「あららら~、いきなり当たっちゃったね」


アカネが残念そうに言った。



「まあ、よう……こんなこともあるって」


ケントも、呆然と立ちつくすスズカにむかって声をかけた。



「なあに、きっと何度も人が出入りしてるだろーから、


懐中電灯さえあればよゆーだろ」



ケントはそう言うと、


いやに軽い調子で鍵と懐中電灯をスズカに手渡した。


スズカは、わけも分からず絶望していた。


じつを言うと、暗いところは苦手なのだ。


それなのに、これからその暗い洞窟の中に、ひとりで入らなくてはならない。


これは何かの罰ゲーム? いや、もしかしたらこれは――。



「あのさ、ちょっといいかな」


ハルトが四人にむかって、しゃべりはじめた。


「ぼくもいっしょに入るよ」



ええっ!? と、四人がそろって驚いた。


そんな四人に、ハルトは食い入るように続けた。



「なぜかって? そりゃあ、スズカちゃんをひとりで入らせたくないもの。


みんなさあ、ぼくたちの聞くところのおよばないところで、


何かいろいろと打ち合わせをしてきたみたいだね。


まるで、はじめからスズカちゃんひとりに、


洞窟に入ってもらいたそうじゃない。


どういうつもりかよく知らないけど――」



「あ、いや、ハルトくん。これはさ――」


タスクがあわてて弁解しようとした。



かまうものか。ハルトは、せきを切ったように、思いの丈をぶちまけた。



「もしもスズカちゃんを、


嫌がらせのつもりで暗いところに行かせようとしているなら、度がすぎてるよ。


今日出会ったばかりのこの子を、面白半分でよってたかって、


追いつめようとしてるふうにしか見えないじゃない。



それに四人とも、なんだか怪しいよ。


会ったばかりだからはっきり言えないけどさ、


まるで、このゲームの終わりに何が待っているか、すでに知ってるみたいだし。


気に入らないな!」



きっぱりと言い切ると、ハルトはスズカの手から鍵と懐中電灯を取って、



「行こう、スズカちゃん」


彼女の手を引き、早足で洞窟のなかへ入っていった。



東京から来た四人は、


一言も発することができないまま、ぽかんと立ちつくしていた。





やってしまった。


でも、ぼくは正しいことをしたんだ。



ハルトは、スズカの手を取ってゆっくりと下へ降りながら、


もう片手の懐中電灯で下を照らしていた。


中は奇妙なほどひんやりとしていて、湿った土のにおいがツンと鼻を突いた。


こんなジメジメしたところに、女の子をひとりで行かせようとするなんて!



「ね、ねえ」


前を歩くハルトに、スズカは耳元でか細い声をかけた。



「どう、して? また、助けて、くれた……」



今度ばかりは悪い気がするような、そのくせほっとするような、


そんな複雑にもつれあった気持ちで、スズカはたずねた。



「どうしてって、さっきも言った通り、気に入らなかったからだよ」


足元、気をつけてね。ハルトはスズカが石につまずかないよう、


冷静にそう注意をうながした。



「あのくじ、たぶんイカサマだ」


「イ……?」


「きっと全部が、赤いペンで塗られてる。


どれを引いても、キミが洞窟に入る役になるように、細工がしてあるはずだよ。


そう思ったら、だまってられなくなってさ」



「――ありが、と。ううん、ご、めんな、さい……」



「お礼も謝罪もいらないよ。


ぼくは、ぼくのしたいことをしてるだけなんだから。


それにしてもあいつら、せっかくいい友達になれると思ってたのに。


あれじゃあ、考え直さないと」



スズカは、無表情で話すハルトのことが、少し怖かった。


こんなによくしてくれる男の子に会うのは、はじめてのことだ。


でも、このもやもやした複雑な思いを、いったいどうしたらいいんだろう?



少し降りると、洞窟は平坦な一本道となって、ふたりを出迎えた。


なんだか、軽く肝試しでもしているような気分になって、


ハルト自身も背中に冷たい汗を感じてきた。



「あ、見てよあれ」



ハルトは前方に灯りをむけた。視線の先に、キラリと光る鉄の扉。


鉄格子だ。まるで罪人を閉じこめる地下の牢屋のような構え。


でも、その扉は大きく作られていて、両開きになっている。


鉄格子の扉に、ずっしりと重たそうな錠がかけられていた。



「宝物、あの中かな?」



するとその時、鉄格子の中から、だれかの声が聞こえてきた。



「あのう~、どちら様でしょうか~……?」



ふたりは、どれほど飛び上がったことだろう。


ふいにおどかすような幽霊じみた声。



「だ、だれ!?」



ストライプ状に照らし出した牢屋の中には、何の姿も見えない。



「あ、そうか~。お宝をさがしにきたんですねえ。待ってましたよ~」



やっぱり、中から声がする。


困り果てて弱りきったお母さんみたいな声。



ハルトとスズカは、心臓が早鐘のようにろっ骨をうちはじめるのを感じた。



「大丈夫ですよ~、怖がらないで……それで、あのう~、


できましたら、お持ちの鍵で扉を開けてくれると、嬉しいんですけど~……」



「かかか、か、ぎ? ここ、これ?」



ハルトは、ポケットにしまっていた鍵を取りだすと、


中にいる何者かに見せるように、嫌にふるえる手で前に出した。


あちらには、こっちの姿は見えているようだったからだ。



「あ、それです~。それで錠を開けてください。


心配はいりませんよ~。かみついたり、引っかいたりしませんから。


だから、ね? 早く早くぅ~。


ぼく、こんなところにひとりで閉じこめられて、もう気がめいってしまって……」



見えない何者かは、どうやら牢屋を出たくて仕方がないようだ。



「いいいや、でもさ。この鍵さ、お宝の箱を、開く鍵、なんだ。


ぴったりと、あ、合うはずが。あは、ははは――」



もう笑いすらこみ上げてくる。なんだか逃げたくなってきた。



「……に、逃げ、よう?」



スズカも、ハルトの上着の袖をそっと引っぱりながら、ささやいた。



「ええぇ~……? おふたりとも、ぼくを置いて行っちゃうんですか~?」


謎の声の主は、落胆して言った。


「ハルトくん。キミとは、いいお友達になれると思ってたのに……」



なんだって?


ハルトは、心臓がポロリと落ちこんだかと思った。


こいつ、ぼくの名前をよんだ。


どうしてぼくの名前を知っているんだ? いや、それよかこの声――。



(ぼくは、知っている。この声を知っている。あの時、たしかに聞いた声だ)


謎の気配と遭遇した、あの崖。あそこで聞いた不思議な声。


陽ざしを受けたコットンのように魅力的で、


胸の内がほんのり温かくなる感じの――。



鍵を持った手が、重たく動きだした。


声の主を固く閉ざした鉄格子の、大きな扉にかかった錠へ。


ガチガチと緊張と不安にふるえながら――。



「やめ、て……! なに、して……?」



スズカの恐怖に満ちた声が聞こえた気がした。


でも、意識が一転に集中していて、


まわりじゅうの音という音が消え失せてしまっていた。



(ぼくは、この扉を開けたい。中にいるものを、外へ出してあげたい……)



――鍵が穴にはまった。鍵が回った。ガチャッと音がした。


錠が開いて、床に落ち、やかましい金属音を立てた。


ハルトとスズカは、ゆっくりと四歩後ずさりする。



鉄格子の扉が、勝手にこちらへと開け放された。そして――。



ブワァッ……!



あわてて回れ右する間もあらばこそ、


ハルトたちは、突如として見えない大きなものに抱きしめられ、


たちまち洞窟の入り口へと押し出されていった。

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