第21話 私と森

 高台から見た森は、ただの色でしかなかった。退屈な風景を彩る数少ない色。


 でも、それは遠くから見た時の話。近くで見ると威圧感のある背の高い木がこちらを見下ろしている。


 木々の隙間は暗く、先が見えない。一度入り込んだらそのまま黒に飲み込まれてしまいそう。


「うう…ちょっと怖いな…」


 私はそんな想像よりも恐ろしかった存在に対してそんな情けない言葉を吐いてしまう。


 一方のお兄ちゃんは全く怖がっている様子は見られない。


「意気地なしめ。ここまで来て止めるのか?」

「いや、止めないけどさ」


 ここまで来て帰ったら何しに来たかわからない。いくら怖いと思ったとしてもスタート地点に立って終わり。とはいかないだろう。


 ここまで来たら進むだけ。そう決めた私はお兄ちゃんよりも先に森の中へと足を踏み入れる。


「ちょっと待てよ」


 その声に返答はしないで、後ろから聞こえる声が遠くならない速度のまま私は進む。


 余裕そうなお兄ちゃんより先に森に入ることで自分を落ち着かせる作戦は功を制したそうで、私とお兄ちゃんはずんずんと森の中を進んでいくのでした。


「ところで、どこまで行くの?」


 進みながら、この冒険の目的地について尋ねる。


 一応、魔物退治という名目はあるものの、この森をどこまで進むのかといった計画は決めていない。


 この冒険を言い出した張本人ならばと思いこの冒険の終着点を私は尋ねた。


「まぁ適当に、それっぽい所に着いたらって感じで…」


 つまりノープランって事らしい。期待してはいなかったけど、流石にそんな事では森の中で迷って転んで帰れなくなってしまう。


「はぁ…じゃあこの森で一番大きな木を目指そう?」

「一番大きな木?そんなのあったか?」

「あったよ、上に少し飛び出してとんがったところがあったでしょ?」

「いや、わからないけど。」


 私より外を見てるはずのあなたが知らないわけないでしょと突っ込みをしたくなったが、キョトンとしたその表情から本当にわからないんだという事が見て取れる。


「もう!私が分かっているから付いてきて!」


 私は薄暗い森の中を迷いなく進んでいく。


「お前こんな中で道なんかわかるのかよ」

「大丈夫だって」


 今のところ森に入ってから真っ直ぐにしか進んでいない。


 例の目立つ木はこのまま真っすぐに進めばたどり着くはずなのはこの森に入る前から確認済み。


 変なアクシデントが無い限り迷う事なんてないだろう。


「止まれ!リリ!」


 突然後ろからお兄ちゃんの声が聞こえた。木々の擦れる音だけが囁きのように聞こえる中でそれは耳にナイフを突き刺すようだった。


「何⁉」

「見ろよこれ!」

「…特に何もないけど?」

「こっちに来て、よく見ろって!」


 私が近くに駆け寄って見てみるが特に何もないように見えます。


 正確に描写すると、ただ風かそれとも時間によって落ちた葉っぱたちが積み重なっている。


 でも、そんなのは森の中の日常であり、別段特別な状況には感じない。多分。森に入ったのも初めてだけど間違ってない。多分。


「気づかないか?」

「気づかないね…」

「ここ、ちょっと地面が凹んでる」


 よーく見てみると確かに積まれた葉っぱが小さく沈んでいるように見える。


「ほんとだ…よく気づいたねこんなの」

「まぁ冒険者たるものこれくらいな」


 そう言ってお兄ちゃんは得意げに胸を張る。なんかちょっと負けた気分。悔しい。


「とりあえずこれでここに何かがいることが証明されたってことだ。」


 なるほど、お兄ちゃんがドジで自分が歩いた箇所を指摘したわけじゃないなら、この沈んだ後は誰かがこの箇所を最近踏んだという事だ。


 私の知る大きさの鳥や虫では葉っぱの上を通っただけでこうはならない。平原にいる動物が森に入ってくのも見たことない。


 と、なると考えられるのは、森の中に私達程の体重を持った何者かがいる。それが怖い魔物か安心な動物かはわからないけど。


「いよいよ冒険じみてきたな!」

「楽しそうだね」

「そりゃあそうだろ。寧ろなんでお前は楽しそうじゃないんだ」

「危険な目に会いたくはないし、こんなの見たら不安になるよ」

「リリは冒険が分かってないなぁ。それが醍醐味ってもんだろ」

「冒険には危険が付き物なんて誰が言ったんですかー」


 そう言うのは雰囲気だけでいい。危険な目に会って楽しいなんて思うのはよっぽど頭おかしい人。それか旗から見て適当な感想を言う人だけ。


 実際に危なくなったら楽しいなんて感情は出てこないのは経験済みだろうに、どうしてお兄ちゃんがワクワクしているのかな。


「だめだ、もう我慢できねぇ。リリ先に行くな!」


 そんな感情が爆発したようにお兄ちゃんは森の奥の方へと駆け出して行った。


「ちょっと!お兄ちゃんは道が分かってないでしょ!?」


 ここまで迷わないために真っすぐ来たのが台無しになってしまう。私は、凹んだ落ち葉の群れをグリグリと足で踏みつぶす。


 ちょっと雑だけど、お兄ちゃんを呼び戻してここに戻ってくるのには十分な目印でしょう。


 遠くに行った向こう見ずな冒険者さんが見えなくなる前にと、私はその場を後にした。


 

 


 


 




 

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