第27話 私とあなたにさよならを

「行きます」


 私は敵に向かって駆け出した。追い風を受け、真っすぐに狙いを定めて。


 向かってくる風刃を叩き落しながら、私は進む。全身に受ける向かい風は何の障害にもならない。


「あら、思ったより動けるじゃない」


 まだ距離は遠い。かといって焦って近づくと私の意識の外から刃に衝突する危険がある。


 私の飛ばすことが出来る刃と違って、敵の刃は金属をも真っ二つにするほど鋭い。


 あの速度で体の一部に触れでもしたら、切断された体の部位がどこかに飛び去って行くのが容易に想像できる。


「まあ、私も同じことだけってわけにもいかないけど♪」


 風の流れが変わる。渦を巻くように私の周りを囲みだす。まるで風の個室の中に閉じ込められたような。


「要は竜巻ってやつね。そこから出られるかしら?」


 風の勢いは更に強くなり、もう前も後ろも見えない。風によって造られた完全なる密室の中に私は残された。


 だけど止まるわけにはいかない。どうにもならないだなんて考えるのはやめたんだ。


 私はそのまま竜巻の中に飛び込む。


 ものすごい横風が襲い掛かる。普通なら吹き飛ばされてしまうだろうけど、うまく風をコントロールして、それを防ぐ。


 問題はその暴風と共に飛んでくる小さな砂利や木の破片だ。この勢いで飛んでくるそれらは私の体に傷をつけるには十分すぎる威力を持っていた。


 私の体が真っ二つになるほどの強さじゃないのは幸いだったが、その傷は徐々に私の体力と集中力を奪って行く。


「ぐっ…」


 余計なことを考えないと思えば思うほど痛みが深くなる。それでもこの先でほくそ笑んでいるであろう仇にこの刃を突き立てる為に真っすぐ突き進む。


 やがて、私の視界が晴れる。私は何とか竜巻を潜り抜けたのだ。


「いないっ!?」


 だが、その先には誰もいなかった。慌てて辺りを見回していると、私の後ろ、それも上空から声がした。


「すごいすごい!まさか真っすぐ抜けてくるなんて♪」


 徐々に消えて行く竜巻と共にゆっくりと降りてきた仇は手をたたきながら私を称賛した。


「このおおおおおお!」


 私はそれに手に持った刃で答える。


「うんうん。良い動きね」

 

 何度も何度も刃を突き付けるが、まったく当たらない。風に流されるように全ての攻撃を避けられてしまう。


「どうしてっ!どうしてっ!」

「これでもいくつか修羅場をくぐってきたからねー。そんな遅く振っていたんじゃ永遠に当たらないわよ?」


 魔物はまるで弟子に教えるような口調でそう言うと、私の手を掴む。そしてそのまま片手で私を地面へと投げ捨てた。


「くうっ…」

「ちょっと面白かったから…チャンスをあげる」

「チャンス…?」

「そう…追加授業よ。私を殺して見せなさい?」


 かつての師匠は笑っていた。その余裕そうな表情は自分が死ぬなんて微塵も思ってもいない顔だった。


「そんなの言われなくても!」


 私は体を起こしてもう一度刃を向け、突撃の構えをとる。


「おっと、ストップ。ストップ。それはもう当たらないってば。」

「……」


 悔しいけどそうだ。このまま向かって言ってもさっきの二の舞になるだけ。


「せっかくのチャンスよ?私は堂々と受けてあげるから、しっかりとね?」


舐めきってる。でも、今はそれに甘えようじゃないか。


目を閉じて頭の中で思い描く。師匠を一番殺せる方法を、そして師匠が死んだ光景を。


何度も、何度も繰り返して、イメージをハッキリとさせていく。


これはもう既に起こった現実だと見間違えるほど鮮明に。


そしてイメージは現実に。私は両手に刃を握り、姿勢を低くして飛び出した。


「結局それ?だからダメだって…っ?!」


私は飛び出す前に、刃を飛ばしていた。これで首を落とせれば一番楽だが、どうせ撃ち落とされて終わりだろう。


「こんなものっ…」


それでも一瞬相手の気を引くには十分だ。その刃をたどって来た私は既に敵の目の前まで接近していた。


 そのまま敵の首元へと狙いを澄ました一振り。はたから見たら必殺の一撃と言っても過言では無いだろう。


「甘い!」


 しかし、師匠はそれを手で勢いよく払いのけた。私の不意を突いた一撃に対応した。


 だけど、それも予想通りだ。だって私の師匠はそんなのにやられない。そう思っていたから。


「手ごたえが軽いっ…!?」


 私は刃が首元にあたる直前、わざと握った手を開いた。必殺の一撃を囮として使ったのだ。


 そして、私は相手が手を払うのに合わせ、体を風で翻して背後へと回った。


 これが本命。相手の裏をかき、背後から全力を叩き込む。絶対に逃がさない。


 師匠の周囲におびただしい数の刃をだす。狙う場所は心臓と頭。これでどれが当たったとしても絶命につながるはずだ。


 そして、私がこの手で狙うのは無防備な後ろ首。風に舞い、空に足を向けたまま今度は両手に刃を握る。


「これで、終わりですっ!!!!!」


 そのまま風の勢いを乗せて自分の体を射出する。


 これが私の全力。あなたへの怒りを込めた最大の攻撃。


 師匠が殺したお兄ちゃんが見せてくれた魔物を殺す為のこの刃で、師匠にサヨナラを送ります。


 




 



 

 

 


 


 


 


 

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