第006話 家を持とう 「マスターが女の子をたくさん囲うための、大きな家が必要ですね」

 食事が終わって、モーリンの住む小屋に、帰ろうとしたところで――。


「そういえば。あの小屋なんだが」


 俺は思っていたことを、切り出した。


「はい」

「あそこに住んでいるのか?」

「ええ。……なにか問題が?」

「いや。特にはないが」


 干し草の上に、シーツを敷いただけのベッド。若干の簡素な家具。

 はじめは馬小屋かと思った。


「元は馬小屋だったものを借りています」


 やっぱりー。


「そういや、なんかのゲームで、馬小屋、0Gっていうのが、あったっけなー」

「マスターの言うことには、たまにわからない概念がまじりますね。――問い合わせますか?」

「いや。しなくていい」


 問い合わせるって、どこにだ? そういや前にもAmazonプライム会員の件で異世界ジョークに突っこみ入れてきてたな。あっちの世界にツテでもあって、誰かと念話でもできるのだろーか?


「冒険者の方々は馬小屋暮らしが多いですね」

「しかしおまえは有名な冒険者かなにかだろう。ロイヤルスイートルーム500Gでも、ぜんぜん、問題ないだろう」


「ロイヤル……ですか? それも問い合わせます?」

「いや。しなくていい」


 だからどこに問い合わせるんだっつーの。


「私だけであれば、馬小屋でまったく問題ないのですが……。たしかにマスターをお迎えするにあたって、少々、失礼があったかもしれません。その、~~……感があって、よいかと思ったのですが」

「なに感だって?」


 一部、ぼそぼそと小声だったので、聞き取れなかった。


「~~……感、でございます」


 きこえん。


「~~……感、です」


 きこえんわ。


「~~……感、で」


 だからきこえんっつーの。


「愛の巣感! で、ございます!!!」


 うわあ。聞こえた。ばっちり聞こえた。すげえ大きく聞こえた。

 鼓膜がかゆくなるくらい、よく聞こえた。


「でも。たしかに。すこし。手狭でございますね」

「いや。いいんじゃないか? ああ。うん。いいと思うよ。愛の巣。悪くない。悪くないヨー。いいヨ。いいヨー」


 俺としては、精一杯、上げて、持ちあげようとしたのだが――。


「いえ。やはり手狭でございました」


 モーリンは意固地になってしまった。こうなると誰にもどうにもならない。

 勇者でもマスターでも、どうにもならない。


「二人で手狭となるような住居では、マスターの〝器〟に対して、いささか、手狭でございます」

「器?」

「今後、マスターがなにをされるにしても、まず、仲間が必要となりましょう」

「仲間?」

「わたくしと二人だけでは、ろくに戦えませんよ?」

「いや賢者最強じゃん。おまえ魔法系のくせに、ガチ物理のそこらの将軍よか。固いじゃん。殴れるじゃん」

「いえ。勇者といえどもLv1では、ろくに戦えませんよ。いまのままラストダンジョンに行ったら一戦も持たず、平均余命は1分を切ると思いますけど」

「そりゃ、そんなとこ行けばそうだろうが」


 あー。行ったなー。ラストダンジョン。

 通ったなー。ラストダンジョン。

 魔王とやりあうまえの準備で、レベル上げ、やったなー。

 二度と行きたくねえが。


「しばらくは、のんびりと過ごす予定だ。仲間を集めるつもりは。いまのところ、ないな」

「そうですか」


 魔王はもういない。

 街を歩いたり、酒場で飲み食いして、人々の話にざっと聞き耳を立てていたが、話題は平和そのものだった。

 酒場では乱闘騒ぎが起きていたが、理由は、取るに足らないもので――なにかの、こちらの世界のスポーツかなにかのチームが、勝ったの負けたの、そんな程度の話題。

 五十年前は、魔王軍がどこまで攻めてきたとか。どこの街が滅んだとか。そんな話題が常だったわけだが……。

 そうした話題は、ぜんぜん、聞こえてこなかった。


 冒険者ギルドでも、クエストの内容は、隊商の護衛だとか、悪さをしているゴブリン退治だとか、素材系の依頼だとか、オークにさらわれている女騎士の救助だとか。

 そんな程度ばかりのようで……。まあ、平和そのものといえた。


 ソロ勇者Lv1でも充分すぎる内容だ。人類未到達Lvに立つ賢者が、「お守り」でついているなら、なおさらだ。


「仲間を作るご予定がなくても、屋敷と呼べる程度の住居は、きっと必要となりますね」

「なぜだ?」

「マスターはきっと、兼ねてからの夢を御実現させるはずですから」

「どんな?」


 俺は、心ここにあらず、といった感じで、モーリンに聞いた。

 ちょうど道ばたで花を売っている女の子の――いい形をした、お尻に目をやっていたからだ。

 胸も豊かなのだが……。どうしても脚と尻に目がいってしまうなぁ。

 うん。非常にいい形のお尻だ。まさに理想的だ。


「……もう自重されないようですので。マスターは」

「え?」


 俺はモーリンに顔を向けた。

 なんだって? なにを自重しないって?


「女の子をたくさん囲うための、大きな家が必要と思われます」

「え? なんの話?」

「自覚しておらず、指摘されてもわからないというのであれば、驚嘆の念を禁じ得ません」

「え? だからなに? なんなの?」


 俺は本当にわからずに、モーリンに聞きかえした。

 べつに怒っているようではないのだが……。(滅多なことでは彼女は怒らない)

 わかってます、というように、モーリンは俺に向かってうなずいた。


「さあ。屋敷を探しにまいりましょう」


 腕を取られて、俺は引っぱられていった。


    ◇


 モーリンに連れられていった先は、いわゆる「不動産屋」みたいな商売をやっている場所だった。

 長期滞在する旅人を相手に、宿屋の一室を紹介したり。あるいは、定住するための部屋や、一軒家や、俺たちが買おうとしている大きな屋敷や――あと、〝城〟まで取り扱っているようである。


「マスター。城にしておきますか?」


 モーリンは、ぱらぱらと、羊皮紙を綴じた〝カタログ〟をめくってゆきながら、なんの気なしにそんなことを言う。


「いや。いくらなんでも、城はいらんだろう」


 俺は言った。


「お客様。屋敷をお探しとのことで……。こちらの屋敷などは、いかがでしょう?」

「うん」


 小太りの商人が、揉み手をしながら、俺に物件を見せてくる。

 どうやら金持ちと思われているらしい。上客と見たのだろう。

 まあ、いきなりぶらりと店にきて、「屋敷を買いたいのだが」とか言う人間は、だいたい二通りだろう。


 頭がおかしいやつか、本物の金持ちかだ。


 俺たちは、どっちに分類されるんだろうな――とか、頭の片隅で、そんな、どうでもいいことを考えながら、俺は物件をいくつも見ていった。


「おお。これなんか。いいんじゃないのか」

「お客様。それに目を留めるとは、お目が高い」


 二階建てで、広さも手頃。部屋数も豊富。

 さっきモーリンが、〝女の子を囲う〟だとか、なんか魅力的な響きの言葉を口にしていたが――。そういうことになっても問題ない広さ。


 庭――というには、ちょっと大きすぎる自然がある、林付きの豪邸。

 俺が目を留めたところは、「井戸付き」の物件だったというところだ。


 庭園には井戸がある。これはプラスだ。

 水汲みが楽そうだ。


 この異世界には、電気、ガス、水道などは、もちろんない。


 電気のかわりは、油を燃やすランプだ。金持ちなら魔法の灯りとなる。

 ガスのかわりは薪。これも金持ちなら魔法動力の熱源を使うかもしれない。

 だが水だけは、蛇口をひねれば出てくるわけはなくて――川なり井戸なりから、汲んでこなければならない。


 まあモーリンくらいの大賢者ともなれば、水の精霊王でも喚びだして、空中に、無尽蔵に水を生じさせることもできるのだろうが――。

 たかが「風呂」をいれるために喚びだされたのでは、精霊王が泣いてしまう。


 そのうち「水道」の概念でも、広めようか?

 なんだっけ? こういうの? 内政チートとか、いうんだったっけ?

 現代人的な知識は多量に持っているから、概念だけでも、だいぶこの世界の役に立つはずだ。実際にどう水を引く道を作りあげるのかは、この世界の石工や建築家、専門家の人間に任せればいい。


 まあ。そのうちでいいか。なにも急ぐことはない。


「ここに決めた」


 そこの屋敷は、他よりも良い物件なのに、なぜかほかの半額程度というところも気に入った。


 俺は、ふっと、一人で笑った。


 つい。現代人的意識が出てきてしまう。

 安いものを探すことと、節約することとが、「いいこと」だという――。そんな「小市民的」な思考法だ。

 あちらの世界の習慣と思考が、べっとりと染みついてしまっている。


 べつに金に困っているわけではないのだ。

 ここは、ぽんと買ってしまえば――。


「ああ。そうですマスター。ひとつ言い忘れておりましたが……」

「ん?」


 モーリンが言う。俺は「支払ってくれ」と言おうと思って、ちょうどモーリンを呼ぼうとしていたところだった。


「お金。ありません」

「ん?」


「ですから。お金。ありません」

「うん?」


「もう。マスター。意味がわかりますか? それともこれは遊びの一種ですか?」

「うん? うん? うん? ……すまん。もういっぺん。言ってくれないか?」


 俺はモーリンに言った。

 どうも意味が頭に入ってこない。


「ですから。お金。ありません。マスターはわたくしのお金をアテにされていたようですけど。最近、馬小屋暮らしでしたので、多額の現金は必要なく。持ち合わせはこの程度ですね」


 金貨の袋が、どさっと、テーブルの上に置かれる。

 けっこうな額ではあるが、屋敷を買うには、ぜんぜん足りない。まったく足りない。


 どのくらい足りないのかというと……。


 まず、買おうとしている屋敷の値段は、100万Gほど。

 カタログにあるほかの屋敷は、どれも200万Gを超えているので、半額以下なわけだが……。


 それに対して――。

 モーリンがテーブルに置いた革袋は、中身全部がゴールド貨幣だとすると、ざっと見たところ、2000Gくらいあるようだ。


 これはどのくらいの金額かといえば……。鍛えた鋼の装備が、どれかひとつ買える程度だった。

 まえに勇者をやっていたとき――。憧れの「鋼の装備」は、騎士見習いの給料1ヶ月分、なんていう話を聞いたことがある。


 昔と物価が変わっていなければ、現代日本の〝円〟に換算して、2000Gは、20万円くらいとなるわけだ。


 ってことは、1Gの価値は、だいたい100円くらいってことになるのか。

 そういえば、さっきの店でも、二人で食事をして、払ったゴールドは十枚もなかった。


 その換算レートで、屋敷の値段を計算すると――。


「モーリン。ひゃくかける、ひゃくまんは?」

「1億です」


 つまり屋敷の価格は1億円ということだ。

 おや? 意外と安くね? 現代日本でこんな豪邸買ったら、1億じゃ済まなくね?


「あの~、お客様ぁ~……」


 ああ。ほら。

 商人の目が、これまでと変わってしまっていた。

 これまでは、「うおお上客きたぜい!」的な感じで、キラキラ――いや、ギラギラって感じだった。


 それが、なにか汚いものでも見るような目付きに変わっていて……。


 ああ。まあ。

 そうだなー。

 金がないのに豪邸を買うつもりでいるとかー。

 俺たちー。頭おかしい客のほうだったわー。


 1億万の家を買いに来た人間が、20万しか持ってねえ、とか言ってるのと同じだ。

 ちなみにこの世界には〝ローン〟なんてものはない。いつもニコニコ現金払いが、異世界の常識である。


「提案なんだが……。そこの金を手付金として、物件を待ってもらうっていうのは、どうかな?」


 俺は商人さんに同情した。そう提案してみる。


「ええ。待つのは構わないんですけどね? ……でも、いつまでの話で?」


 すっかり疑う目付きになって、商人は言う。

 まあ仕方ない。つまり俺は「これから1億円稼いでくるから待っててくれ」と言っているわけだ。どう考えたって、頭がおかしい。


 その頭のおかしい俺は、店主に対して、こう言った。


「明日まで」

「あ――あしたあぁ!?」

「あ。いや……」


 俺は窓の外を見た。まだ明るいし、日も高い。

 正午は回っていないだろう。


「モーリン。このあたりに手頃なダンジョンはあるか?」

「前の旅路のときに、最初に挑んだ洞窟は覚えていらっしゃいますか?」

「ああ。あれか。覚えてる」

「近くにございます。往復1時間といったところでしょうか」

「そうか」


 俺は商人に顔を戻した。


「じゃあ。今夜までで」

「こ、今夜あぁ!?」


 商人はまた奇声をあげる。

 いちいちうるさい。


「約束の時間をもし過ぎたら、その金は貰ってくれてかまわない」

「え? え? ……本当に? よいのですか?」


「そのかわり。今夜は、ちょっと遅くまで店を開けていてもらうことになるかもしれないが」

「え……、ええ……、まあ……、そ、そのくらいは……、か、かまいませんが……」


 商人は、懐から出した手ぬぐいで、しきりに汗を拭いている。

 だらだらと、油が絞れそうなほどに汗をかいている。


    ◇


 俺は家を買うことにした。


 家を買うための金を稼ぐ必要があって、ダンジョンに行くことにした。

 5階層目までは金にならんので、さくっと飛ばして、6階層目あたりから開始することにした。ダンジョンを練り歩き、出会ったモンスターをことごとく倒し、全10階層まで降りて行った。


 スタート時点では、素手だったが――。

 倒してドロップする武器防具を、拾うたびに、交換していって――。

 武器防具もだいたい揃った。


 そのあいだに、Lvがたくさん上がっていたが――。

 今回の目的はゴールドにあるので、そこは、どうでもいい部分だった。前回みたいに、魔王を倒す旅路なわけでもなし。

 Lvなんて、どうでもいい。


 商人への約束は、24時だったが――。

 だいぶ早く、日が暮れた直後くらいには、戻ることができた。


 100万ゴールドを揃えた俺に、商人はびっくりした顔をしていた。

 俺自身も、夜中になるだろうと思っていたから、すこしは驚いていたが――すくなくとも、その100万倍くらい、商人のほうは驚いていた。


 俺たちは、家を買った。

 権利書を一枚と、屋敷の鍵束を受け取り――。


「ど、どうぞおぉぉーー、ごひいきにぃ~~ィ!」


 引き攣った声に送られて、俺たちは、商人の店を出た。

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