第26話 私と出来ること
私は石の階段を駆け下り、火の海の元へと歩き出した。下に降りれば降りるたびに、炎の熱が強くなっていくのを感じる。
私の家はどうなっているだろうか。お兄ちゃんは?お母さんは?カナリアさんは?そう思った私は始めに私の家の方へと急ぐ。
「どうして…こんな…」
いつもなら集会所に人が集まりだす時間だが、今は人の気配はない。悲鳴すらも聞こえなかった。
私が寝ている間に何があった?その謎について思考を巡らせる。
魔物が侵入してきた?それだったら既に村の中に魔物が蔓延り、私は既に襲われているはずだ。
だったら誰かの火の不始末?それだったらこんなに火が広がるわけは無い。
可能性を出しては事実が否定する。それを繰り返していると、私の家の前にたどり着く。
燃え上がり、その形を保てるのは後わずかといった家の前には、一つの人影が立っていた。
「カナリア…さん?」
「あら…リリちゃん。もうおそようの時間だぞ♪」
いつもの調子。というよりいつもより機嫌よく挨拶するカナリアさん。
炎の熱に照らされながら笑顔でそういう彼女はなんだかとても恐ろしく感じた。
「何…してるんですか?」
「いやー、そろそろ私も旅に戻ろうかなって思って。」
そういう彼女の手の片方にはここに来た時に持っていたかばんが握られている。
そして、もう片方の手には、メラメラと燃え上がる炎が先についた松明が握られていた。
「その持っているのは…?」
「私の荷物よ?リリちゃんも見たでしょ?」
「‥‥‥」
今起こっている事に対してのストレスで声を出したら吐き出しそうな私は、目線だけでカナリアさんに訴えかける。
「ああ…こっち?私は風を使えるでしょ?この村を燃やすにはこの程度の火で十分なのよ。」
そう言ってカナリアさんが松明を軽く振るうと、分かれた小さい炎が風を受けて、一瞬にして膨張する。
それは私の家を包み込むと形だけを保っていた家を一瞬にして倒壊させたのだった。
「ね?♪」
「どうして…こんな事したんですか…?」
「そうねー…本当は結構楽しかったし、こんな事するつもりなかったんだけど…」
かばんを置いてカナリアさんが手を払うと、暴風が私の家に残っていた火を吹き飛ばす。
そして崩れた瓦礫の山に登ると、そこから黒焦げになった人型を取り出す。その大きさは私の背丈と同じくらいだった。
「バレちゃったからかな…♪」
「バレ…た?」
こっちを向いてにたぁと笑ったカナリアさんの顔がどんどん変化していく。肌は青く染まり、頭からは2本のねじれた双角が生え出す。
きれいな指は不気味なほど伸びて、爪も全てを引き裂きそうなほどに鋭く伸びる。
「私が魔物だってことがね?」
そこに立っていたのは私のあこがれた人ではなく。目標といていた師匠ではなく。故郷を燃やしたにっくき魔物だった。
「まさかバレちゃうなんてねー…っとと!」
「今までだましてたんですか!旅の話も…全部嘘だったんですか!?」
怒りを込めたからか、今までにない速度で飛んだ風の刃を首元に向けて打ち出しながら叫ぶ。
それを涼しい顔で躱したカナリアさんは私の問いに答える。
「んーん?ほとんど嘘なんてついてないわよ?旅の話もそれがとっても楽しいって事もどっちもホント。」
「えっ…?」
意外な答えだった。
「隠してたのは…私が魔物って事とー…魔法の事くらいよ?」
「魔法の事…?」
そう聞いた瞬間。こちらを向いて再びカナリアさんは笑った。
「ねぇリリちゃん。私と一緒に来ない?」
突然の提案に私は一瞬言葉を失った。魔法の話とまったく脈絡がなさそうな言葉に思考を回す事無く答える。
「行くわけないじゃないですか!」
「ええー?でもリリちゃん旅に出たかったんでしょ?それなら私と一緒に来た方がいいと思うなー?」
「…もう貴方をあこがれの人だとは思っていませんから」
「残念…フラれちゃうなんて面白くないなあ…」
落胆した表情を一瞬見せた後に魔物は目を閉じた。そして、次に開いた目には感情が失われていた。
「じゃあ、あんたも死んで」
魔物の冷たい声と共に風が巻き起こり、私の体が勢いよく吹き飛ばされる。
「ぐうっ!?」
地面へと投げ出され、仰向けになった体を急いで起こそうとしたがその動作は許されなかった。
上半身を起こしたと同時に、ガラスの破片が全身に突き刺さったかのような痛みが与えられる。
「ああああああああああああああああああっっ!!!」
できた傷跡から血が滲む。
「本当残念…面白くなりそうだったのに期待はずれだったわ。」
圧倒的な強さ。勝てない。勝てない。勝てない。どう考えても、殺される未来しか見えない。一言でいえば絶望しか感じない。
でも、このままは嫌だ。大切な物全部奪われてそのまま何もできずに死ぬのは嫌だ。
『いい?戦闘中1番やっちゃいけないのは、出来ないイメージよ。』
なぜか師匠の言葉が頭に浮かんだ。一番憎むべき存在となったはずの人の言葉なのに思いだされた。
理由は直ぐにわかった。これが今の私に、目の前の奴を倒すのに必要だからだ。
思い出された言葉を脳内で実行する。私はもうあいつに勝てないだなんて思わない。
私は立ち上がる。座ったままでは負けを認めたも同然だ。
「あら、立つのね?それで?」
貴方を倒すにはどうすればいいか。
「自分は最強だと想像しながら魔法を使いなさい…」
私は師匠から教わった最後の言葉をわざと聞こえるような声量で呟く。
「そうね、良く覚えてたじゃない♪」
「はは…でもそれじゃ駄目ですよね」
わざと鼻につく言い方でその言葉を否定する。
「だって、私がイメージした風じゃ貴方のイメージを超えることなんてできないじゃないですか。」
「じゃあ諦めちゃう?」
「いいえ。だったら別のイメージをするだけです。」
私じゃ強い風なんて出せない。私じゃあなたのイメージを超えられない。だったら別の方法で。
風をイメージで動かせるというのなら。体の動き全てを風に任せようじゃないか。
私の体がほんの少し宙に浮かぶ。
「それは…?」
「誰だって、首を切ったら死にますよね?」
武器を用意しよう。お兄ちゃんが持っていた剣。その刃だけでいい。掌が剥けて無くなっても別にいい。
強く握りしめた私の手の中に、風の刃が現れる。その瞬間から拳から血が滴り始めたが、どうでもいいことだった。
「今から、貴方の首を切って殺します」
私の体の動きは、私のイメージ通りに動く。どれだけ傷を負おうとも、どんな無茶な動きしたとしても、体にどんな負荷がかかろうとも関係ない。
直接この刃を当てて殺す。
「あははははははははっ!良いわ!そんな非効率な事私思いつかなかった!とってもとっても面白い!」
目の前の仇が大きく笑う。今まで見てきた中で最高に楽しそうだった。
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