「おーい、本当にこっちの道であってんのー?」



宝の地図を猫のようににらみつけながら、班長ケントは口をとがらせた。



「ケントくん、この道が間違いなく最短ルートだよ」



坂道を急ぐケントの後ろ姿に、タスクはそう聞いた。



「森ん中をジグザグに登ってるだけだろー?


おれなら絶対に、さっきの道を曲がるね」



「やれやれだよ……」



タスクには、ケントに森歩きの土地勘がないことは、あらかじめ分かっていた。


しかし、去年の自分に代わって班長をやりたいと意気ごむケントの、


ささやかな願いを叶えてやろうと思ったのも事実。


あまり不平を言える立場ではない。


だから、ケントが道を間違えそうになったら、


優しく助言して軌道修正させるまでだった。



ケント班は、もらった宝の地図をたよりに、


セミの声がひびき渡る森を森林浴気分で歩いていた。



「はあ、はあ……坂道ってぼく、ホントに嫌なんですけど……」



十数分くらい歩いたところで、早くも弱音を吐いたトキオの背中を、


アカネがせっせと押して世話を焼いている。



「ほーら、口を開かないの。余計につかれるから。


お、ハルトくん、スズカちゃん。ふたりは大丈夫みたいね。体力ある~」



ハルトとスズカは平気だった。


ただスズカは、東京の四人組から距離をとるために、


彼らより少し後ろをとぼとぼ歩いていた。


ハルトは、そんなスズカの様子を気にして、


せめて一人でもそばにいたほうがいいと考えて、その隣を歩いていた。


彼女がケントたちをとくに避けているのは、


キャンプ場について以来、薄々気づいていたのだ。



宝への道のりは、さして長くはなかった。


心地のよい夏鳥たちの鳴き声を聞きながら、わずかに入り組んだ坂道を、


上へ上へとひたすらすすんでいくだけで、目的地が近づいてくる。


他の班はどんな具合なのか、ハルトとスズカには想像できなかった。



「あっ……!」


突然、スズカが木の幹につまずいて転びそうになった。



「おっと!」


それを、ハルトが危ないところで体をおさえてあげる。



「大丈夫だった? 気をつけて歩こうね」



「……うん」



スズカは、ハルトの笑顔を見上げながら、ぼそりと答えた。


また優しくされてしまった。なんて親切な子なんだろう。


わたしが他の班の子を避けているのに気づいて、


何も言わずにそばにいてくれるうえに、わたしを助けてくれるなんて。



(この帽子だってそう。嘘だと分かってて、貸してくれたのはどうして?


わたし、彼に悪い思いさせてないかな……)



スズカは、頬を赤らめながらハルトから顔をそむけた。


その様子を、ハルトは不思議に思うのだった。



やがて、宝の隠し場所と見られる、洞窟の入り口にたどり着いた。


そり立つ崖の下に、冷たそうな暗がりを吸いこんで、ぼんやりと口を開いている。


入り口はさして小さくなく、ちょうどトラックが一台入れそうな大きさだった。



「あのさ」


ハルトはケントたちによびかけた。



「簡単すぎないかな、このゲーム。


もっとさ、スタンプ集めとか、目印さがしとか、


お宝の手がかりを集める楽しみがあっても、いいと思うのに」



いくらゲームとはいえ、ひねりがない――ハルトはそう感じていたのだ。



「まあ、いいんじゃねえの?


おれたちはさ、他の班よりも、簡単に見つかるお宝にあたったってことでさ」



「そうそう。それに、最初にお宝を持ち帰れば、いいことあるかもよ」



ケントとタスクののんきな口調が、どことなく変に響いた。



「なんだよそれ。面白みがないなあ」



ハルトは、むっとなった。


自分はどちらかというと、ゲームはちゃんとしたものを楽しみたい性分だ。


だから、簡単にお宝が見つかりそうなら、お得だ――


そんなふうに言うふたりのことが、ちょっぴり嫌だった。



「あのさ、何人で入る?」


ふいに、アカネがそう聞いてきた。



「ひとりでよくね?」


「そうだね」


ケントとタスクは、何でもなさそうにそう答えた。



「は? みんなでいっしょに入ればいいでしょ?」


と、ハルトは反論した。



「だってぇ、もしもみんなで入って、


いっぺんに事故にでもあったら、助けをよびにいけなくなるでしょ」



アカネの回答はもっともらしかった。


のんきなケントやタスクと違って、しっかりしている。


ただ、彼女の言葉にも、微妙な違和感があった。



「ほらこれ。鍵と、懐中電灯」



ケントがズボンの中から、


先ほどもらったプラスチック製と見られる銅色の鍵と、


自前の懐中電灯を取りだした。



「で、だれが入るかだけど……」


タスクが、わざとらしく両腕を組んでそう言った。



「ちょっと待って! 勝手に話を進めないでよ――」


ハルトがあわてて話をさえぎろうとした、その時だ。



「はーい! みなさん見てください。ぼく、こんなのを作っておきましたよ」



トキオが、何かを右手で持ってかざしながら、明るくよびかけた。


その右手には、短く先の垂れた紐が六本、にぎられているではないか。



「ああ、なーるほどな! くじ引きかあ。お前、さえてる~!」


「へえ、トキオってば、機転がきくじゃないのよ」


「いやいや、それほどでも。じゃあ、だれが最初に引きますか?」


「ここはさ、ほら。レディファーストだよ。ぼくとしてはね……あ!」



タスクが、スズカの姿を見るなり、短く叫んだ。



「スズカちゃん、キミ、キミがいいね」


「……!」



スズカは、ぎょっとして思わずハルトの服の袖をつかんでしまった。



どうして、わたし? スズカは、指名されたワケが分からなかった。


わたしのほかにも、アカネさんがいるじゃない――。



スズカの普通ではないおびえようを感じて、ハルトも仕方なく物申した。



「この子も、引かなきゃダメ?」



「もちろんですよ。仲間はずれにしたくありませんから」


トキオは、にこやかに返事してみせた。



「それに、当たりは六分の一の確率ですよ。


一番に引けば、当たる確率はそれだけ低いです。


これでも、ちゃんとみんなで気をつかっているつもりなんですから」



そう言って、トキオはスズカの前にくじを差し出してきた。



「……だってさ」


ハルトは、ぐうの音も出なかった。


「どうせ当たらないよ。引くだけ引いてみたら?」



スズカは、ハルトに言われて、やむなく応じることにした。


嫌な緊張感にふるえる手で、


選んだくじを一本、ゆっくり、ゆっくりと引き出していく。



「……っ!」



ハルトは小さく息をのんだ。


スズカの引いた紐の先が、油性ペンで赤くぬられていたのだ。


それは間違いなく、当たりのくじだった。

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