第012話 奴隷娘を戦士でパワーレベリング 「武器ぐらい買ってください……」

 さあ。冒険者になった。

 職業は「戦士」にした。


 冒険、開始だ。


 昨日のダンジョンに行って、一階から攻略を開始した。

 いや……、正確に言うと、攻略しようとした。

 最初でいきなりつまずいた。


「こんな武器で……」


 入口を降りたばかりのところで、まだ何メートルも行かないうちに、アレイダはぐずって動かなくなってしまった。


 〝武器〟を手に、なにかぶつぶつと文句を言っている。


「モップは嫌いか? デッキブラシのほうがよかったか?」

「そういうことじゃなくて!」


 〝モップ〟を構えて、アレイダは言う。

 デッキブラシは嫌いなようだったので、気を利かせてモップのほうにしてやったのだが……?


「武器ぐらい……、買ってください……、買いなさいよ! ケチ!」

「どっちなんだ?」


 俺が聞いたのは、敬語なのか呼び捨てなのか、どちらなのかという意味だが。


「買ってください……」


 アレイダは敬語のほうで言い直してきた。


「武器か? そんなもん拾えば済むだろう」

「自分はいいの持ってるくせに!」


 俺の腰に下がった漆黒のロングソードを示して、アレイダは言う。


「俺のもこれは、全部拾ったものだ。この迷宮で出るものばかりだぞ?」

「え? うそ? ほんと?」

「だからどっちなんだよ」


 俺は笑いながら、また聞いた。


「……本当ですか?」


 俺はうなずく。


 本当もなにも――。俺だって、このあいだ、モーリンに、この迷宮に連れてこられたわけだ。


 Lv1からのスタートだ。

 武器はなし。防具もなし。


 俺の場合にはモップさえなかった。武器がなくてどうやってモンスターを倒すのかというと、もちろん、素手で――だ。


 防具のほうは、街の人間の、普通の普段着からのスタートだった。

 いまアレイダの着ているメイド服のほうが、いささか防御力が高いんじゃないかと思えるほどだ。


「さあ。四の五の言ってないで、はじめるぞ……」

「あ、あの……、私はべつにね? 不当な文句を言っているわけではなくてね? ダンジョンに挑むなら、それなりの装備っていうものがあるっていうことを……、いわば常識的なことを――」


 俺はため息をついた。

 これでも充分〝やさしく〟やってあげているのだが……。


 言っておくが、〝モーリン式〟は、こんなもんじゃない。

 前々世において――俺がいったい、どんな〝しごき〟を受けていたと……。

 思いだしてしまうと、幼児退行してしまいそうだったので――。俺は記憶の蓋にしっかりと鍵をかけた。


「やるのか? やらないのか? やらないのなら――帰れ」


 アレイダには冷たく言う。


 だいたい、解放してやるって言っているのだ。

 もう冒険者ギルドで登録もしたから、ギルドの一員であり、人権も得ているわけだ。

 奴隷として売られる心配は、当面、ない。

 しかるべき準備を整えたうえで、ダンジョンに挑み、ちまちまとレベルアップしてゆくというなら、それもいいだろう。


 それなのに、金返すだの、返せないから抱いてだの、色々メンドウクサイことを言ってきたのは、こいつのほうだ。


「わ……、わかったわよ。や、やるわよ……。やればいいんでしょう?」

「だから、やりたくないのなら、帰っても――」

「や、やります! やります! うわーい! がんばるわー!」


 妙にハイテンションとなったアレイダとともに、俺はダンジョンの攻略を開始した。


    ◇


 しばらくすると、防具が手に入った。


「あ、あの……、こ、これ……、ち、ちょっと、はずかしいんだけど……」

「ほら言った通りだろう。防具が手に入った」

「い、いや……、そ、そうだけど……、これ、ちょっと短すぎない?」


 念願の〝装備〟が手に入ったというのに、アレイダのやつは不満そうだ。

 ドロップした鎧は、スケイル状の小片を繋ぎ合わせた金属鎧で、ワンピース型。

 メイド服を脱いでそれを着こむと、超ミニスカ状態となってしまった。


「剣を振ってみろ」

「こ、こう?」


 武器のほうも手に入っていた。――単なる剣だが。鉄でさえない青銅の剣。

 まあこんな初心者ダンジョンの一階をうろちょろしているモンスターのドロップ品としては、それでも幸運なほうなのだが。


「はっ! はっ、はっ! はあっ!」


 アレイダは掛け声ごとに、前へと踏みこんで、剣を振る。

 脚を大きく開いて動かすたびに、白い下着がチラチラと見え隠れする。


「うん。いいんじゃないか」


 俺は、言った。


「あ、あの……、見えて……、なかった?」

「いいと思うぞ」


 だからいいと言った。

 うん。いいぞいいぞー。


「……見えていたでしょ?」


 アレイダは、じっとりとした視線を俺に向けてきた。


    ◇


「死ぬ……、死んじゃう……」


 ひとつの戦闘が終わった。


 アレイダは、まだ生きていた。

 ただし、だいぶ傷ついて、地面の上でのたうっている。


「じゃあ回復してやるか」


 俺は回復魔法を唱えた。

 俺の職業は〝勇者〟なので――。あらゆる武器防具を装備できるうえに、だいたいの魔法も使うことができる。

 魔法方面は、本職のマジックユーザーほどの威力はないものの、攻撃魔法と回復魔法、補助魔法など、だいたい一通りのスペルは持っている。


 死にかけの低レベル戦士を全回復をさせて、HPを満タンにするぐらいは、簡単なことだった。


 そういや、俺も、つい1日か2日前までは、低レベルだったな。

 こちらに召喚されたばかりのときには、Lv1だった。


 いまって、俺、Lvいくつなんだろう?

 まあ。どうでもいいか。

 ソロでこのダンジョンを最下層までクリアできることは実証済みだ。


 回復魔法が効いてくると、アレイダの傷は、みるみる治っていった。


 仰向けに姿勢を変えて、アレイダは荒い呼吸をしている。

 鱗鎧スケイルメイルの胸が苦しげに上下する。上を向いたせいで厚みの減った乳房が、谷間に浮かぶ汗とともに、上下している。


「どうして……、手伝って……、くれないんですかぁ……」


「手伝ったらおまえの修行にならんだろう」


 このあたりのモンスターだと、一撃で倒してしまうどころか、一度剣を振ったら、一ダースぐらいずつ数が減ってしまうだろう。


 昨日だか、一昨日くらいだかの、俺が金策で挑戦していた頃であれば、共闘してやってもよかったのだろうが……。

 いまではLvが違いすぎる。


 だから俺は、自分では一切戦わず、アレイダだけを戦わせていた。

 つまり〝パワーレベリング〟に徹しているわけだ。


「さっきのは……、危なかったわ……」


 ようやく地べたから身を起こして、アレイダが言う。


 まったく。この女は文句ばかりだな。


 やれ武器がないの防具がないの。モップはいやだの。ぱんつが見えるの。


 うん。ぱんつは大歓迎だが。

 戦闘中、ヒマして待っている間の、目の保養になって、大変によい。


 そして武器も防具もドロップして、装備が足りてきたら、こんどは死にそうだの、もう死ぬだの。

 まったく。文句ばかりだ。


 これでも戦闘後に全回復させてやっている。大サービスだ。

 ちなみに、俺のときの〝モーリン式〟は、もっとひどかった。

 俺が〝勇者〟で回復可能なものだから、回復も自前だ。本当にモーリンは〝付き添って〟いるだけ。

 まあ。モーリンの前で無様な姿は見せたくなかったから……。「死ぬー」とか内心で思ってはいても、声にも顔にも出しはしなかったが。


 こいつはどうだ。

 寝転がって、死ぬ死ぬ騒いでいりゃ、楽だわなー。


「もう……、わたし……、死んじゃったら……、どうするのよ?」

「べつにどうもしないな」

「え?」


 アレイダは、目をぱちくり。驚いたように聞き返してくる。


「そうだな。死体をそこに残して帰ることになるかな」

「え?」

「運が良ければ、死体屋が間に合って回収されるかもしれない。運が悪ければ、モンスターの胃袋に収まって、それきりだ」


 死体屋、というのは、こうした低レベルダンジョンを巡回している職業だ。

 冒険者の死体があったら街に持ち帰り、蘇生させて、生き返ったその本人に対して〝料金〟を請求するのだ。

 もし金が払えなかったら装備品を剥ぐ。

 あまり好かれてはいないが、いちおう合法とされている商売である。


 さて、もし装備も金も持っていない死体が転がっていたら、死体屋はどうするか? もちろん、ほうっておくに決まっている。慈善事業じゃないからだ。


 他にもダンジョンで商売をしている連中といえば、ポーション屋なんかもいる。

 ダンジョンの奥で薬品が底をついたところに、絶妙なタイミングで現れて、足元を見た法外な値段で、体力回復のポーションなどを売りつけるのだ。


「え? ちょ? 見殺し……? あ、あの……、ちょっと?」


 アレイダはぎょっとした顔で、俺を見やる。


「奴隷から解放して、どこへなりと行かせるのと――。死体になったら置き去りにして引き上げるのと、俺にとっては、たいして変わらんと思わんか?」


 俺は、単に事実を告げる冷たい口調で、そう言った。


 アレイダの戦闘に介入していかないのは、いつでも助けてもらえると思っていたら、甘えが生じるからだし。

 死んだら捨ててくぞ、と言うのも、同じ理由だった。


 この手の教育方針でゆく場合、「こいつは本気でやる」と相手に思わせなかったら意味がない。

 もちろん、俺は本気でやるわけだし。本気でそう思っているし。

 「本気」を伝えるには、本当に本気になるのが、一番の方法だ。


「わかった……、わよ。……強くなってやるわよ」


 剣を杖がわりに地面について、アレイダは立ちあがった。

 木檻に入っていたときと同じ――いい眼でもって、俺を睨んできた。


    ◇


 その日。日付が変わらないうちに――。

 アレイダはダンジョン最下層までを制覇した。


 俺の数倍は時間がかかっていたが――。まあ及第点だな。

 アレイダの戦士レベルは13となっていた。


 ま。初心者向けダンジョンだし。こんなもんだろ。

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