第014話 盗賊娘にサイフをすられる 「ころせる。ころせない。」

 アレイダが冒険者として、一人前になったとは言いがたいものの――。

 まあ目鼻がついてきて、いちおうは「戦士」って名乗ってもいいぐらいの感じになっていた。


 その日、俺とアレイダは、街へと買いだしに出ていた。


 アレイダのやつが、「そんなにたくさん一人で持てない!」とか、ぶーたれているので、俺は、おもに荷物持ちの役目で、ついてきてやっていた。


 しかし……。

 おまえ「筋力」いくつだ?

 牛一頭ぐらいは、もう、かついで走れるんじゃないのか?

 必要か? ……荷物持ち?


 野菜を買う。肉を買う。果物を買う。パンを買う。

 さまざまな物を買って行く。

 モーリンのリストは完璧で――。上から順に買っていけば、街中を最短距離で一筆書きでナビゲートされる作りになっている。


 それはいいのだが……。


 主人である俺に半分は持たせて、こいつは、ぴょんぴょん跳ねるみたいに上機嫌で歩いている。


「オリオン……、ご主人さま? なんだか……、デートしてるみたい……ですよね?」

「はあァ?」


 俺はヤクザみたいな声で聞き返した。

 頭。涌いてんじゃねえのか。

 どう見たって、荷物持ちさせられて、不機嫌きわまりない男だろうが。


 だいたいもし仮に万が一、〝デート〟だったとしても――荷物持ちってのは、罰ゲームの一種にしか思えない。


「ああ――あの果物。知ってますか? ちょっと酸っぱいけど、とっても、おいしいんです」

「幾つか買っていっても、よろしいですか? 二、三個くらい? モーリンさんのリストにはないですけど」

「ああ。好きにしろ」


 俺は言った。

 こいつ――。こういうときだけ、敬語なんだよな。


 しかし――。

 また荷物が増えるのか。

 そして金を出すのは俺か。


 まあ奴隷と一緒に買い物に出ていて、払いを持たない主人もいないとは思うが……。


「すいませーん。三つ――いえ、五つください」


 二、三個じゃなかったのかよ。

 盛ってるし。


 まあどうでもいいが。


 俺はサイフを探した。

 ゴールドを入れてある革袋……。革袋……。

 あれ? おかしいな?


「125Gになります」

「ああ。ちょっと待ってくれ」


 俺はサイフを探していた。

 持っていた荷物をすべて地面におろして、本格的に探しはじめる。


「……落としたの?」

「まさか」


 たしか、前に金を払ったときには、ゴールド袋は、腰に下がっていたから――。


「……落としたんじゃない」


 こいつ。

 こういう時だけ、敬語じゃないのな。


「そんな間抜けなことをするか。……俺を誰だと思っている」


 しかし、サイフは出てこない。


「……落としたんだ。ほーら」


 ほーら、じゃねえ。

 勝ち誇ってんじゃねえ。犯すぞ。


「すまないな。その果物は――」


 ずーっと待ってる店員に、俺がそう言いかけると――。


「わたしが払います。――はい。125G」


 アレイダが、自分のサイフを出して、さっさと払ってしまった。

 ご主人様の面子を丸つぶれにしてくれた女奴隷は、さらに、あろうことか――。


「サイフを落とした間抜けなご主人様。――残りの買い物は、どうしましょうか?」


 にっこりと微笑んで、俺に、そう聞いてきやがった。


「……探しに行く」


「落ちたサイフ探しに行くの? ――だっさ」


「ちがう」


 サイフを落としたのでなかったら、考えられる結論は、ひとつ――。


 盗まれたのだ。


 しかし、前回、支払いをした店から、ここまでのルートのあいだに――。俺の間合いに入ってきた者はアレイダだけだった。

 数メートル以内には、他に誰も入ってきていない。


 アレイダが盗んだはずはないので――もし盗んでいたら、それこそお仕置きだ。テラオカス


 よって、俺のサイフを盗み取った者が、途中のどこかにいるはずだ。

 しかもそいつは、俺に近づくことなく、すくなくとも、数メートル以上は離れたところから、サイフを持ち去っていったわけだ。


 しかし――。どうやって?


「たしか、このあたりだったな……?」


 俺は立ち止まった。


 ルートのあいだで、妙な気配を感じた場所だ。

 思えば、あのときにサイフをやられたのかもしれない。


 気配自体は、覚えている。

 もしまだ近くにいるようなら、探れるはずだ。


 俺は目を閉じた。

 感覚を研ぎ澄まし、周囲の気配に神経を向ける。

 俺がいま発動させているのは、ごく普通の《敵感知》のスキルであるが――。

 普通に使うのではなく、ちょっと違う使いかたをする。


 五感の一つ一つを《サクリファイス》――。

 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、そして味覚――すべてを一時的に消失させる。

 そうすることで《敵関知》のスキルは、飛躍的に効果を増して――。


 ――いた。見つけた。


 こそ泥め。

 元勇者のサイフをすりとって、逃げられると思うなよ?

 俺は獰猛な笑みを浮かべた。


    ◇


「もう逃げられないぞ」


 盗人を、路地の奥へと、追い詰めた。


 そいつは――。

 ぼろのマントですっぽりと身を覆い尽くしていた。

 中身が大人なのか子供なのかさえ、よくわからない。


 体格からいうと、子供か、それとも老人か――。かなり小柄なほうだった。


 だが、深いフードの内側からのぞく目は、爛々と野生生物のように輝いていて――。

 うっかり近づいたら、食い殺されてしまいそうだった。


「……怖い目ね。食い殺されちゃいそう」


 アレイダが俺の考えていることと、まったく同じことを言うものだから――。

 俺は苦笑した。


「おまえもあんな目をして、木檻の中から、にらんできていたぞ」

「うそっ!?」

「だから買ってやったんだがな」

「じゃ、じゃあ……、よかったのかしら?」


 俺は一歩近づいた。


「かえさない。」


 そういう目をしている、そいつが――俺はすこし気に入っていた。


「これは。すけるてぃあの。もの。」


 一語、一語、区切るように、まるで喋ることに慣れていないかのように、そいつはカタコトで、そう言った。

 女の声だな。しかも若い。


「いや。それは俺のサイフだろ。おまえのものじゃない。だから返せ」

「すけるてぃあは。かえさない。」

「あと、おまえの名前は聞いてない」


「すけるてぃあは――」

「だから。きーてない」


「………」


 そいつは黙りこんでしまった。


 ところで……。

 なんだか気のせいか、フードの中に覗く目が、六つとか八つとかあるような気がしているんだが……?

 その、ぜんぶの目が、睨んできているような?


「なに道化の掛け合いやってるんだか」


 アレイダはため息とともに、そう言った。


「そこは〝漫才〟と言うべきだな」

「なにそれ?」


 アレイダはわからない、という顔をする。まあ異世界人に「漫才」は通じないか。モーリンだと通じたりしそうだがな。


「盗人と問答なんて、するだけ無駄よ。――やっつけちゃいましょう」


 このあいだのことで自信をつけたか、アレイダは一歩前に出る。


「むり。すけ……は、ころせない。」


 名前を全部言うと、俺にまた突っこまれると思ったのか。省略してきた。

 よしこいつの名前はスケさんだ。もう決まりだな。


「おまえ。ころせる。」


 アレイダを指差して、そいつは、そう言う。

 そしてつぎに俺を指差して――。


「……ころせない。」


 そう言った。

 まあそうだな。


 相手の強さくらい計れなければ、元勇者は名乗れない。


 アレイダを「ころせる」というのは、おそらく「事実」。

 俺を「ころせない」というのは、これは――100パーセント確実な「現実」。


「ころせない。だから……。スケは。にげる。」


 そいつは、片手を上にあげた。

 なにをするのかと思ったら――。


 手のひらの付け根。手首のあたりから、なにかが――びゅっと出た。


 手の付け値から出たのは、粘性のある液体のようだった。

 手首から出てきた蜘蛛の糸のようなものは、建物の上のほうに、狙い違わず命中した。

 すぐに固まり、離れなくなる。


 少女の体は、するすると上がっていった。


「えっ! うそおっ!? ――ちょっと待ちなさーい! 逃げるなーっ!?」


 アレイダが叫ぶ。


 だが少女はもう屋根の高さだ。

 また別の糸を発射して、他の建物に飛び移っていってしまった。

 逃げ足は速かった。


 ああ。なるほど。

 あの手首から飛び出す糸で、俺のサイフをすりとっていったわけか。

 なるほど。離れたところからでも、盗めるわけだな。


 納得だった。





【後書き】

新ヒロイン。盗賊娘。蜘蛛子登場です。

おしおきタイムは、次回です。

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