スズカは、島の動物たちに気に入られているようだった。


その後に出会った、赤く尾の長いアカナガホウビという鳥や、


イタチみたいに胴の長いリスの仲間であるクダノリスなんかも、


スズカが近づいて手をさし出すと、彼女に興味をしめして体に乗ってきたのだ。


合計、三種類の小動物に囲まれて、スズカは今やひとり夢気分だった。



楽しそうに前を歩く彼女の様子に、ハルトはいつの間にか、


昔のアニメーション映画に出てくる、森のプリンセスの姿を重ねてしまっていた。


この森は、愛らしいスズカをさらに演出する。


このままだと、自分の脳内イメージはスズカでいっぱいになってしまいそうだ。



「そういえば、ハルトくんとはまだ、


ふたりきりでちゃんとお話していませんでしたよね」



いいタイミングで、フラップが声をかけてくれた。


うまい具合に、頭のイメージをそらせそうだ。



「あっ、うん。そうだったよね」


「ハルトくんは、竜が好き、なんですよね。


ぼくたちオハコビ竜に、とても興味を持ってくれるのは、嬉しいかぎりですよ」



「オハコビ竜ってさ、どうして犬みたいな姿をしてるの?


なんで鳥の羽を生やしてるの?」



「うーん、いきなり難しい質問ですね……なんていうのかな。


ヒジョーにフクザツで、おとぎ話みたいなお話なんですけども。


まあ、ざっくりと言わせてもらうとですね、


ぼくらの遠いご先祖さまである犬がおりまして」



「えっ、犬?」



「その犬が、長年にわたって空を飛びたいと、ずっと願い続けてきた結果、


ある日、天から鳥の羽を授かったんです」



「え、いきなり羽が生えたの!?」



「そうしてその犬は、長年の願いを叶えた結果、


やがてより強い生物……竜へと進化。


そして、今のぼくらに至る、といったところでしょうか」



「えっ、えっ、よく分かんない。ざっくりしすぎ!


じゃあ……オハコビ竜は、竜の仲間じゃなくて、


犬の仲間ってことになるじゃない」



ハルトは、フラップの道を立ちふさいだ。聞き捨てならなかった。


もともと犬だった、ということは、竜の仲間とは言えないのではないか。



「――ハルトくん。ぼくの頭をよく見てください。


この角、竜の何よりの証なんですよ」



「あ……」



ハルトは、フラップの琥珀色の角を見た。


ヤギやヒツジのそれを思わせる、かぎりなく本物に近い質感を持った角。


作りものなんかじゃない。



「起源こそ他とは違えど、ぼくらは正真正銘、竜の仲間です。


嘘はつきません。嘘じゃないことを証明するために、


オハコビ竜の起源をしっかり語ろうとすると、とんでもない時間がかかります。


だから、とりあえず今は、この角にめんじて勘弁してほしいな、なんてね」



フラップは、本当にやりにくそうな顔をしていた。


その表情からは、確かに嘘は感じなかった。


ハルトは、自分の質問がかなり野暮なものだったかもしれないと、


今になって少しみじめな気分になった。



「――うん。分かった。とりあえず、答えてくれてありがとう。


ごめんね、いきなり通せんぼうなんかして。ちょっと動揺しちゃったんだ」



「いえ、いいんですよ。ハルトくんはとてもいい子で、


スズカさんの警戒心を解いてしまうほどの、不思議な魅力を感じます。


ぼく……キミのことが好きなんですよ。だから、


そんなハルトくんの夢や興味を壊してしまわないか、ぼくも不安だったんです」



改まったような清々しい気分で、ハルトとフラップはたがいの顔を見ていた。



「あれ、そういえばスズカさんは?」



「んーと、ずいぶん先に行っちゃったみたい」



「意外と歩くの速い子なんですね」



ハルトは、駆け足で林道を急いだ。



「あんまりぼくから離れちゃダメですよー!」


と、フラップが後ろから叫んだ。



森をぬけると、素晴らしい景色がハルトを待っていた。


踊りうねる雲の波にさらわれるような島の真ん中に、


恐ろしく澄みわたった大きな湖が一望できる。


そのむこうに美しい湿原が見える。


さらにそのむこうには、青くかすんだ山肌が広がっている。



スズカはすんなりと見つかった。


彼女は、湖を見下ろす小高い丘の上に、ぽつねんと立っていたのだ。


まわりに動物たちがいない。途中でお別れをしたのだろう。



「スズカちゃん!」



ハルトがよびかけても、スズカはふり返ろうとはしなかった。


ハルトは、スズカの隣に駆けよった。



「スズカちゃん? スズカちゃ……えっ?」



スズカは、目に涙を浮かべていた。



「――アカネ、さん、の、言った、とおり」



スズカは、感動に声をつまらせながら言った。



「全部、夢、みた、い……」



「――うん、夢みたいだ。でも、全部本物なんだ」



ハルトは、息をのむようなハクリュウ島の絶景を、


ふたりでいっしょに目に焼きつけた。





そのふたりの姿を、すぐ近くの茂みの奥から見つめていた影があった。



「おお、おお……」



それは、あの黒い竜だった。


彼は、長い苦難のはてに一条の光でも見出だしたような、


期待に満ちた声をもらしていた。



(こんな奇跡が、はたして起こりうるだろうか……?)



黒い竜は、先ほどの戦いで疲労した体を、ここで静かに休めていた。


その時、森の中から歩み出てくるスズカの姿を見た。


その姿を目にとらえるなり、彼は目をそらせなくなってしまったのだ――



美しい。彼女は可憐な人間の少女でありながら、すでに美しすぎる。



人間の命をいただく。この島に来た目的は、ただそれ一つのみ――。


ただし、いただくのはたった一人だ。



(俺は、決めた)



黒い竜は、決意に瞳を燃やしていた。



(スズカ……俺は、キミに決めた)



この体が回復でき次第、すぐにキミを迎えに行こう――。

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