第28話 アタシと始まりの火

「よくここまで…


 全身を襲う刃が体を貫くその瞬間。そう、師匠の声が聞こえた気がした。


 でもごめんね?そもそもリリちゃんは私に勝てないの♪」

「えっ…?」


 ビュオォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!


 目の前からあふれ出した向かい風によって、私の全力はあっけなく吹き飛ばされた。


「キャアァァァァァァッ!」


 叫び声をあげて、空中にいた私は地面に踏ん張ることなどできず、家の残骸の上に背中から着地する。


 仰向けに空を見上げるその姿はまるで敗北の証明のようだった。


 侮っていたわけでは無いけれど、私のイメージを重ねて思い描いた理想は圧倒的な力の差でかき消されてしまった。


「うう…」

「すごかったわ!すごかったわ!本当に殺されちゃうと思っちゃった!」


 殺すはずだった標的は手を合わせて私を見下ろしていた。無邪気なその笑顔が憎らしい。


 けれども体は動かない。それどころか動かす気にもなれなかった。


 敗北した自分がみじめで、何もできなくて。このまま殺されて終わるであろう運命を私は呪った。


 しかし、やはり私の想像力は乏しいらしかった。私の人生はここで終わりじゃなかった。


「リリちゃん?あなたやっぱり旅に出るべきよ!それがいいわ!」


  見上げたその口から吐き出されたのは旅の提案。無垢な私が思い描いていた夢を叶えろと鼓舞する声だった。


「は…はは…もうそんな気力ないですよ…」

「だめよ?こんなにいい日なのにそんなこと言っちゃあ」

「何がですかっ!大事だったもの全部なくなって!あこがれの人に裏切られて!私には何にも無くなった!それの何処がいい日なんですか!」


 私は喉が爆発しそうな声で叫んだ。


「…こんな日だった。炎に村が呑まれて、何も無くなった日」

「いきなり…何の…話ですか?」

「何度もしたでしょ?旅の話よ」

 

そこから、彼女は語り出した。自分の旅の始まりを。


「私の生まれは東の小さな…たくさんの魔物が暮らす小さな村だった。私はそこの領主の娘でね。まぁ偉い立場だったのよ」


 懐かしそうに彼女は話す。


「それなりに暮らしは楽しかったわ。同年代の友達もいたし。でも、それは長く続かなかった。」

「どうして…ですか?」

「人間よ。私達の村は人間に滅ぼされたの」


 一瞬だけ声が低くなる。それは悲しさの様な、怒りの様な。複雑な感情が入り混じった声だった。


「みんな殺されて、そして幼かった私は泣いて隠れることしかできなかった。でも見つかって、怖かった私は思ったの。」


「首が落ちないかなって」


 低かった声がすこし弾んだ声へと変わる。


「そしたらね!目の前の首が飛んでったの!あの時の楽しさったらないわ!それでね!沢山殺した!あれはとってもとっても楽しかった!」


 先ほどとは打って変わって楽しさが有頂天に達したような声で彼女は思い出を語り続ける。


 その落差は私に狂気からくる恐怖を感じさせた。


「それで全部終わった時、今みたいな火の海に私は一人で立っていた。それで、ここにいてもつまらないなって思ったからそのまま村を出た。その後は…まぁ前に話した通りいろんなことがあったって感じ。」

「それで…なんで今日がいい日になるんですか」

「今の話聞いてたでしょ?今の貴方、私と同じじゃない」


 確かに、全部失って、一人になったという点では今の私と似ているところはある。


「でも、私は貴方の首を落とせませんでしたよ」

「んーまぁそれはリリちゃんが弱かったから仕方ないかなー?」


 軽く言われると悔しい。だけど今の私は体をどうにか起こすので精一杯で、文句を言う元気も出てこなかった。


「ともかく!私が言いたいのは、私の過去の経験上この後旅に出れば私と同じようにこれから楽しいことがいっぱいのはずって事!だから旅に出ると良いわ!」

「…意味わかんないですよ、あなたがなんで私にそんなこと言うんですか?」

「楽しかったからね、まだ生きててほしいってそう思ったの♪」


 そう言って彼女は私に背を向ける。その隙だらけの背中から心臓を一刺しにする力があればと思ったが諦めた。理由は言うまでもないだろう。


「また今度会った時、私に楽しい思いをさせてほしいな♪じゃあね♪」


 この悲惨な状況を作り出し、私に深い傷を刻んでいった魔物は満足げに次の旅へと戻っていくように歩き出す。


「待て!待て!待てええええええええ!」


 その足取りが止まることは無く私の呼びかけが空しくこだまする。


「待て!待て!待て!…待てっ…待って…待って…うわあああああああああああああああああああ‼」


 そして、姿が見えなくなるまで静止を呼び掛けた後、私は燃えるものが無くなり弱くなりだした炎の中で忘れてた痛みを思い出し、涙が枯れるまでわめき散らかした。








 

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