第19話 私と告白

 慣れ親しんだ自宅の前。いつもなら安心の代名詞とも言える場所であるが、今日に限ってはそうじゃない。


 緊張と不安で足が止まる。お母さんに会うのが怖いと思う日が来るだなんて夢にも思わなかった。


「なに家の前で固まってんだ。さっさと入るぞ」


 お兄ちゃんがスタスタと私の横を通り過ぎる。私と違って前から打ち明ける覚悟を決めていたんだろう。


「あっ、ちょっと待って…」


 前を歩く背中に張り付いて、私も家へと入っていく。


「ただいまー」


 いつもの調子で帰宅の宣言をしながら、お兄ちゃんは、スタスタと足早にリビングへと向かう。


 情けないとは思いつつも、うまく歩けない私はその肩を掴んで付いていくのがやっとだった。


 そうして、いつも食事を囲んでいるリビングへとたどり着くと、椅子に座ってテーブルに肘をつくお母さんの姿があった。


「おかえり」


 こちらを向いたお母さんの優しい声。その声に私の緊張はほんの少し和らぐ。


「母さん話があるんだ」

「ふぅ…なんだい?」


 お兄ちゃんの言葉にお母さんは一呼吸置いてから返す。その様子はこれから言われる言葉を受け止める準備のよう。


「俺、次商人が来た時一緒に城下町に行く」

「そうか…行っておいで」

「うん。行ってくる」


 それだけだった。前からずっと言っていたからか、お母さんの動揺は見られなかった。


 ただ、いつか言われるだろうなと思っていたことが現実になっただけ。だから驚きも少ないんだろう。


「それで?あんたも何か言いたいんじゃないの?」


 お母さんの目がお兄ちゃんの後ろへと動く。そして体の大半をお兄ちゃんの背中に隠している私と目が合った。


 目をそらしながら、ぎりぎり声が届く位の小さな声で私は答える。


「えっと…はい…」

「だったら、ちゃんとこっちに来て話しなさいな」


 1歩ずつ、前に行きたくない気持ちを押し殺しながら前へと歩き出す。話す言葉はまだ決めていない。


 お母さんの前に立って、「ふう」と一言。煩い心臓を騙して私は言った。


「お、お母さん私も言いたいことがあります。」


 声が震える。やっぱり怖い。お母さんに驚かれるのが、駄目って言われるのが、家を継ぐのが夢じゃなかったのかと言われるのが、怖い。


お母さんはうなづきながら「うん」と相槌を打った。


「私もお兄ちゃんと一緒に外に出ます」

「そうか。行っておいで」


 私の極限まで緊張していた声で言った宣言を、本気にしていないんじゃないかと思うほどのあっさりとした声で許可が下りた。


「いいの?」

「なんで聞き返すのさ?」

「だって、私、そんな事言ったことないのに」

「言ったことなくたってわかるさ」


 ボーっとしている私に突然の痛みが額に走る。


「痛っ」


 デコピン後の手が目の間にあった。その奥には呆れた表情の顔が見える。


「タカサと同じ位あんたのことだって見てきたんだよ」

「見たって私が外出たいなんてわからないでしょ?」

「アンタとタカサほど分かりやすい奴なんていないと思うけどね」


 お兄ちゃんは確かにと思うけど、私まで分かりやすいだなんてそんなわけないじゃん。そう思った。


 だって私も最近まで気づいていなかったんだ。自分の中の外へのあこがれがこんなに強かったなんて。


 どんなことでも、自分の事は自分が一番わかっている。はず。だからこの憧れは誰にも気づかれないはずでしょ?


「自分でもわからなかったんだよ?外に出たかったなんて。それなのに…」

「騙せるのは1人だけ」

「はぁ?」


 いきなり訳の分からないことを言って立ち上がるお母さん。


「その気持ち。騙せたのは自分だけだよ。周りは皆分かってた」

「そんな…どうして」

「アンタの顔を見ればわかるさ。タカサと同じ表情してたんだから。外を夢見る少女って感じだった。」


 お母さんがそう言いながら、私のほほを撫でる。その表情はさっき見た呆れ顔だったが、少し優しさを感じる。


 お母さんの言葉が本当なら、私は最初っから夢を持っていたことになる。そしてそれを自分に気づかれない様にずっと隠してきた。


 そっか。だからあんなに簡単に許してくれたんだ。お兄ちゃんと同じように私からもいつか言われるんだろうなってずっと思っていたから。


 お母さんは私の顔から手を離して、私に簡単な指示を出した。


「じゃあ、リリもう一度言ってごらん」


 もう一度。


 そうだ。夢を宣言するときは、真剣に、はっきりと、そしてかっこよく。そう言わないといけないんだったな。


 あんな自信無く言うのは違う。ちゃんと言うんだ。私は、私の夢を叶えるために、外に出ていくんだって。


「お母さん!私も言いたいことがあります!」


 声はもう震えていない。もう怖がることなんてないんだから、お母さんだってその覚悟が出来ていた。覚悟が無かったのは私だけだ。


 お母さんがこくりと頷く。心なしか少し笑っているように見えた。


「私、リリは、お兄ちゃんと一緒に外の世界に行ってきます!私が…私のずっと奥深くに眠っていた夢を叶えるために!」 


 堂々とした宣言。お母さんと、私。そして聞こえていないだろうけど、私の夢を知っていた皆に向けて高らかに言った。


「行ってきなさい!私は貴方の夢を祝福するよ!」

「わぁ…ありがとう!お母さん!」


 私は、お母さんに抱き着いて言った。いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、なんだか涙が出てきたのを見られたくなかったから。


 ありがとうお母さん。私行ってくるね。そう言いたかったけれど、言えなかった。




「全く…大げさだよな…」


 その様子を後ろからずっと見ていた俺は、妹と母さんが抱き合っているのを見つめながらそう呟いた。


「ホントよね。でも、私なんて旅を祝福してくれる人なんていなかったからちょっと羨ましいわ」

「うわっ…カナリアさんいつの間にいたんですか」

「いやー、そろそろ2人が旅に出たいって言うでしょうから、二人の門出を祝ってパーティをしませんかってお母さんと相談してて…」


 なるほど、今日はどこに行っているんだと思っていたらそんなことをしてたのか。それなら母さんのあの覚悟を決めたような表情にも説明がつく。


「その準備が終わって、2人が帰ってくるまで隠れていたんだけど、出るタイミングを無くしちゃってね?」

「はぁ…あいつ今嬉しくて泣いてますよ。そんな姿俺達に見られたくないとも思っているだろうし」

「そうねー…リリちゃんが泣き止むまで、もうちょっと私隠れていようかしら」

「それなら旅の話聞かせてくださいよ」

「良いわよ。1週間じゃ話しきれないほど旅の思い出は沢山だもの」


 そう言って俺はカナリアさんと二人でこそこそと隣の部屋へと移動した。


 結局、その歓迎パーティが始まるのは太陽が完全に見えなくなる時間になってからの事だった。


 


 


 

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