第22話 私と遭遇

 文字通り右往左往しながらもなんとか一番大きな木にたどり着く。


 近くで見ると森に入る前よりもでっかい。つい様付けして読んでしまいそうだ。


「結局何もいなかったな」


 手を顔の後ろに回し、つまらないといった感情を乗せてお兄ちゃんが呟く。


 例の踏み後を見た私達は辺りを警戒しながらここまで来たが、特に怪しい気配も感じることは無かった。


「何もないことは良いことでしょー」

「それは否定しないけどさ。ていうか何やってんだよ」

「一応ここに来ましたって印を付けとこうと思って」


 私は家から持ってきていたナイフを使って木の幹に自分の名前を掘っていた。


 せっかくここまで来たし、これくらいはね。この場に怒る人もいないだろうし、何より冒険の思い出が0だというのも嫌だし。


「俺も書こうかな。そのナイフ貸してくれ」

「えー?その剣使えばいいじゃない。」

「初めて使うのがこんな事なんて嫌だ」


 といった理由を振りかざすお兄ちゃんに渋々とナイフを渡す。


 そして、お兄ちゃんは、リリと彫った隣に無駄に達筆な文字でタカサと彫った。


 そういう事するとやり直したくなるからやめてほしいのだが、やり直しが出来るはずもないので諦める。


「…っとこんなもんか」


 達筆な文字を彫り終わると、私に手に持った小さい武器を私へと返してきた。


「どう?満足した?」

「いや…やっぱりもうちょっと奥に行かないか?これじゃつまらない」

「先に言ったところでもう何もないと思うんだけど…」

「そんなの分からないだろ?あとちょっとだけ!な!」

「だめ」

「…そんなの分からないだろ?あとちょっとだけ!な!」

「だめ」

「‥‥‥そんなの分からないだろ?あとちょっとだけ!な!」

「だめ」


 そこまでやってお兄ちゃんはようやく諦めたみたいだった。がっくりと肩を落としたのを見るとちょっと申し訳ない気持ちが湧き出てくる。


「まぁ思い出が一つ出来ただけでいいじゃない。初めての冒険にしては上々の結果だと思うよ?」


 慰めのつもりで私は明るくそう言った。


「足りないんだよなぁ…それだけじゃあ…」

「まったく、強欲なお兄ちゃん」


 その時、ふと辺りに吹いていた静かな風が変わったのを感じる。


 カナリアさんと魔法の修業をしてたから気づけたんだろう。明らかに風に乗って何かの視線が飛んできた。


 どこから?方向までは分からない。分かるのは確かに誰かに見られているという事だけ。


 このまま止まっていたらよく狙ってから討たれる。私だったらそうするという予想の下次の行動を決めた。


「お兄ちゃんこっち!」


 目の前で未だだらんとしていた手を引っ張り、元来た方角へと一目散に走りだす。


「どうしたいきなり血相を変えて!?」

「今は理由は聞かないで走って!」

「せめて一言何か言えよ!」

「じゃあ…狙われてるから!」

「じゃあ走る!」


 これで話が伝わるのは正直ありがたい。今は一秒も止まっている時間なんて無いんだから。


 でも、誤算が2つ。いやどちらかと言えば考えても仕方がなかったから考慮しなかった事なのだけど。


 1つ目は視線の主が私達よりも数倍速かったこと。後ろからすごいスピードで近づいてきた気配が上を飛び越した。


 もう一つは、そいつは初めから隠れて私達を狙う必要などなく、正面からねじ伏せられる強さを持っていたこと。脆弱な私達の前に、魔物が現れた。



グルルルル‥‥‥


 逆立った赤い剛毛と鋭利な白い牙を持った4足歩行の生き物。その表情は、草原を闊歩する無害な動物たちとは違い、怒りの様なものを感じる。


 怒りの表情。それは他人を傷つける人の顔であり、私達を傷つける気なのは明白だった。


「あはは…追いつかれちゃった」

「リリ、後ろに下がってろ。」


 新品の剣を鞘から出して魔物に向けて構え、お兄ちゃんが私の前に出る。


 背中から見てもその手は震えており、実際に魔物に直面することの恐ろしさを実感していることが見て取れた。


「でりゃあああああああああ!!!」


 震えていた手を止め、力を込めた一撃が魔物に襲い掛かかった。


 ガキン!


 金属同士がぶつかったような音が鳴り響く。剣は実際の金属だけども、向こうは牙。


 音から察するに向こうも金属以上の強度を持っていることが事実として明らかになった。


 持つ道具は互角、となれば後はそれを扱う者の力の差が顕著に表れる。

魔物はそのまま強靭な顎を振るい、咥えた剣をその装備者と共に振り飛ばす。


 ドスンという鈍い音の後にガサガサという木々の大きく揺れる音がその衝撃を表していた。


「ぐぁっ…」

「お兄ちゃん!?」


 私が駆け寄ろうとする速度よりも魔物が先に動く。


 魔物は、動けなくなった体にとどめを刺そうと口を大きく広げ、鋭利な牙を突き立てるために飛びかかる。


 私は魔物に向かって手を伸ばすが届かない。間に入って攻撃を防ぐ、そんな英雄じみた行動は私にはできなかった。


 私にできたのは、だった。


「やぁあああああっ!!!」


 地面に立っていなかった為か、魔物の体は私の想像よりも大きく投げ出された。


 しかし、魔物はその体を空中で一回転させ体に衝撃を与えることなく着地した。


「リリ…お前それ…」

「えへへ…私も戦えなくちゃと思って…びっくりした?」


 旅に出る為に覚えた力。お兄ちゃんと一緒に戦う力。


 こんなに早く使う事になるとは思わなかったけど、なんとか修業の成果を出せたと思う。


 魔物が警戒しながらこちらを向く。未知の力を見たからか直ぐに襲い掛かるような事はしなかった。正直賢いなと感心する。


 しかし、割と私にできるのは今のがせいいっぱい。これ以上のイメージは出来るかわからない。


 でも、あいつを倒すには、あれじゃ足りない。さっき以上の強いイメージが必要だ。


「大丈夫。多分どうにかできるから。だから待ってて?」


 お兄ちゃんに聞こえる声でそう言った。私は声に出さないと自分を鼓舞するのが出来ない性分だから仕方がない。


 こうして、初めての冒険に続いて、私の初めての戦闘の火蓋が切って落とされた。



 

 


 

 

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