第15話 私も
村に戻るとすぐに、カナリアさんは、「じゃあ、私は今日は村を見て回ってくるわ♪」と、言ってどこかへ行ってしまいました。
修行が終わって、師匠と呼べなくなったカナリアさんを見送った後、私は、心残りを解消するために、広場へと向かいます。
広場へ向かうと、予想通りお兄ちゃんが手作り感あふれる人形に向けて木刀を振っていた。
私はお兄ちゃんの背中に向かって、てててと小走りで近づく。
「お?リリか?もうカナリアさんとは良いのか?」
こちらに気づいたらしいお兄ちゃんは振っていた木刀を肩に担ぐと、すぐ後ろまで近寄っていたこちらを向いて、そう言いました。
「う…うん」
「何か顔赤いぞ?そんな急ぎの用事か?」
「ふぇ!?」
お兄ちゃんの言葉を確かめるために、自分のほほを触って確かめる。
私の顔はたしかに熱を持っていた。それは別にここに急いできたというわけでは無く、ここに来る前の光景が頭に残っていたからだった。
頭を働かせるたびに、キスの光景が頭によぎる。その度に私の顔には血が巡り、顔が熱くなってしまう。
「べ…別にそうじゃないけど、うう…」
「なんか、もっと顔が赤くなったぞ?」
「もう気にしないで…」
「わかったよ、それでなんでここに来たんだ?何か用事があったんだろ?」
「ああ…そうだった。えーっと…」
しまった、なんて話を切り出そう。私も旅に出たいだなんて、いきなり切り出せるような話じゃないや。
そう気づくと、言葉がでない。言いたいことがあるのに言葉にできないのがもどかしい。それでも伝えようとすると口がごもってしまう。
「なんだよ。まさか、理由もなしにここに来たのか?」
「そうじゃないけど…そうだ、お兄ちゃんと話がしたくて!」
「いつでも出来るだろそんなの…」
「そうじゃなくて、カナリアさんの話を聞いてお兄ちゃんがどう思ったのかなーって、村を出ることに対して何か思う事あったかなーって」
うーん、我ながらだいぶ遠回りをしたと思う。もう少しいい話の入り方ってものがあったでしょ私。
もし、私がカナリアさんみたいな話し上手だったらうまく聞けたのかなと思う。
まぁ、それでも旅の話になったから、その流れでどこかで自分の思いを打ち明けられるはず。
そう思っていた私に、お兄ちゃんは意外な答えを返してきました。
「そうだな…ちょっと村を出るのが怖くなった」
夢に向かって真っすぐなお兄ちゃんの口から出たのは今まで一言も口に出さなかった『怖い』という言葉。
でも、あんまり驚かなかった。自分もそういう気持ちは持っていたから。
「あっ…そっか、理由を聞いてもいい?」
「カナリアさんの話ってリアルなんだよな。面白い話にしてるけど、旅の厳しさっていうか、現実をちゃんと織り交ぜてる」
確かにそうだった。私が商人さんの話と違って、カナリアさんの話をうまく聞けるのもそれが理由の1つだと思う。
「だから、少し怖くなったんだよ」
「じゃあ、旅にでたくなくなった?」
「まさか、寧ろ逆だ」
お兄ちゃんは木刀を置き、近くの切り株に座って話を続ける。
「早く旅に出たくなった。カナリアさんの話を聞いて、直ぐにでも」
そう言ったお兄ちゃんは少し俯きながらそう言った。まるで、何か大事なことをを言おうとしているような。
そんな表情を私は無言で見つめる。短い沈黙の後、お兄ちゃんは意を決したかのようにこちらをまっすぐに見つめて、いつもと同じ明るい声で言った。
「俺、村を出ていくよ。1週間後、商人が次に来た時一緒に城下町へ行く。」
ついにこの日が来たんだ。私はそう思った。お兄ちゃんは、ずっと思い描いていた夢を叶えようとしている。
「そっか。決めたんだね」
少し開いていた口を閉じ、息を飲み込んでから私がそう聞くと、
「ああ、もう決めた。もう旅に出る夢は叶える。そして、その先の夢を叶えるんだ」
力強い声だった。夢を語っていた時のような明るくて、楽しそうな声じゃなくて、真剣で、はっきりとしていて、なんだか、かっこよかった。
「うん、お兄ちゃんなら、きっとその先も叶えられるよ」
「そっか、ありがとな。」
夢をかなえようとしている私の大事な人は、少し恥ずかしそうな表情で、頭を掻いた。
ああ、今なら言えそうだな。
「ねぇお兄ちゃん、ここに来た理由だけどね、実はお兄ちゃんに言いたいことがあってきたんだ。」
「なんだよ急に」
「決めたんだ」
少し前の私だったら、ただ応援するだけだったかな。もしくは、何も感じないでただ「行ってらっしゃい」と、言うだけだったかもしれないな。
でも、今はおんなじ夢を持っているから。傍にいたいって思うから。
私は、今の自分の気持ちをぶつけるんだ。
「私も旅に出る。」
真剣に、はっきりと、かっこよく私は言った。夢を叶える宣言をするときは、そうやって言うものだって、見せてくれたから。
開いた口がふさがらないといった感じのお兄ちゃんに私は続けて言う。
「それで…その…お兄ちゃんと一緒に行きたいな」
あれ、なんだかこっちの宣言は恥ずかしいな。なんでだろ。
もじもじしながら、私の宣言を聞いたお兄ちゃんの顔を見ると、口元が緩み、段々と笑みがこぼれてくるのが見えた。やがて、その表情が満面の笑みになったかと思うと、
「リリ、お前ー!!!」
「ひゅいっ!?突然何って、うわぁっ!?」
いきなり立ち上がって、私の方へと抱き着いてきた。その勢いで私はお兄ちゃんに押し倒される形になった。
「ちょっと!?いきなりあぶないでしょ!」
「ははっ!だって嬉しくて!お前が俺と外に出たいだなんて言ってくれるなんて!」
「もう…なんでそんなに嬉しいの?」
「だって、それも俺の夢だったんだぜ!」
「は?」
「だからな、俺はお前と旅に出たかったんだよ!」
お兄ちゃんは立ち上がって、私を見下ろしながらそう言った。知らなかった。お兄ちゃんの夢に私が関わっていただなんて。
「じゃあ、なんで最初っからそう言わなかったの?」
私は当然の疑問を投げかけた。
「はぁ!?そ…そんなの…お前から行きたいって思わないと、意味ないだろ」
少し赤くなった顔を片手で隠しながらお兄ちゃんは言いました。
「意味ないって…?」
「あー、もう!全部言わないと分からないのかよ!」
顔を更に赤くさせて、は大きな声で怒鳴るように叫ぶお兄ちゃん。
うーん?まだまだ私にはお兄ちゃんの言っていることが伝わってきません。
「いいか?俺はお前と一緒に、楽しく色んな場所を見たり、いろんなことを話したりする旅がしたいんだよ!大事な旅の仲間としてお前が欲しかったんだ!」
「なにそれ?私が欲しいって?」
私は誰かのものではないんだけども。
「あーもう!これ以上はもう何にも言わないぞ!」
お兄ちゃんはそう言うと切り株に立てかけていた木刀を拾い上げて私に背を向け、村の方へ、すたすたと歩き出した。
「ちょっと!私まだよくわかっていないんだけど!?」
お兄ちゃんを向きながら私は呼びかける。
「ああ、もう知らん!」
お兄ちゃんの村へと進む足がさらに速くなる。
「ああ、もう!待ってよ!」
私は既に広場の出口付近まで進んでいたお兄ちゃんを駆け足で追いかける。
一緒に旅に出ても、こんな感じの毎日になるのはちょっとごめんだなと思いながら、私も広場を後にするのだった。
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