第1章:再来

 ディアストス王国。

 王都を含む9つの区域に分かれている、大陸全土を領土とした大規模な国である。この国の最大の特徴は“魔術”と呼ばれる技術が存在し、国の発展に大きく貢献しているという点である。

 だが、魔術を扱うには素質が必要であり、誰しもが扱える技術ではない。万物が宿している“マナ”と呼ばれるエネルギー、その流れを操ることのできる人間こそが、魔術を扱えるのである。

 魔術を扱うことのできる人間は、技術者として国の経済を支えていくこととなる。そして、一般民は基本的にそれ以外の仕事をすることで国に貢献している。

 しかし、魔術によって発生するマナに引き寄せられて、“魔獣”と呼ばれる怪物がやってくることも多い。それにより、防衛手段を持たない人間は命を落とすことが多い。


 事態を重く見た国王は“騎士団”という組織を組み上げる。この組織は、魔術を扱える人間や戦闘に長けた人間のみで構成され、国のために戦うことを義務付けられる。そして“騎士団”はこの国を守るため、瞬く間に脅威を討伐していくこととなる。

 これにより、魔獣による被害は激減し、民も安寧の日々を送ることができている。

 その後、騎士団の中から実力のあるものを8人選び“騎士団長”として、王都以外の街の管理を任されることとなる。



 そして、そんな騎士団が管理している街と街の境界の拓けた草原。そのエリアの右端に、『魔の森林』と呼ばれる場所がある。ここには上等のマナが数多く湧き出ており、果実や水に恩恵を与えていることで有名だ。

 ———しかし、上等なマナには魔獣が集まりやすい。基本的に一般民は立ち入り禁止の危険な場所でもある。

 

 そんな森林地帯の中を、1人の老婆が歩いていた。やや古びた服に身を包んだ、バスケットを手にした気の優しそうな老婆だ。ニコニコと人懐っこそうな笑顔をしながら、歩みを進める。



 「ふふふ、喜んでくれるかしら」



 そんなつぶやきをしながら、さらに奥に進んでいく。その足取りは老いにも負けず、どこまでも軽やかだ。



 「本当は、私が買ってあげられたら、よかったんだけどねぇ......」



 彼女が、わざわざこんな危険な場所に足を運ぶのには理由があった。今日は孫の誕生日だ。大好きな孫の笑顔を見るために、何か食べさせてやろうと思ったのだ。

 

 しかし、彼女が住んでいるのは貧民街。魔術に恵まれず、日々飢えに苦しんでいる人々が暮らすエリアである。いくら大規模で発展した国とは言っても、全員が幸せになることはない。どうしてもそれぞれに差というものが出てしまうのである。



 「こんな時ぐらい、私も頑張らなくちゃね」



 今のこの国に、老婆が必要とされる仕事はほぼない。よって、家族の中で自分だけが金を稼ぐ手段を持ち合わせていない。このままでは、孫に何もしてやれなくなってしまう。

 そんな時に思いついたのが、自分で果実を取ってくることだった。幸い、若い時に農業を営んでいた彼女は、どういう場所に果実ができるのかというのには心当たりがあった。『魔の森林』は危険ではあるが、マナの影響を受けた果実が存在するのではないか。そのように考え、ここまで長い時間をかけてやって来たのだ。




 「ほら、あった」



 森林の中にそびえ立つ立派な木。そこには赤い果実がなっている。やはりマナの影響を受けており、艶がいい。元農家である彼女には、見ただけで上質だというのことはすぐに分かった。おそらく、今まで彼女が見てきたどの果実よりも美味であろう。



「ふふふ、じゃ、いただこうとするかねぇ」



 家から持ってきた採取用のハサミで次々と切り取っていく老婆。長年ずっとやっていた作業故に、やはり手慣れている。持っていたバスケットは、見る見るうちに果実でいっぱいになっていった。もし、この数の果実を普通に買ったのだとすればかなりの額になるだろう。


 その時だった。

 


  ガサリ


 背後から、老婆に近づいてくる影が一つ。


 しかし、作業に夢中な老婆はそれに全く気づかない。果実を見つけたことに嬉しくなってしまっているのか、周りが一切見えていない。

 影の主は今もなお、草むらを上手く利用し老婆との距離を詰めてくる。



「グルル......」



 草むらの中から獲物を見定める大きな影。 ———魔獣だ。老婆のハサミを警戒しているのかすぐには動かず、地面にその巨体を伏せている。

 一通り様子を見終えた魔獣は、ゆっくりと立ち上がりその姿を現す。



 「!、ひっ......!」



 老婆がその存在にようやく気付き、悲鳴を上げるがもう遅い。

 

 獅子の胴体に、コウモリのような翼。その巨体には、サソリの尻尾が生えている。マンティコア。この森林に生息している魔獣の一種である。

 凶暴な性質を持ち、かつ高い知能も持つ魔獣だ。人間よりも遥かな巨体を持つが警戒心が強く、獲物を見定めながら狩りを行う。そして、マンティコアの主食は、上質なマナを帯びた生物の肉である。故に、人間を好んで喰らうとされているのだ。扱えるかはともかく、人間は他の生物と比べ宿しているマナが多い。マンティコアが人間を好んで襲うのはこのためだ。

 

 マンティコアはじっくりと、老婆の様子を伺う。そして———



「グルルァァァ!!」



 マンティコアが咆哮を上げる。老婆が、自分よりも弱い獲物だということを認識した証であった。

 マンティコアは、戦闘経験の無い人間に倒すことはほぼ不可能であり、騎士団が3人がかりでやっと討伐できるほどの戦闘力を持っている。

 ましてや、年老いた老婆が勝てるような相手ではない.......!



「だ、誰か......誰か、助けて......」



 老婆は恐怖でその場から動けなくなってしまう。混濁こんだくする思考の中彼女は思う。きっとこんなことをした自分にバチが当たったのだ。素直に家族全員で、孫の誕生日を祝えばよかったのだ。これは、そんなことも分からなかった愚かな自分に対する罰なのだと。


 

 しかし、そんな思考などつゆ知らず、マンティコアの鋭い爪が老婆を切り裂かんと迫る。



 「!」



 その直後に来る苦痛にそなえ、

目を閉じる老婆。


 ......何も起きない。

 痛みもやってこない。一体自分はどうなってしまったのだろうか。それとも痛みを感じる暇も無く絶命し、あの世までやって来てしまったのだろうか。

 老婆はおそるおそる、ゆっくりと目を開ける。すると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。



 「え?」



 なんと、老婆を切り裂こうと迫っていたマンティコアが、真っ二つに両断されていたのだ。


 ドサリ


 瞬時に絶命。マンティコアの亡骸が、その場に放り出される。



 「いったい......何が......?......!」



 老婆はあたりを見渡す。すると、奥から人影がゆっくりと近づいてくるのが分かった。

 ボロボロのローブに身を包み込んだ、長身の人物だ。男......?だろうか。しかし、ローブに全身が隠されておりその全容は知れない。

 そして、右手には銀色の剣が握られていた。剣には、先ほどの魔獣の血がこびりついている。

 

 この人物が魔獣を切り裂いたことは明らかだ。だが、マンティコアは普通の人間がたった一人で勝てるような相手ではない。

 もしや、これが噂に聞く騎士団長様なのだろうか。だとしたら、国民として無礼は許されない。



 「あの、ありが———」


 「去れ」



 響き渡る低い声、やはり男である。声の感じからして、青年?なのだろうか。

 しかし、そんな彼が発したのは、明らかに拒絶の意だった。立ち尽くす老婆に、青年は続ける。



 「聞こえなかったのか?去れと言っている」


 「いや、ですが......」


 「!」



 老婆が答えを濁す刹那、青年は凄まじい気迫で一閃を放つ。

 魔獣マンティコア!どうやらもう1匹迫っていたようだ。

 青年の一閃により、即座に絶命。すぐに動かぬ肉片と化す。やはり先程のマンティコアも、彼が討伐したと見て間違いない。


 が、次の瞬間振り向いた際の風圧により、青年のローブがめくれ上がる。初めて露わになる青年の全容。


 だが、その場にいたのは、

 



 「え、嘘......あ、あなたは!?」



 初めて晒される青年の素顔。真紅の瞳を持つ、優しげな顔立ち。しかし、その横顔は悲しみのようなものが滲み出ている。

 そして、何よりも特徴的なのは、神秘的な美しさを放つだった。



 「ひ、ひぃぃぃ!!!」



 先ほどの穏やかな態度はどこへやら、恐怖で顔を歪め悲鳴を上げながら脱兎のように駆け出す老婆。その姿はあっという間に小さくなっていく。

 

 やがてその場には、青年だけが取り残される。



 「............」



 しばしの静寂。

 

 すると一転、青年は先ほどまでの凄まじい威圧感を引っ込め、どこにでもいる普通の人間のような口調で呟いた。



「......やれやれ」



 こうなると思ったから、去れと言ったのだ。

青年はボロボロのローブを、被り直しながらため息を漏らす。どうやら老婆を追い返すために、高圧的な態度を取っていただけのようだ。

 とはいえ、あのまま居座られていたとしてもこちらが困るだけだ。結果的にはこれでよかったのかもしれない。

 

 きっと、の邪魔にしかならないだろうし。


 ガサリ ガサリ ガサリ


 殺気とともに近づいてくる、巨大な何かが動く音。青年が気づき、その方角を睨んでいると、先程同様計3体のマンティコアが姿を現す。



 「やっぱりか」



 青年はやや面倒臭そうにそんな言葉を呟く。


 実は、青年にはこの魔獣たちの存在は、老婆と対峙している時から分かっていた。

 そもそもマンティコアは、集団で行動する習性がある。その理由は、狩りの効率化とダメージを負った仲間の肉を喰らうためだと考えられている。それがいつからか、群れで狩りをするといった行動へと変化したのだという。

 

 だが、彼にはそんなことを知る由もない。ただ単純に、気配で気づいただけであった。



 「この程度の数とは、俺も舐められたもんだな。———だが、早く処理しないと面倒なことになる。悪いが、本気でいかせてもらう」



 青年は右手に持っていた銀色の剣を収める。すると、左手で腰につけていたもう一本の剣を引き抜く。

 それは、ただならぬオーラを放つ黒い剣だった。青年によって引き抜かれた剣は、見る見るうちに巨大な大剣となり地面に突き刺さる。その光景に、警戒心が膨張したマンティコアの群れは一斉に唸りを上げる。

 そんな彼らに、大剣の持ち手を握りながら青年は言葉を放つ。



「お前らに恨みはないが、その身で味わってもらう。この“伝説の罪人”の力をな」










  ———“伝説の罪人”アルバトル。

 その名を知らぬ人間はいないであろう、最強最悪の罪人。

 かの者の再来に、人々は恐怖することとなる。

 

 

 ......だが、人々は知らない。罪人と呼ばれし者が、日々何を思って生きているのかを。


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