第六章『白竜さまの島』

雲の上に浮かぶ島――想像上の世界にしか存在しない光景が、


鮮やかすぎるほどの色彩を浮かべて、ハルトとスズカの目の前に広がっていた。



ハクリュウ島は、モニカさんの言うとおり、豊かでおだやかな自然に満ちていた。


険しい崖のむこうに、緑の草原が、山が、森が、川が、湿原が、


そして鮮明な青空の色を映したきれいな湖がある。


まるで、神さまの箱庭のようだ。



フラップは、島の片隅に広がる平らな草原へ降りていくと、


ゆっくりくるーん、と前転しながら地面に着陸した。


どうもお客さんを抱えている時、


このような着地方法を取るのが好きみたいだ……おかげで面白いけれど。



「はぁ~い、しゅたっと到着でーす!」



陽気な口調でフラップは言った。



「では、今からおふたりをポッドの外に出してあげますね。


同時に、探索用スーツを着用していただきますので」



ピッピッピッ……フラップが腕の端末を操作すると、


胸のホルダー機器についたライトがかがやき、そこからハルトとスズカは、


光に包まれるように外へと飛びだしていた。



「わっ、本当にすっごく冷えるなあ!」



二人が外に出た瞬間、


まず感じたのが、驚くほどの肌寒さと、太陽のまぶしさだった。


それに、空気がひどく冷たいせいで目が渇きそうで、チクチクするほどだ。



「でもここ! ホントに地面だよ。ちゃんとした島だ!」



ハルトは、草の生えた固い地面を確かめるようにふみしめた。


スズカは、深く息を吸いこんで、いささか不安を感じていた。



(空気、うすい気がするな……)



それからハルトは、自分たちの姿をながめまわした。



「あっ、見てみて。ほら、ぼくたちの服!


また変わってるよ。スキーウェアみたい」



「あ……」



橙色のふかふかした厚手の長袖のウェアに長ズボン。


ふたりの両肩には、やっぱり同じように青やピンクのカラーがついている。


とくに違うのは、大きなフードがついたのと、


背中や首、胸の上あたりに、固い装置のようなかすかな重みを感じること。


あごの下には茶色いドーナツ口がついた突起物。


それに、温かい耳当てまで装着されていて、


耳ががっちりと完全防御されていた。両手には黒い手袋だ。



どうやら、防寒対策にぬかりはないようだ。



「おふたりに、大事なことをお伝えしますね」


フラップがかがみながら後ろからよびかけ、ハルトたちは彼に注目した。



「何度もお伝えしているように、ここはものすごく標高が高い場所です。


なので、地上界にくらべて酸素がだいぶ薄くなっています。


でも、安心してくださいね。


そのスーツには、高酸素ボンベが搭載されていますので。


呼吸が苦しくなっても、いつでも吸入して体調を回復できますよ。


胸についた青いボタンを押してみてください」



ふたりは言われたとおり、


胸の真ん中にあった青いガラス玉のようなボタンを押してみた。


すると、胸についた装置の上から茶色いドーナツ口がせり上がってきた。


ふたりがびっくりしている間に、


ドーナツ口はふたりの口と鼻をすっぽりとおおってしまった。



「ふふっ、驚いたでしょう? それは、酸素吸入マスクです。


ちょっとでも呼吸が辛いな、と感じはじめたら、


すぐにそのマスクからしっかり酸素を吸いこんでください。


まあ、できれば三十分おきに吸ってもらうと、ベストなんですが」



吸入口が本物のドーナツみたいにやわらかくて、気持ちいい着け心地だ。


おまけに、ほの甘いカフェモカみたいないいにおいがする。


マスクの中には、濃厚な酸素が満ちているのが分かる。


こんな素敵な酸素マスクを開発するなんて、


きっといろんなヒトへの細かい配慮が詰まっているのだろう。



「もう一度、青いボタンを押すと、マスクが自動的にしまわれる仕組みですよ」



「……これ、ずっと、つ、けて、ても、いい?」



うっとりと目をつむりながら、スズカが曇った声で聞いた。



「かまいませんけども、それだと、首を動かせませんよ。それに、


スズカさんのきれいなお顔が半分隠れてしまうから、ちょっと残念だな……」



スズカは、はっとわれに返った。きれいな顔、という言葉が嬉しくて、


すぐにまた青いボタンを押してしまった。


彼女がマスクをしまったのを見て、ハルトも青いボタンを押した。



「もう、他のメンバーはみんな島に着陸しているみたいですよ。


散策がてら、探してみてはいかがでしょう?」



「わ、たし、もう少、し、だけ、このま、まが、いい」



「あはは、そうなるよね……」


と、ハルトは苦笑して言った。



「では、しばらく三人で歩きましょうか。


他の隊員も、昼食時間までそれぞれ自由行動を言い渡されていますので。


ほら、あの小さな森をぬければ、白竜さまの湖が見える丘に出ますよ。


湖のほとりが、この後の集合場所になっているので、確認がてらということで」



ハルトたちは、提案にのって森のむこうを目指すことにした。





豊かな土と草木の香り。そして優しい風の音。


木々の梢から、優美で軽やかな鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。


他にツアーメンバーや誰かがいる気配もない。


ハルトたちは、からりと澄みきった島の空気を味わいながら、


足取りも軽やかに、天空の大自然を満喫しはじめた。



「あっ……!」



スズカは、前の木の幹に小さな動物を見つけた。あれはリスかな。


背中が稲みたいな色で、耳がとがっていて、しっぽがふさふさでカールしてる。


目が丸い黒色で、首まわりが白い毛でおおわれて――。



「あれはコナギネです。ヤマネの仲間ですね」


フラップは親切に説明してくれた。



「この島には、いっぱい生息してるんです。


彼らはあんまり警戒心が強くないので、


手をさし出せば、乗ってくれるかもしれませんよ」



そう言われたら、やらないわけにいかない。小動物好きの心が騒いじゃう。


スズカは、その動物にそっと近づいて、手をさし出してみた。


すると、コナギネはスズカに興味を抱いたのか、


小さな鼻をひくひくさせながら手に近づいてきて――ぴょん。


軽やかに手の上に飛び乗ってきた。



「わあっ」



あっという間に肩まで上がってきて、


興味深そうなまなざしで彼女の髪の毛に鼻先をすりよせた。


体長は十二センチくらいだ。なんて、小さい子なの!


スズカは心がすっかりくすぐったくなって、笑顔がこぼれた。



いっぽうハルトは、


そんな楽しそうなスズカのことを、ただぼんやりとながめていた。



「かわいい子ですよね」



フラップがこっそりと声をかけてきた。


ハルトはドキリとして思わず、えっ? と声を上げてしまった。



「ほら、コナギネ。あの子、オスですよ。


スズカさんにプロポーズしてるのかもね」



「ちょっ、あのさあ……」



ハルトは、勘弁してくれと言わんばかりに、右手で前をあおった。

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