「オオカミ? 日本の野生オオカミは、とっくの昔に絶滅してるはずだよ」


「それがさ、いるらしいんだよ。まだこの山の中に、オオカミが」



わざとらしくあたりをはばかるようなタスクの小声に、


ハルトは信じられずに唇をへの字にした。



「それもさあ、ただのオオカミじゃねえの。なあ、トキオ?」



「はい、ケントさん。ぼくたち四人が知っているのは、


あざやかでカラフルな毛につつまれた、それは不思議なオオカミなんです」



「カラフル、な……?」



「あのね、一瞬でいろんな色に変色する毛を生やしているの。


まばたきする間に、まるで芸人が早着替えするみたいにね。


……赤、青、黄色、ほかにも緑とか紫とか」



そんなアカネの言葉を聞いた瞬間、


ハルトはまるで、頭をぱあん! と横殴りされたような気がした。


ああ、もう少しで年上のでたらめを真に受けるところだった。



「いやいやいや! いないでしょ。


野生のオオカミってところから、すでにありえない」



ハルトは目の前のハエをはらうように手をふった。



「でもよう、全部ありえないかどうかは、分からないと思うぜ?


これさ、このあたりでわりとよく知られている噂なんだよ。なあ、みんな?」



タスク、アカネ、トキオの三人は、そろってうなずいた。



「まだ言ってなかったかな。ぼくたち、東京の学校で、


幻の動物研究会っていうのを設立してるんだ。学校側非公認だけどね。


で去年の学期末、ぼくらは、関東地方にいる幻の動物の情報を集めていた時、


このあたりに伝わる奇妙なオオカミの噂を知ったんだ」



「そのオオカミが撮られた写真は?」



「残念なことに、ないんです。一枚も。あるのは真実味のない目撃証言だけで。


でもぼくたち、そのオオカミに会いたくて、今年で二度目の参加なんです」



「会うのが目的なの? 一枚も写真に撮られたことのないオオカミなのに。


スマホで撮ったりとか、しないの?」



「しない、しない」

と、ケントたちはみんなでにこやかに答えた。



「写真を撮ることに注力したら、


一瞬の出会いの素晴らしさが味わえないですから」



なにそれ、変なの。


けれど、どこかかっこいい。それにみんな楽しそうだ。



「ほかに変わった謎とか、ない?」



「あるとすれば、あれかしらン。


ほら、このサマーキャンプって、全国から小学生の参加を募集してるでしょ。


そのわりには、ものすごく抽選が厳しいって噂だよ」



「そーそー! 今年も何千人も応募したって話だけど、


今回抽選で決まったのは、たったの二十四人だってよ」



何千人の中から、たったの二十四人! そんなに倍率の高い抽選だったのか。


あれ、でもおかしいぞ。今回のキャンプ参加者は、全員で二十八人のはずだ。


そのうちの四人は、いったいどんな方法でこのキャンプに参加できたんだろう?



「その抽選の厳しさを裏づけるのが、やっぱりあれだよなあ。


ハルトくんも、応募するときに答えただろ。あのアンケート」


「ん、え、あぁ……」



考え事をしていたところに、タスクが話しかけてきたので、


返事があいまいになってしまったが、質問の中身は分かっていた。



ハルトは、新学期前の春休みのことを思い出した。


このキャンプに参加するため、取りよせた応募用紙には二種類あった。


一枚は、名前や住所などの個人情報を書くもの。


そしてもう一枚は、アンケートになっていた。



ところが、そのアンケートが奇妙奇天烈だった。


八十近くもある質問事項がびっしりとならんでいて、


大きな三つ折りの横書き用紙だった。


食べ物などの好き嫌いを問うものと、性格を問うものがだいたいを占めていた。



高いところは好きか、心から空を飛んでみたいか、という質問もあった。


これはサマーキャンプの趣旨を考えればべつにおかしくない。


でも、遊園地の絶叫マシンはへっちゃらか、


毛におおわれた巨大動物に抱っこされても平気か、


といった意味の分からない質問もあって、少し驚いた。


春休みの夜、寝る間を惜しんで全問回答したのは、ちょっとした思い出だ。



「明らかにおかしなアンケートだったよね、あれ?」



ハルトが聞き返すと、ケントたち一同は、


新しい理解者を得たような嬉しさをにじませながら、何度もうなずいた。



「スズカちゃんも、ハルトくんと同じ反応するかしら?」



「どーだかなー。あの子さ、


なんだかおれらのこと嫌ってるような感じするから、話しかけづらいんだよなあ」



「無口だし、きっと大勢といっしょに話すの、慣れていないんじゃないかい?」



「でも、きれいな子ですよね。話しかけずにいられないというか……


あの、そろそろ戻りませんか。


スズカさん、たぶんさびしがっていると思いますし」



「トキオが一人にさせたようなもんでしょうが!」



東京の四人組に急かされ、ハルトもキャンプ場に戻ることにした。


明日こそ、また同じ時間にここで竜の姿を激写したいところだけれど、


パラグライダー体験会がかぶるからそうはいかない。


時間をずらしてでも、再挑戦するしかないだろう。



ケントたちに続いて崖を立ち去ろうとしたその時だ。


ふいに後ろから吹きつけてきた強風に、ハルトはピタリと足を止めてしまった。



(なんだ……?)



ただの風じゃない。


背後におおいかぶさるような巨大な気配を感じる。


これはなんなんだ? 視線をむけられている?




「ぼくの姿は、撮らせてあげませんよ」




生温かい吐息のような空気とともに、すぐ耳元から声がした。


女の人みたいに高く、しっとりとして優しそうな声が――。



「だ、だれ!?」



勢いよく振り返ったハルトの大声に、ケントたちはパチクリとまばたきをした。



「おい、何かいたのかよ?」


「あ、れ……?」



いない。あの大きな気配の主が。


まるで風に吹き散られたみたいに、


ハルトのそばから跡形もなく消え失せたようだった。



「ねえ、だれか見た? ぼくのすぐ後ろに、何かがいたんだ。


熊みたいな大きな生き物の気配がして……」



「――ううん、何もいなかったけど」



何事もなさそうに首をふるアカネの様子が、なんだか奇妙だった。



「か、隠してないよね? たしかにいたんだ。


言葉でからかってきたんだよ。自分の姿は撮らせないって……」


「空耳じゃないのかい?」


「そうですよ。風がみずから言葉を話すわけありませんし。ねえ?」



トキオの同意をもとめる声に、ケントもタスクもアカネもうなずいた。



そんな。あれが気のせいだって言うのか。


あの生々しい空耳の正体――きっと、例の写真に写った竜のささやきに違いない。



やっぱりいるんだ、このキャンプ場のどこかに。


明日こそ、絶対にその姿をカメラにおさめてやる! でも……。



(そんな竜が、そもそもどうして、こんな長野のキャンプ場にいるんだろう?)



ハルトは、キャンプ場へと降りる道へとむかう。


まだ見ぬ生物への興味はつきない。

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