5
ハルトの顔を見つめていたスズカは、
彼の瞳になかに、心が吸いこまれていくような感覚をおぼえた。
胸がきゅっとする。こんな感覚は、生まれてはじめてだった。
彼なら、ほんの少し心をゆるしても、よさそうな気がする――。
「……あ、あのさ」
ふいに、ハルトが先に口を開いた。
「もしかして帽子、持ってないの?」
恥じらいながらも、言葉の引き出しからようやくつまみ上げたような言葉だった。
スズカはドキリとした。
気づかってくれている? そんな、どうしよう。なんて答えればいい?
「……持ってる」
しぼりだすような声でそう答えたが、すぐにかぶりをふって、
「ううん……持って、ない……!」
うっかり、答えを切りかえてしまった。見え見えの嘘だ。
ああ、なんてことを言ってしまったんだろう。
せっかく心ゆるせそうな子に出会えたのに。
親切心ほしさに嘘をつくなんて、やっぱり、わたしは最低だったんだ。
一方、ハルトは彼女のおかしな返事に戸惑っていた。
女の子の心は世界で一番読み取りにくいと、
何かのドラマかアニメで耳にしたけれど、本当のことだった。
上着を持っているのに、持っていないと言いかえる理由はなんだろう?
かわいくてきれいな顔のわりに、ひどく内気な女の子だと思っていたのに、
こんなあからさまな嘘をつくなんて。
(もしかすると、この子、
うっかり他人に見せたくない帽子を持ってきちゃったのかな。
そうだ。きっと、そうに違いない)
確証はなかったが、
どんな対応をすればいいか、ハルトは小学生なりに導き出した。
「じゃあ、さ……貸してあげようか?」
えっ? 思いもよらない優しい返事に、スズカは顔を上げた。
「……い、いいの?」
「うん。ぼく、もう一個持ってきてるんだ。
ゲームのドラゴンキャラの刺繍が入ってるけど。
どうせなら、キャンプが終わるまでずっとかぶってていいよ」
「……あ、ありが、と」
スズカはかなり面食らったような顔をしたが、ハルトに後悔はなかった。
これが、ふたりが最初に言葉を交わした時となった。
「――ふふふ、なんだかあのふたり、いい感じ。
ああいう素敵な子たちといっしょに、ぼく、飛びたいなあ。
あの人に相談してみようかな」
ふたりの気づくよしのない空の上で、だれかが微笑ましそうにつぶやいていた。
姿の見えない彼は、無重力のなかで全身を優雅に翻したあと、
来るべき出会いの瞬間にむけて、ある場所へ飛んでいくのだった――。
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