「にしても、ハルトくんもあれだなあ。すみに置けないやつだね」



タスクが、にんまりとハルトのほうを見ながら、突然こう言った。



「ど、どういう意味さ?」



「だって、会って間もないちょっぴり気むずかし屋の女の子に、


そこまで気に入られちゃうんだから。


ぼくたち男として、キミに勝てる気がしないかな、今のとこは。だろ、ケント?」



「実際さあ、スズカちゃんとはどうよ? ラブラブになれそ?」



「もう、しつこいって」



ハルトは、厄介払いの気持ちをこめてそう答えた。



「それよりも、ケントたちがキャンプ場で言ってた、


不思議なオオカミのことだけどさ」



「んあ、よく覚えてたネ。『七色オオカミ伝説』」


アカネが三つ目のアマシバナ巻きを口に入れたまま言った。



「その正体って、ここにいるオハコビ竜のことでしょ?」



「なぜ、そう思うんですか?」


と、トキオが聞き返した。



「んー、やっぱり、自在に色を変えるオオカミなんて、いるわけがないし。


いるとしたら、ここにいるオハコビ竜たちのことかなって。


彼らが昔から毎年、あのキャンプ場に姿を見せているとしたら、


みんな毛の色が違うし、勘違いされてもおかしくないかなって」



「複数の似たりよったりな姿のオハコビ竜が出没するせいで、


一匹のオオカミが七色に変色するかのように、


間違って伝えられたと言いたいんですね」



トキオは、怪しげに眼鏡の位置を整えると、静かに言った。



「ハルトくん……あなた、さえてますね。まさに、そのとおり」



「よしっ!」



ハルトは力強くガッツポーズを決めた。


キャンプ場を出発する前から、ずっとはっきりとしておきたかったことなのだ。



「ぼくたち、まんまとだまされたってわけ。あくまでも、いい意味でね」


タスクはにんまりしながら、渦まきコロッケをぱくりとほおばった。



「最初はおれたちもさー、それなりに期待してたんだよ。


まあ、すごくマイナーな伝説だったから、


ひょっとしたら何かの間違いだろうなー、とは思ってたけど。


そしたら、探りを入れたサマーキャンプが、大アタリときたもんだから!」



ケントは自分で言って面白がり、バチンと自分のひざをたたいた。



つまりケントたちは、ハルトが探していたのと同じ生物の正体に、


くしくも違う視点からせまったわけだ。



「あたしたちさ、七色オオカミの伝説がなかったら、


フリッタとフレッドに会えなかったよ。ね?」



アカネが同意をもとめるので、フリッタとフレッドは、優しくうなずいた。



「一度でも参加できたら、次からは抽選なしでスカイランドに来られるしネ~」



フリッタが軽い調子で言うので、ハルトは思わず目をしばたたいた。



「ええっ、そんなすごい特典があるの!?」



「ああ、あるとも」


と、フレッドが答えた。



「キミたちは、あのアンケート用紙の答えによって抽選された、


俺たちオハコビ隊にとってサービス価値のある子どもたちだから。


今後、何度でも無料招待してあげられるってわけ。


悪かったね、あんなわけの分からない大量質問に答えてもらっちゃって」



そうだったのか!


ハルトは、頭の奥でひっかかっていた疑問が解消した。


ケントたち四人はツアー経験者だったから、


他の子たちとは別に、抽選なしで参加できたのだ。


だから、二十八人の参加者がいるのに、


抽選で選ばれたのが二十四人と、四人少なかったわけだ。



「俺たちオハコビ竜の存在が、地上界でさらけ出されそうな案件なのに、


これまで一度も公になったことはないんだよなあ。


ほとんど注目されてないみたいだし、透明術で姿を隠していれば、


とりあえずキャンプ場のご近所にはバレにくいからな」



「なんでオハコビ竜は、地上界で姿を隠さないといけないの?」



ハルトがふと思ったことをたずねると、フリッタがこう答えた。



「だって、アタシたちが地上界に進出したら、


地上人はアタシたちの能力に頼って、いろんな問題を解決したがるじゃない?


オハコビ竜の力は、スカイランドだけのもの。


地上人は地上人のやり方で、世の中を進歩させていかなくちゃ。


ね~、フラップちゃーん?」



フリッタは、スズカと話しこんでいたフラップによびかけた。



「はぁい、ぼくがフラップですが?」


丸い瞳でこちらをむく彼の口もとには、白いソースが少しついていた。



「フラップちゃんってば、ずっと前に、


地上界で暮らしてみたいってぼやいてたじゃん。


それって、今でも変わんないノ?」



「え……」



フラップは、思いもよらない質問だったのか、


かすかにうろたえるように、スズカのほうに視線を泳がした。



「いやあ、まあ、そうじゃないって言ったら……嘘になっちゃうかな。あはは」



なぜだろう。


フラップがスズカにたいして、申し訳なさそうな素ぶりを見せている。


彼とスズカの間でどのような会話があったのか、ハルトはやや気がかりだった。



スズカは、どこか切ない表情をしていた。





昼食の時間が終わると、参加者たちはオハコビ竜たちの引率をうけて、


野を少し越え、湖の上にせり出した広い崖の上を目指すことになった。



また空気の薄いドームの外に出るので、やや抵抗を感じる子もいた。


けれど、美しい白竜さまの脱皮の儀式を見るのに、


唯一ゆるされた神聖な場所だということで、


その子たちはまんざらでもない笑い方を見せた。


神さまのご加護にあやかるつもりだろうかと、ハルトはあきれ顔になるのだった。


ここはむしろ、緊張感をつのらせる場面だ。



湖はいつの間にか、すっかり様変わりしていた。


あたりには水の塊が無数にただよい、


降り注ぐ陽光を受けてちらちらと光っている。


もうすぐ湖面におわす白竜さまの確かな気配を匂わせるように、


空気そのものが重く冷たく、引きしまる感じがする。



目指す崖のまわりには、おそらく他の島から来たであろう亜人の群れが、


手に手にカメラのような機器を持って岸辺に集まり、儀式を見物に来ていた。


この群衆はいったいいつ、どこからやってきたのか。



子どもたちとそのオハコビ竜たちは、


岸辺を目指すさまざまな姿の亜人の波にしたがって歩く。


ツアー参加者たちは、


自分のオハコビ竜から離れないように気をつけて歩いていた。



上空には、


フライトスーツを着たたくさんのオハコビ竜たちが滞空飛行しており、


そのだれもが湖を見下ろしていた。


ハルトは、あんなふうに上から見られるくらいなら、


わざわざ特等席とやらに歩いてむかわなくていいのに……


そもそも、何千という大観衆が集まる中、


白竜さまは本当に姿を現すのだろうかと、心の中でぼやくのだった。



気味が悪いことに、亜人の群れは誰一人として話し声を立てず、


ただ一心に湖を見つめていることだ。


人間とは違って、お祭り気分に浮かれている様子は少しも感じられない。



(わたし、少し怖いな)



スズカは、前を歩く東京四人組から離れるように、


ハルトの後ろについて、その袖を小さくつまんでいた。


他のツアーメンバーたちだけでも怖いのに、


一言もしゃべらない多くの亜人が周囲にあふれていて、


お世辞にも居心地がいいとは言えない。



「たぶんみんな、白竜さまの力が分かってるんだなあ。


……あのさ、スズカちゃん」



「な、に?」



ハルトは一つたずねたいことがあったのに、なんだか急に悪い気がした。



「……ううん。なんでもない」

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