(あらすじ:栄治は村人に出会い。村長のところに連れて行かれる)

   *


 村に入ると、意外に建物が現代的なことに驚いた。歩いてきた道が、そのまま村の大通りに変わった。道の両脇に立ち並んている家々は市街地から根こそぎ持ってきたかのように新しかった。


 村のところどころに小さな畑があるが、専業農家としてやっていけるほどの大きさではない。熱を入れ過ぎた家庭菜園くらいのものだった。


 とすれば、この村の人々は何を仕事にして生計を立てているのだろうか――栄治は、歩きまわりながら思った。どこかに勤めに行くにはここからでは遠すぎる。村人全員がここをベッドタウンにするのは現実的ではない。


 そのとき、道の先の方に人影が見えた。村に入ってからはじめて見た人だった。


 その人影も、栄治が気付いたのとほぼ同時にこちらに気づいたようだった。栄治が声をかけるよりもはやく、


「おーい」と言って手を振ってきた。


「旅の人か?」、そう言って、栄治を待ち受けている。


「はい。まあそんなところです」、近寄りながら栄治は言う。


 人影は七十歳くらいの老人で、頭に大きな麦わら帽をかぶっていた。近付いてくる栄治を気にも止めず、近くの家の玄関に入って行き、


「おーい、旅の人が来たぞー」と誰かに向かって呼びかけた。すると家の中から、


「なんだってー」という声が遠くから聞こえ、人がわらわらと飛び出してきた。


 あっという間に栄治は村人に取り囲まれていた。


「どこから来たんだ」とか、「一人で来たのか」などと、不思議と訛りのない言葉で迎えられた。


「あ、一人です」、栄治は一番近くにいた、中年太りしたおばさんに答えた。


「そうか、そりゃあいい」と満面の笑みで言う。「うちに寄って行かないかい?」


「あ、……あ」


 言葉を失っている栄治を取り囲んだ人ごみは、自然と村の奥の方へと流れてゆく。先ほどまでしんと静まり返っていた家々の中にこれだけの人がいたのだとは思えなかった。


「そうだ。村長のところに連れて行かないと!」、誰かが叫んだ。


 それに呼応するように、そうだ、そうだと人ごみから声が上がった。


 栄治はわけもわからぬまま、もみくちゃにされながら村の中心部へと連れて行かれた。

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