幕間1
幕間『黒い逃亡者』
一頭の竜が、翼の羽音をうならせながら、
何かに追われる勢いで雲の中を飛んでいた。
その竜の目は、刃のように吊り上がり、炎のように真っ赤だった。
口は長く、全身を真っ黒な体毛におおわれ、
首に燃えるような青いたてがみを生やしている。
翼は、猛禽類を思わせるような迫力ある鳥のものだ。
両手には黒いうろこで作った籠手をはめており、
胴にはボロボロになった黒いレザーベスト。
頭には、黒いいかつい竜の顔を模した仮面をすっぽりとかぶっていて、
顔の造形がまったく分からない。まさに、黒ずくしだ。
「おらおら! あの『#黒影竜__くろかげりゅう__#』を逃がすな!」
吹きすさぶ乱気流のさなか、コウモリの翼をはやしたべつの竜が叫んだ。
その仲間は十数頭いっしょに飛んでおり、
協力してその黒い竜を追っているようだ。
「今日こそは、あいつの貴重な毛皮やたてがみを剥いで、
長に献上するんだよ!」
彼らは『オニ飛竜』だ。腕と翼が一体になっていて、
くすんだ緑色のうろこに筋骨隆々とした肉体を包んでいた。
二本のとがった角に、吸血鬼のような前歯。
頭には真っ赤なたてがみをぼうぼうと生やし、
まるで野に炎が吐かれて燃え上がったかのような具合だ。
みんなトカゲの革で作った鎧に身をつつみ、いかにも原始的な格好だった。
(まったく、しつこいやつらめ……!)
何も見えない雲のベールのなか、
執拗なオニ飛竜たちの突進や蹴り攻撃を、身をひねりながら素早くかわしていく。
竜は雲の中でも目が効くのだ。
しかし、一匹ずつの追撃ならどうということはないものの、
今回のように数で攻められたら、こちらがガス欠になるのも時間の問題だ。
黒い竜は、じつのところ、こんな目には今まで何度もあっていた。
彼らとは因縁の仲なのだ。
今日という大事な日にかぎってやつらと遭遇してしまうとは、
不運の一言につきる。
(やつらに捕まるわけにはいかない。『あれ』をやるしかないらしいな……)
黒い竜は、オニ飛竜たちの不意をつき、渾身の速度で急上昇をはじめた。
そのまま雲海を突きぬけ、ぐんぐん上を目指していく――と見せかけ、
いきなり回れ右をして雲海を見下ろした。
オニ飛竜の群れは、やはりこちらを追って上昇してきた。
黒い竜は、大きく胸をそらして深く呼吸する
――次の瞬間、その口から多量の紫色のガスが、どっと吐き出された!
「ギャッ! なんだ、なんだあ!?」
いきなりの反撃にひるむオニ飛竜たち。
だが、もう遅かった。ガスは瞬く間に広大にふくれ上がり、
オニ飛竜の群れを完全に包みこんでしまった。
「なんだこりゃあ!?」
「なんか体が、しびれてこねえか……っ?」
「げほっ、ごほっ、げほぉっ!」
四肢が言うことを聞かず、呼吸すら困難になっていく。
オニ飛竜の群れは、黒影竜の切り札をもろに受けてしまったのだ。
これでは追跡は不可能に等しい。
「仕方ねえっ、退却するぞ……げほっ、げほっ!」
群れのリーダーの指示により、
オニ飛竜たちはそそくさと煙の中から引き返していく。
風に吹き散っていく煙のむこうに、黒い竜がまだとどまっていることも知らずに。
「ぐうぅ……っ、さすがに、無理をした……!」
追跡はまぬがれた。しかし、その代償は高くついたようだ。
黒い竜はひどくエネルギーを消耗し、肺がつぶれそうに苦しい状態だった。
「あと少しで、島につく……俺は、人間の命をいただくのだ。
あいつは、俺との取引を、忘れていないだろうか……?」
黒い竜は、鉛のように重たくなった体を引きずるように、空を急いだ。
その視線の先には、緑あふれるハクリュウ島の姿があった――。
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