2.奴隷娘を調教する

第008話 奴隷を持ってしまった 「暖かい毛布とか、柔らかい寝床とか、ひさしぶりです……」

 寝た。起きた。

 ちゅんちゅん。――という、スズメだかなんだかの、鳥の声を聞きながら、俺は目を覚ました。


 干し草の上のベッドに、身を起こして、ぼんやりとする。

 傍らにモーリンの体はなく、俺一人だ。


 昨日の朝と同じに、モーリンは食事の準備に取りかかっていて――。いいにおいが漂ってくる。


 ――と。それはいいのだが。


 俺は小屋の中を見回した。

 なにも異常は見つからなくて、つい、ほっとしかけた、その瞬間に――。

 小屋の隅の毛布の小山から、ちょろりとはみ出した、鎖の端っこが、見えてしまって――。

 げっそりとした顔になる。


 夢であったらいいなー、という気分が、すこしはあった。

 昨夜の出来事は夢ではなくて、現実だったのだと、諦めるまでに要した時間は――。まあ、多めに申告しても、二秒フラット。


 俺はベッドのシーツから抜け出すと、小屋の隅へと歩いていった。


 鎖の端を握って――。引っぱる。


「ひゃん!」


 案外と可愛い鳴き声とともに――。

 昨夜の奴隷娘が、ずるずると毛布のなかから引っぱりだされてくる。

 鎖の先は、娘の首輪に繋がっていた。


「あっ……! あわわっ! あわわわっ!」


 いきなり叩き起こされたせいか、娘は慌てふためいている。


 結局、こいつは、ついてきてしまったのだ。

 もう自由だから、どこへなりと行けばいいと、そう言ったのだが――。


「なに、ぐーすか寝てやがるんだ」


 俺は言ってやった。

 勝手についてくるだけに留まらず、小屋にまで入りこんで、朝まで熟睡とか。どんだけだ。


「あ……、あの、ごめんなさい……。暖かい毛布とか、柔らかい寝床とか、ひさしぶりだったもので……」


「柔らかい?」


 石の床の上で寝ていたはずだが――?

 見れば、すこしは藁が敷いてある。毛布も一枚ではなく、何枚か置かれている。


 ああ。まあ……。

 横になることもなれない檻の中に比べたら――。はるかにマシか。ぜんぜんマシか。熟睡しきるほどマシなわけか。

 ……まあそうだろうな。


「可哀想ですよ。マスター。奴隷暮らしで疲れているんですから」


 食事を運んできながら、モーリンが言う。

 毛布をくれてやったのも、モーリンか。

 俺は小屋に帰るなり、ふて寝を決めこんでしまったので、あとのことは知らなかった。


「あっ。あの私……、手伝えること、なにかあるでしょうか?」


 娘は立ちあがると、モーリンを手伝いはじめた。

 といっても、出来上がった料理を運んで並べるだけだが。


    ◇


 食事は、昨日と違って、三人分、用意されていた。


 俺の分。

 娘の分。

 そしてモーリン自身の分。


 昨日と違って、モーリンの分が用意されているのは――。娘への配慮だろう。


 俺と娘の分だけあって、自分の分がなかったら、この娘は、きっと食わない。

 食えと言ったって、食いやしない。

 きっとそうだ。絶対にそうだ。


 言って聞くような相手なら、いま、こんな事態になっていない。


「……すごい。こんなごちそう。……貴族みたい」


 単なるスクランブルエッグと、ベーコンと、焼きたてパンと、絞りたてミルクと果物というメニューに、娘は、目を丸くしていた。


 そのお腹が、ぐうううぅぅぅー、と、鳴り響く。

 娘は恥ずかしがって、恐縮していた。


「食わないのか?」

「え、えっと……」


 娘は、俺とモーリンの顔色をうかがっている。


 なんで食わないのか、不思議に思った。

 だが、考えたら、すぐにわかった。


 俺がコーヒーを飲んでいたからだった。

 俺が手を付けていないのに、奴隷の自分が食べるわけにはいかない。――と、そういうとこだろう。


 俺は、ちょっぴり、この娘が好きになった。

 愛の巣に飛びこんできたお邪魔虫、くらいに感じていたが。虫から格上げしてやってもいい。


「食っていいぞ」


 娘は食べはじめた。

 手づかみで食ってる。


 俺が、スプーンとフォークを使って食いはじめると、手で握りしめたベーコンを皿に戻して、ぎこちなく、フォークを握って、俺の真似をして食ってる。


 やべぇ。もうちょっと好きになってきた。


「たしかに……、王家の血筋とやらでは、なかったな」


 俺はそう言って、軽く笑った。


「お、王家……ではないですけど。族長の娘ではありました。……手っ、手ぇっ、手づかみなのはぁっ――、うちの部族の、さ、作法なんですっ」


 胸を反らして、ツンと澄ました顔になる。

 なるほど。育ちはいいらしい。


 日の光の下で見てみると、娘は、かなりの美貌を持っていることがわかった。

 ただ……、言っちゃ悪いが、顔も髪も汚れきっていて……。あと、木箱に長いこと閉じ込められていた生活のせいだろうか……。つまり、ニオイが……。


「……?」


 顔を横に傾けて、大きく口を開いて、卵とベーコンとパンをいっぱい載せたパンに、かぶりつこうとしていた娘は――。


 俺の表情に、まず気がついて――。それから、すんすんと鼻を鳴らして、自分の発する臭気に気がついて――。

 娘は、すすすーっと、1メートルばかり後ろに、自分から下がっていった。


「その……、ごめんなさい。でも……、これは仕方のないことで……」


 かしこまって恐縮している。

 さっきまでの強気ぶりとうってかわって、かわいらしくなってしまった。


「……これで、だいじょうぶですか?」


 距離のことを言っているのだろう。


「だいじょうぶじゃないが。気にするな。それより早く食え。今日は働いてもらう」

「さっきは出ていけって言われてましたけど」

「出ていってくれるなら、出ていってくれてかまわない。自由だって言ったろ。――だが、おまえはなんでか、出ていかないようだからな。だったら、食った飯のぶんは、働いてもらう」


 娘は、しばらく、ぽかんと口を半開きにしていたが――。

 俺の言った言葉の意味がわかったのか――。


「はい!」


 力強く、うなずいてきた。


「ふふっ……、マスターはお優しいですね」


 コーヒーのおかわりを注ぎながら、モーリンが笑っている。

 俺はぶすっとしていた。

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