第14話 私と風3
次の日になり、朝の日課を終わらせ、カナリアさんのお話を聞きに集会所へと集まる。
案の定皆にからかわれたものの、足を閉じてしゃがんでから、頭を抱える完全防御スタイルで何とかしました。
ちなみにカナリアさんのお話もそうやって聞きました。周りの視線は見えなかったのでわかりません。
「リリ…お前ずっとその姿でいるつもりかよ…」
お兄ちゃんが隣で何か言ってた気もしましたが、師匠の話に集中していた私には聞こえませんでした。
そんなこんだで、話が終わって私は再び師匠と草原に出かけます。昨日よりもお兄ちゃんを説得するのに時間がかかったけど、
「女同士の隠しごとに男子は突っ込んじゃダメなのよ♪」
と、いう師匠の一言でお兄ちゃんは渋々でしたが納得してくれました。流石師匠。人を納得させる話し方って言うのもお手の物なのでしょう。
とはいえ、何度も通用する手では無いので、次はなんて言ってお兄ちゃんを納得させようかと考えながら歩く私。
そして、良い考えが出ないまま草原の真ん中にたどり着き、師匠との2回目の修業の時間が訪れました。
前回と違って、師匠は本以外に、大きめのかばんを持ってきていました。
「さて、今日の修業を始める前に…リリちゃんは、魔法を戦いにつかいたいのよね?」
私の前でかばんを広げ、何かをごそごそと探しながら師匠は私にそう聞きました。
「はい、魔法で戦えないかなって思ってます」
「それで、正直なこと言うと、私達の魔法は戦闘向きじゃないの。物を吹き飛ばすとか、引き寄せるとかが主な使い方だし。」
そう言いながら師匠は、かばんから小さいナイフのようなものを取り出す。お母さんがよく使っている、商人さんから買った果物とかを切るのような奴だった。
「でも言ったでしょう?魔法はイメージだって。つまり、風の認識を改めればこういうことも出来るの。」
師匠は、ナイフのカバーを外して、誰もいない空中へとそれを放り投げる。
そして、空中に舞うナイフの刃の部分に何かが当たったかと思うと、ナイフが破片も出さずに真っ二つに分かれてしまいました。
「ひっ…」
私は、驚きというより、ちょっと怖さが勝ったようなそんな声を出してしまう。
刃物という切るものが切られる側に回っているというのが信じられなかった。師匠の風のイメージってどうなっているんだろう。とも思った。
「まぁ、こういう感じね。まぁこれはいきなりやれとは言わないわ。」
やってみて、と、いきなり言われても無理だと思ったので安心しました。私は思わず「ほっ…」と息をつく。
「今はそれよりも基本的が大事。ほら、風を出してみて?」
「は、はい」
私は昨日と同じように風を出す。前と同じように、高台の風をイメージしてから、その風を段々と強くしていく。
「良いわ。じゃあ次は、この石を投げるから、それに向かって風を吹かせてみて?」
師匠はそう言って石を投げる。その近くに風が吹くイメージをすると、そのまま落下するはずの石の軌道は変わり、少しずれた場所に着地した。
カナリアさんは落ちた石を見下ろして、少し頷いた後私の方を向いて言いました。
「うん、合格ね。じゃあここまで」
「ええ!?もうですか?」
私は驚きました。昨日あれだけやったことを1回やっただけで終わったのだから驚くのも無理はないと思います。
「正直、もう卒業…というか教えること無いのよね…」
「でも私、師匠みたいな風をまだまだ出せてません!教わることいっぱいです!」
「教えるって言っても…後はイメージ次第としか言えないのよ。それに…」
師匠は、真っすぐに私の方を見て、
「リリちゃん。あなた何か別のこと考えてない?」
「別に考えてません」
「嘘。風を出すのに昨日より時間がかかっているし、風も真っすぐじゃない。集中出来てない証拠よ。」
「そんなはず…あっ…」
私は昨日の夜を思い出す。確かに私は、お兄ちゃんに「私も旅に出る」と伝え忘れた。
でも、そんな今言われて思い出したような事で集中出来てないって言われて修行が終わりなのは嫌だった。
「…でも、これで終わりなのは納得いきません…」
「そうね…じゃあ少し、最後の授業をしましょうか」
師匠は静かにそう言った。私は最後の授業と聞いて、背筋を伸ばす。
「じゃあ…魔法を使う上で重要な事って何だと思う?」
「集中することですか?」
「ちょこっと正解って感じね。正解は魔法を使うイメージを崩さないってこと。もっと分かりやすく言えば、何があっても魔法が使えるって忘れないこと。」
「忘れるって…忘れるわけないじゃないですか?」
「そう?じゃあやってみましょ?」
そう言うと師匠は私の目の前へと顔を近づける。近距離で師匠の綺麗な目と見つめあっていると、同じ女性同士なのに恥ずかしくなってくる。
ほほを少し赤らめながら、私は声を出した。
「し…師匠?」
「今から私を風で引き離してみて?無理だったら引き離そうとするだけでいいわ♪」
「わ、わかりました。」
「それじゃスタートッ♪」
チュッ…
そして、師匠は自分の唇と私の唇をくっつけた。
『え?ええ?えええええーーーーー!?』
声にならない叫びを心の中で発する。昨日、今日と感じた恥ずかしさのレベルを余裕で更新するとは思いませんでした。
『うわっ師匠の唇柔らかい…髪から良い匂いも漂ってくるし、なんだか優しい夢の中みたい…って言うかなんで私こんな事されてるの~⁉』
心の中でそう叫んだとしても、現実は何も変わらない。
長い長いキス。どれくらいの時間そうされていたかは混乱していてわからなかったけど、当然風なんか起こせるはずもなく、なすがままにされました。
暫くして、やっと口を離した師匠は言いました。
「ほら、魔法出せなかったじゃない」
「ああああ…当り前じゃないですか!!ななっ…何をしてるんですか!!!」
「でも、それじゃ駄目よ?戦闘で何が起こるかなんてわからないんだから」
「それでも、口元にキスしてくる敵なんていないと思います…」
「いるって言ったら?♪」
いたずらな顔で師匠はウインクをする。その態度から、本当かわからないのが怖い。始めて「世界って怖いなぁ…」って感じるのがこんな事だとは思いませんでした。
顔から火が出そうなほど恥ずかしくて、顔を真っ赤にしている私を尻目にして、師匠は授業を進める。
「まぁ流石に極端だったけど、常に魔法を使う意識はしといたほうが良いわ。」
そう言って師匠は、指をピンとしながらこちらに振り向いて話を続ける。
「魔法は何の準備も必要なくて、なかなか止める方法もない便利なものなのに、自分の心ひとつで使えなくなるのはもったいないもの」
「むぅ…でも魔法はもういつでも使えますもん…戦いだってきっとできますもん…」
そう私が言葉を零すと、こちらに振り向いて、師匠は言った。
「でも、戦闘中は一番イメージが出来ないものよ?受けたダメージ、常に変わる戦局、相手の予想外の行動とかイメージが崩れる要因が沢山だもの。」
そして、再び真剣な表情をすると、
「いい?戦闘中1番やっちゃいけないのは、出来ないイメージよ。」
「出来ないイメージ…」
私はその言葉がなんだかグサリと刺さった。
知らない事に関して何でも、「見たことないから出来ない」と思ってしまう私にとっては、クリティカルな言葉だったんだと思う。
「だからそうね…これは受け売りだけど、戦いになったら、『常に最強の自分を想像する』のがいいって聞いたわ」
「最強の自分…ですか?」
「そう。多分だけど、こう思ってないと、魔法なんて使えないと思うのよ。魔法はイメージで何でもできる。それを使える私達は、言い換えれば最強だもの。」
明らかに暴論だとは思ったけど、実際に魔法は何でも出来る。そう思ったら、反論出来なかった。
師匠は私の横を通り過ぎて、村の方へと歩きながら言う。
「だから、これからは、自分は最強だと想像しながら魔法を使いなさい。これが師匠として最後にあなたに贈る言葉よ。」
「…わかりました。師匠。今までありがとうございました。」
「うん、それじゃ帰りましょうか♪」
正直、そんな事全然想像出来なかったけど、私は師匠に続いて村へと歩き出した。
こうして、私と師匠の魔法の修行は、あっさりと終わりを告げたのでした。
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