第004話 冒険者ギルドで登録 「こ、こんなステータス見たことないです……!?」
モーリンとともに大通りを歩いて、まず最初に訪れたのは――。
冒険者ギルドだった。
「へー。大きなもんなんだな」
大通りに面したところにある、かなり、大きな建物だった。
石と木で出来た建物が多いこの世界で、なんと、三階建て。外から見た限りでも、内側にいくつかの施設があるのだろうとわかる。
一階の窓辺からちょっと覗けたところでは、飲み食いできる場所もあるようだ。
「ビルだな」
「マスターの時代から、五十年経っていますから」
「おま。いくつなんだよ?」
「ふふっ。女性の歳を聞くことも考えることも、マナー違反ですよ」
俺たちは、ギルドの正面入口から入っていった。
ずらりと受付カウンターが並ぶ。受付嬢が、何人も、冒険者らしき身なりの連中と話をしている。
俺は空いている窓口のうち、いちばん綺麗な娘のところに、直行した。
「ご用件は――?」
美人なのに鼻にかけない、明るい声で、その娘は言う。
「君の名前は?」
「はい? ……エリザですけどー?」
胸のプレートを示しながら、彼女は言う。
すまんが。読めない。
前の勇者時代の記憶は、夢の断片のつぎはぎになっているということもあるのだが……。
たぶん、前の時のその俺も、字が読めない。
義務教育なんて存在しない、この異世界では――字が読めるというのは、かなり学のあることになる。
字が読める、というだけで、食うに困らないぐらいなのだ。
自重しないことに決めていた俺は、一番最初に目に入ったこの子と、とりあえず仲良くなっておこうと思ったのだが……。
「この人のギルド登録を頼みたいのですが」
「いて。いてて……。痛い。痛いよ。モーリンさん?」
俺のかわりに、モーリンが言う。俺は尻のあたりを、彼女の手で、ぎゅーっと、つねられていた。
べつに口説こうと思ったわけじゃないんだが。
念願叶って、異世界に戻ることができた俺は、誰にでもハグをして、愛しているよー! と、告げたい気分であるというだけで――。
痛い。痛いって。マジ痛い。
そんな俺たちを見て、女の子――エリザは、くすくすと笑っていた。
「それでは、こちらの書類にご記入を。――あと、身元を保証するものは、なにかお持ちですか? なければ準ギルド員からとなりますが」
「身元のほうが私が保証します」
モーリンが言う。
エリザは困ったような顔になって――。
「あ。ええと……、そゆことじゃなくて、ですねー? ほかのギルドの書類ですとか。あと王国関係の推薦状だとか。そういうもののことなんですけど……」
困ったような笑顔を浮かべるエリザは、モーリンの顔を、じーっと見て……。
そして、はっ、と、顔色を変えた。
「え!? モーリン様? え? モーリンって……、そういえばさっき呼んでいて……。え? え? え? ええっ?」
エリザは目をぱちくり。何度もまばたきを繰り返す。
モーリンは、人差し指を一本立てて、口許へと持っていった。
しーっ、と、やる。
「いまは公人ではなく私人として来ています。この方の身元は、私が保証します。――足りますね?」
モーリンはエリザにそう言った。きっと冒険者ギルドの名士かなにかなのだろう。
「も、も、も――もちろんです! し、し、し、失礼しました! そ、そ、そ、そのような格好をしていらっしゃったので――! てっきり、この方の従者の方だと――!」
「従者ですよ」
「え? ええーっ!? で、伝説のモーリン様が従者って……? え、ええーっ?」
エリザの声はまた大きくなってゆく。
そしてまた、しーっ、と、やられる。
モーリンは名士程度じゃなくて、伝説級の存在らしかった。
「あ、あのあのえっと――、えっと、その――」
エリザは半ベソで思考もまとまらない様子。
がんばれエリザ。
普段はきっとデキる娘なんだろうけど、メイド長に叱られる新米メイドみたいに、ぐずぐずになってしまっている。
「み、身分証明は、充分ですっ。ぜんぜん足りてますっ。――じ、じゃあ、つ、次はっ、べ、別室でっ、能力検査をしていただくのですけどっ――! あああ! もちろん! モーリン様の紹介なら、それもパスです! ももも、問題ありません!」
エリザは、テンパっちゃっている。
「いや。そこは計ろう」
この世界には、Lv(レベル)とステータスとが存在している。
勇者人生を過ごしていたときには、あたりまえで普通のことだった。疑問を覚えたことはなかった。
だが異世界でブラックバイトとブラック企業にすり減らされる現代人をやっていたときには、なんか変じゃねーか? どーゆー仕組みになってんだ? ――なんて思ったりもしたものだが。
あるんだから、まあ、しかたがない。
「で、ではっ――こちらの別室でっ!」
◇
別室に通された。
魔法の道具がいくつか置かれた部屋にくる。
「これに手を触れてください」
水晶球みたいなものが填めこまれた器具を示して、エリザが言う。
俺は手をかざした。
昔は、こんなもんなかったような気もする。例によって定かではないが――。
異世界も五十年も経ってると、便利になってるもんだな。
鑑定魔法もなしに鑑定することができるとは……。
機械に魔法動力が入る。機械の各部のリングだのなんだのが連動して動いて、空中に数字が現れる。
「Lv……は、1、ですね。……え? 1? モーリン様のご紹介で……?」
嘘? ――とかいう顔を、俺に向けてくる。
俺はモーリンと顔を見合わせてから、エリザには、うなずいて返した。
転生したばかりなんだから。そりゃ。Lvは1だろうさ。
「ええと、それで、
あー。
やっぱり、そうなるよなー。
俺は、モーリンと顔を見合わせた。
「エリザ――。ちょっとこちらを向いてくれますか?」
「は、はい。モーリン様」
モーリンが言う。エリザが顔を向ける。
視線が重なった途端――。モーリンの目が妖しく輝く。エリザの瞳にその輝きが移ってゆくと――。
「あー、はい、
「なにをしたんだ?」
「ちょっと認識に干渉しただけですよ。そんな
「そうか」
それならいい。洗脳とかでもしたのかと思った。
「ええと、そうしまして……、ステータスは……、えっ?」
認識を改変されて、
「こんどはなんなんだ?」
「いえ……、あの……?」
と、彼女はおそるおそる、俺の顔を見やる。
「これ……、高すぎ……、じゃ、ないですか?」
「いや。普通だろう」
俺は言った。どのくらいの数値が出ているのか知らないが。〝勇者〟という
Lv1でも強いのが勇者だ。
たとえLv1であろうと、スライムごときにやられているようでは、勇者は務まらない。
「こ、こんなステータス……、みたことないです……」
彼女は言う。
ギルドの受付嬢を何年か――あるいは長命種族のハーフだとしても十数年か、やってきた彼女の人生のなかにおいては、という意味でなら同意する。
だが世の中には、まだまだ
たとえばそこの――。
と、俺は後ろを振り向いた。
いつも変わらぬクール極まりない無表情で、モーリンが俺を見る。「なにか?」という顔をする。
あのモーリンのステータスなんか、計測してみろ。
ここの機械だと、たぶん、ぶっ壊れる。
俺なんか、まだ――計測できるだけ、まともというものだ。まあLv1だしな。
「ス、ステータス的には……、も、もんだい……、ないりぇふ……」
エリザは、ようようのことで、そう言った。
噛んでる。
でも気づいてない。
「低すぎる場合には……、ギルドの加盟をお断りすることもあるのですが……、高すぎる場合の規定は……、えっと……、ないはず……ですので」
だろうな。
◇
適性資格的なものは、パスしたみたいなので――。
俺たちは、また受け付けに戻った。
あとは簡単な書類に、必要事項を記入するだけだった。
……のだが。
「書けん」
書類を前にして、俺は固まっていた。
そりゃ。字が読めないのだから、書けるはずもないわな。
「代筆してもらっても、かまわないのか?」
「ええ。もちろんかまいません」
「そうか」
顎でうながして、モーリンに書かせる。
「うふふ……。お母さんみたいですねー」
エリザがそんなことを言った瞬間――。
ばりっ、と、音がした。
見れば書類が破れてしまっている。モーリンの持つペンの先が、カウンターテーブルに穴を穿っている。
「すいません。もう一枚、頂けますか」
モーリンが言う。
「ごごご――ごめんなさいごめんなさい! ごめんなさいっ! た、たいへんよくお、お似合いだと思いますぅ! こ、恋人みたいですねっ! ――ですよねっ!」
必死なエリザに、必死な形相で聞かれ、俺は思わずうなずいていた。
――いや。うなずかされていた。
モーリンはそこから機嫌よくなって――残りの書類を書き上げた。
最後に、二つ、残った欄があって――。
そこを俺にたずねてくる。
「お名前は、どうしますか?」
「ああ。そうだな……」
モーリンが言うのは、どちらの名前を使うかという意味だ。
俺には二つの名前がある。
一つ前の前世における現代人としての俺。
二つ前の前世における勇者だった俺。
一つ前の名前を使うのは論外だし。
かといって、勇者時代の名前を使うのもアレだろう。
俺は小声で、モーリンに聞いてみた。
(あの名前は、ここではいま有名なのか?)
(みんな一度はあの名前を名乗りますよ)
(どういう意味だ?)
(子供が。ごっこ遊びのときに)
(ああ)
俺は理解した。
子供が「勇者ごっこ」をするときに、「ぼく勇者○○ーっ!」と名乗りをあげるという意味だ。
やっべぇ。そんなに有名だったか。
(まあ……。魔王を倒して世界を救いましたし。そして死んできましたし)
(強かったんだよ。魔王。なんとか相打ちに持ちこんだんだ。むしろ褒めろ)
(民衆にとっては最良の結果でしたよ)
(勇者が死ぬのが?)
(ええ。生き長らえて、権力を握って圧政を敷いたり、老いさらばえて醜態さらしたりする元勇者も多いですから。栄光が美化されるという点では、最高の結末ですね)
(………)
そうなのか。
勇者業……。つらいねー……。
魔王を倒してこい。そして死んでこい。ってか。
まあ。俺はもう勇者じゃないから。関係ないのだが。
「あの……、お名前のところで止まってますけど? ……なにかお困りのことが?」
エリザが怪訝そうな声で聞く。
そりゃそうだ。
自分の名前で悩むやつは、そう多くはないだろう。
だが俺にとっては難問だった。
「お名前は、どうします?」
モーリンが聞く。
「ちょっと待て。いまそれっぽいのを考えてる」
「はい? ……考える?」
エリザが首を傾げている。モーリンは、くすくすと笑っている。
モーリンのレア笑顔げーっと。……じゃなくて、考えろ、考えろ、考えろ、俺。
「……オリオン」
考えて、出てきたのは――俺がRPGをやるときに、決まって主人公に付けていた名前。
しょうがないだろ。んな。何秒で思いつくかっつーの。
「では、名前は、オリオンで……」
モーリンが羽ペンでさらさらと書きこむ。
あーあ。もう決まっちゃった。……いまさら変えられないよね?
ま。いっか。
「……あと、年齢は、いかがします?」
「年齢?」
「あのう……、なにかお困りですか?」
エリザが、怪訝そうに、俺とモーリンの顔を見比べている。
そりゃそうだ。自分の年齢で悩むやつは、そう多くはないだろう。
だが俺にとっては難問だ。
二つ前の人生の年齢と、一つ前の人生の年齢とを、足し合わせるべきだろうか?
いやいやいや。ありえない。足し算したら、オッサン通り越して、おじいちゃんの歳になってしまう。
モーリンの耳に口を近づけて、小声で――聞く。
(俺って、いま、何歳くらいなんだ?)
この世界に転生して、まだ鏡を見ていない。自分の顔もわかっていない。歳がいくつか
(その肉体の年齢ですか? 17歳くらいだと思われますけど)
(そうか)
(精力旺盛でヤリたい盛りですね)
(それは余計だ)
(昨夜のマスターはまるでケダモノでした)
(それはいいが)
エリザに向く。
「17歳だっ」
俺はそう言った。ちょっとドヤ顔になっていたかもしれない。
「えっ? 年下? ――やだちょっと意外」
エリザは妙なコメントを口走っていた――が、あわてて顔を赤らめる。
「それでは。こちらが冒険者カードになります。なくさないでくださいね。偽造はできませんし本人以外使えませんので悪用される心配はありませんが、再発行されるまで、ギルドによる特典や便宜や保護が受けられなくなります」
「つまり人権がないという意味です」
モーリンが補足する。
うっわ。異世界。こええ。
さて……。
これで俺たちの用は済んだわけだ。
ギルド証――冒険者カードは手に入れた。
これで「身分」とやらが保証される。
「各種施設や、ギルドの特典のガイダンスをいたしましょうか?」
「ああ。まあそのうちにな」
「では、すぐにクエストをご紹介しましょうか?」
「いや。まあ今日はいいや」
「……?」
エリザがあれこれ言ってくる。ホールの出口に向かう俺たちを、しきりに、引き留めようとしている。
綺麗な女の子が、魅力全開、笑顔全開、華も全開で、好意を隠さず、すがってくるのは、正直、悪くない気分なのだが――。
俺の用は済んでしまった。
しかし向こうには用があるのだろう。
俺はギルド的には有望な新人となるのだろう。「勇者」のところはゴマかしているが、ステータス的には、麒麟児というやつだ。
「まあ。おいおい頼むよ。しばらくはこの街にいるつもりだし」
「ええー、でもっ……」
ついに、手を握られてしまう。
どうしたらこの手を離してもらえるだろうか。
「何度も来るよ。説明してもらいに。――そうすりゃ。君に何度も逢える」
「はい! 待ってます!」
ようやく離してもらえた。すこしキザな台詞が必要だった。
ギルドホールの入口で、手を振って見送られた。
エリザは恋する乙女みたいな顔で、ずっと手を振り続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます