ハルトの顔を見つめていたスズカは、


彼の瞳になかに、心が吸いこまれていくような感覚をおぼえた。


胸がきゅっとする。こんな感覚は、生まれてはじめてだった。



彼なら、ほんの少し心をゆるしても、よさそうな気がする――。



「……あ、あのさ」


ふいに、ハルトが先に口を開いた。


「もしかして帽子、持ってないの?」



恥じらいながらも、言葉の引き出しからようやくつまみ上げたような言葉だった。


スズカはドキリとした。


気づかってくれている? そんな、どうしよう。なんて答えればいい?



「……持ってる」


しぼりだすような声でそう答えたが、すぐにかぶりをふって、



「ううん……持って、ない……!」



うっかり、答えを切りかえてしまった。見え見えの嘘だ。


ああ、なんてことを言ってしまったんだろう。


せっかく心ゆるせそうな子に出会えたのに。


親切心ほしさに嘘をつくなんて、やっぱり、わたしは最低だったんだ。



一方、ハルトは彼女のおかしな返事に戸惑っていた。


女の子の心は世界で一番読み取りにくいと、


何かのドラマかアニメで耳にしたけれど、本当のことだった。


上着を持っているのに、持っていないと言いかえる理由はなんだろう?


かわいくてきれいな顔のわりに、ひどく内気な女の子だと思っていたのに、


こんなあからさまな嘘をつくなんて。



(もしかすると、この子、


うっかり他人に見せたくない帽子を持ってきちゃったのかな。


そうだ。きっと、そうに違いない)



確証はなかったが、


どんな対応をすればいいか、ハルトは小学生なりに導き出した。



「じゃあ、さ……貸してあげようか?」



えっ? 思いもよらない優しい返事に、スズカは顔を上げた。



「……い、いいの?」



「うん。ぼく、もう一個持ってきてるんだ。


ゲームのドラゴンキャラの刺繍が入ってるけど。


どうせなら、キャンプが終わるまでずっとかぶってていいよ」



「……あ、ありが、と」



スズカはかなり面食らったような顔をしたが、ハルトに後悔はなかった。


これが、ふたりが最初に言葉を交わした時となった。




「――ふふふ、なんだかあのふたり、いい感じ。


ああいう素敵な子たちといっしょに、ぼく、飛びたいなあ。


あの人に相談してみようかな」



ふたりの気づくよしのない空の上で、だれかが微笑ましそうにつぶやいていた。


姿の見えない彼は、無重力のなかで全身を優雅に翻したあと、


来るべき出会いの瞬間にむけて、ある場所へ飛んでいくのだった――。

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