアレイダには、俺と自分とのあいだに、どのぐらいの差があるのか……。戦いを実際に見ていて、よくわかったのだろう。
そして敬語が増えた。
こいつ。ほんと。わかりやすいな。
「しかし……、見直す前は、いったいなんだと思ってたんだ?」
「え? そ、それは……」
「怒らないから言ってみろ」
「怒らない? ほんと? ほんとに怒りません? じゃあ言いますけど……。ただのエラそうな人だと。口先だけの」
はっはっは。
俺は笑った。
正直だ。こいつ。
「まあ。おまえを買う前日くらいまでは、Lv1だったからな」
「え? うそ? ……それって、うそ? ……ですよね?」
「おまえだってダンジョンに潜る前は、戦士Lv1だったろうが」
「それは……、そうですけど……」
現代世界でネトゲに慣れていた俺には、これぐらいのパワーレベリングは、大したことのないように思えるが……。
ひょっとして、この世界に存在しない概念を、持ちこんでしまったのだろうか?
パワーレベリング自体は、そう難しいものではない。
自分よりチョイ上の敵と戦い、死にかけるような目に遭うだけ。
戦闘後に回復。すぐにまた連戦。それを延々と繰り返すだけ。
24時間もしないうちに、目鼻のつくLvには上がる。
そんな話をしているうちに、屋敷へと着いた。
◇
「さて。どうしたもんか」
自分の糸でぐるぐる巻きとなった蜘蛛子を、ぼてっと床の上に置く。
戦って勝って、ゲットして、お持ち帰りにするところまでは、心が高揚していたのだが……。
いざ持ち帰ってみたら、どうしようか? と思ってしまった。
ほら。たとえばネトゲで、素材を山のように狩って――。終わってみたら、さて、こんだけの量、どうしよう? っていう感じ?
あるいは、リアルのほうだと、セミだのザリガニだの、たくさん捕まえて持ち帰るまではウキウキだが、家に着いてみたら、さてどうしよう? っていう感じ?
セミでもザリガニでもなくて、蜘蛛なわけだが。
「なあ。おい。おまえ。ごめんなさい――を、する気はあるのか?」
蜘蛛子は、ふて腐れているのか、地面に転がされたまま身動きもしない。
俺は髪を掴んで、その頭を持ちあげた。
「答えろ」
「ちょ――ちょ! オリオン……、様っ! ――乱暴はやめなさいよ?」
アレイダが割って入る。
俺のかわりに蜘蛛子に聞く。
「ねえ貴方……? 私のときとは違うんだから。おサイフ返せば、帰らせてもらえるわよ?」
「ごめんなさいをしたら、だ」
俺はそう付け加えた。
「ほら。ごめんなさい。……貴方、〝ごめんなさい〟ぐらい……、知ってるよね?」
アレイダが聞く。
だが蜘蛛子は「なにそれ?」って顔をしている。
「スケ……。は。あきらめてる。」
蜘蛛子は言った。
「いや。諦めないでよ」
「スケ……。は。まけた。まけたら。くわれる。これ。だいしぜんの。おきて。」
「え? 食べる……って? 食べない食べない! 食べないから! ……食べませんよね? ねっ?」
「ある意味。食うことは、あるかもしれんなぁ」
俺はとぼけた声でそう言った。
「マスターはケダモノですから」
モーリンがコメントする。
「………」
アレイダが、すげえ嫌そうな顔をした。オヤジくさっ。――とでもいう顔で。
俺はちょっとだけ傷ついた。
「おい。おまえ。ずっと縛られたままなのは、嫌だろう?」
俺は床の蜘蛛子に向けて、声を投げ下ろした。
「たたかう。まえに。やくそく。〝まけたらおまえのものになる〟」
「ああ。そう言ったっけな」
かわりに俺が負けたら――なんだったっけ?
食われるんだっけ?
うっわー。こっえー。蜘蛛子こええー。
本当に文字通りの意味だったか。
まあ勝ったのだから、問題はないが。
「俺のものになるっていう意味……。わかるか?」
「スケ……。は。よく。わからない。」
「奴隷になるっていうことよ」
「違う」
アレイダが横から言ってきたので、俺は言った。
「どう違うのよ?」
「俺のそばにいて、俺の言うことを、ずっと聞くっていうことだ」
「一緒じゃないの」
「違うさ。――たとえばモーリンは、奴隷じゃないからな」
「はい。わたくしはマスターのものですので」
隷従の紋は刻んであるが、使ったことはない。
使え使えと、よく言われる。奨励される。だが一度も使ったことはない。
ああ。いっぺんだけあったか。
前々世で、魔王と決着をつけにいったとき――。モーリンを置き去りにするために、紋を使って〝命令〟した。
「なぜ?」
「ん?」
蜘蛛子は床から言う。
「なぜ。スケ……。が。ほしい?」
「はて。なんでだったかな」
「うまそう?」
「いや。だから食わんって……」
発想をそこから離せ。この野生児め。
「意外と美味しいですよ。マスターの世界の生き物でいいますと、〝カニ〟というものに似た味とのことですけど」
「ほー。カニか」
そりゃ高級品だな。
「まー。とりあえず、このまま玄関に転がしておくわけにもいかんしな」
俺は糸の端を握ると、床の上をずるずると引っぱっていった。
「ちょっと! ちょっと! 引きずるのやめなさいよ! かわいそうでしょ!」
アレイダが騒いでいる。
俺は気にせず歩いた。
向かう先は――、例によって〝厨房〟だ。
「え? ちょっ……!? ちょ――! まさか……?」
この間の記憶がフラッシュバックでもしているのか、アレイダは厨房の敷居をまたがずに、立ち止まっていた。
「まさかまた! アレで洗わないわよね! アレで女の子洗ったりしないわよね!?」
アレイダは大声で騒いでいる。
うるさいな。もう。
まったく――。
うちにやって来る娘たちは、どうしてこう、最初は小汚いのか。
さっき肩に担いでいたときにも――じつは、けっこう、きつかった。
いろいろ話すにしても、メシを食わせてやるにしても、この汚さで屋敷の中をウロつきまわられるわけにはいかない。
よって、第一にすべきことは、まず、決まっていて――。
「おお。そうだ。モーリン。〝アレ〟――探してきてくれ」
「はい。〝アレ〟でございますね」
モーリンは〝アレ〟がなにかも問わずに探しに行った。
このあいだ、あそこのアホ娘がダンジョンで折っちまったが、もう一本ぐらい、どこかにあったはず。
蜘蛛子の体を、ぐるぐる巻きにしてあった糸を、ナイフで、ざっくざっくと、切り開いてゆく。
自由になったら、襲いかかってくるかと、そう思っていたが――。
そんなこともなく。
糸を解かれた蜘蛛子は、厨房のタイルの上に、ぺたんと女の子座りをして、俺を見上げている。
こうして明るいところでよく見ると、ハーフモンスターといえども、人間の女の子と、そう変わったところはなかった。
手首の付け根に、糸を射出する場所がある。イボみたいなところが、きっとそうなのだろう。
髪の色は、ちょっと人では見かけないぐらいの色だ。青みがかった銀髪で――。まあしかし、このファンタジー世界において、銀髪ぐらい珍しくもないか。
まだ現代世界の感覚が抜けきっていないようだ。あちらで過ごしたのは三十年以上か……。長かったもんなー。
あと違いがあるといえば……。
額のところ。二つある本物の目の上の、おでこのあたりに、赤い菱形の突起が幾つか並んでいた。
クリスタルみたいな光沢のある色合いで――。
俺は指先でそこに触れてみた。
「さわるの。だめ。」
さわってみたら、怒られた。
そして、どしゅっと――俺の目に、指が突きこまれた。
「なにをする」
手を捕まえて、俺は聞いた。
目潰ししてきたろ。――いま?
「め。さわるの。だめ。」
「それは〝目〟か。……なるほど」
そういや蜘蛛って目が幾つもあったっけ。
そこの性質を受け継いでいるわけか。
「なるほど。〝目には目を〟ってやつだな。あっはっは」
目を触られたから、俺の目も触ってこようとしたのか。
「悪かったな。もう触らない」
「わるい? ……って。なに? スケ……。は。しらない。」
おお。一人で生きてきた、言葉も怪しい野生児の蜘蛛子は、そもそも「善悪」の観念から、持っていなかったらしい。
「マスター。〝アレ〟をお持ちしました」
モーリンが〝アレ〟を持ってやってきた。
〝アレ〟だけで伝わるとは、さすが――モーリン。
俺は〝アレ〟を――デッキブラシを構えると、顎で蜘蛛子に促した。
「裸になれ。そしたら、自分でそこの水瓶から水をくんで、頭から浴びろ。――洗ってやる」
「だめ! やめて! やめなさい! ――犠牲者は私一人で充分だからっ!」
アレイダが叫ぶ。
うるさいし。
蜘蛛子は――素直に俺の言うことを聞いた。
ざばー、っと、頭から水を浴びる。ぶるぶるっと動物みたいに首を振って、水を跳ね飛ばす。
「よし。じゃあまず。背中からな」
蜘蛛子を、タイルに寝かせる。その背中にブラシをあてる。
「蹴った! いま蹴った! 蹴り倒した!」
アレイダが叫んでいる。
うるさいし。
その背中を、ごしごしとやる。ブラシで洗う。
「もうちょっと優しくやってあげなさいよ! 可哀想でしょ!」
アレイダが叫んでいる。自分のことみたいに騒いでいる。
うるさいし。
そういや。こいつに何か名前がいるな。
いつまでも「盗賊娘」とか「蜘蛛子」とか呼んでいるわけにもいかない。
「おい。おまえ。……名前は、なんて呼べばいい?」
背中からお尻にかけてブラシを掛けてやりながら、俺は聞いた。
肉付きが薄く、少年みたいなお尻だが、いちおう女の子のそれである。本物の蜘蛛と違って、お尻には糸を吐く器官はないっぽい。
まったく普通のお尻である。
「……おい? きーてんのか?」
目を閉じていた蜘蛛子は、はっと――目を開いた。
アレイダのときには、ぎゃあぎゃあ騒いでいたが、こいつの場合には、このくらいの強さでもちょうどよいようで――。
なんか、うっとりと目を閉じている。
「はっ。うっかり。おもわず。」
「おまえの名前だ。……なんて呼べばいい?」
「すけるてぃあ。」
「それは名前と違うんだよなー」
いわゆる種族名というやつだ。俺の聞いているのは個体名というやつで……。
「スケ……。は。なまえ。ない。」
「名前がないのか。……じゃあ、その、スケってやつでいいか」
「かわいそうよ! もっとちゃんとつけてあげ――」
アレイダが騒いでいる。
「だまれカクさん」
「は? ……なに? カクさん?」
「おまえ。まえにカークツルスとか言ってただろ。だからカクさんだ」
「いえ、それは部族名で……」
「こいつのも種族名だから、似たようなもんだな」
「そんな、いいかげんな……」
「とにかく、こいつの名前はスケだ。それで決まりだ。俺が決めた。俺がルールだ」
「そんな横暴な……」
「スケ……。は。うれしい。なまえ。もらた。はじめて。」
うつ伏せた蜘蛛子は、俺にごしごしと背中を洗われながら、にいっと口許を歪めた。
ああ。うん。
笑顔はあんまり上手くないな。これから覚えないとな。
肉食獣の舌なめずりに見えたぞ。いまそれ。
「よーし、ひっくりかえすぞー。こんどは前なー」
ひっくり返して、こんどは前を洗ってやった。
今日のご主人様は、いっぱい、働いた。
【後書き】
スケさんカクさんがお供になりました。でもまだしばらく諸国漫遊には出ません。
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