第7話 私とはじまり
足元から吹く強風によって、 すごい勢いで私たちの体は上昇する。こんな経験初めてだから、私は足が体の胸辺りまで持ち上がり、頭と足が反対になりそうになる。
「あわわわわわわ!?」
「おっと、あぶない。」
慌ててバランスを崩しそうになっている私の姿を見たカナリアさんは、肩を抱いてどうにか体制を立て直してくれた。
「上向いてちゃ見えるものも見えないわよ?ほらそろそろ風を止めるわ。」
私達を持ち上げていた強風がぴたりと止まり、ふわふわとした風に変わった。体が空中に浮かんでいるのは正直ドキドキが止まらないけど、カナリアさんの手が肩にあるだけで安心する。
風が変わると同時に、目まぐるしい勢いで動いていた視界もストップする。
空中に浮かんで最初に私の目に映ったのは、
よく見た青。空の色。
「…あれ?」
「あら、ちょっと飛びすぎちゃったかしら。」
そういいながら指をちょちょいっと動かすカナリアさん。私は、その指の方向へと視線を動かします。
「わぁっ…!」
見えなかった色が、そこにはあった。小さくて、豆粒のようで、ちゃんとは見えないけど、そこには確かに商人さんやお兄ちゃんが語っていたものがありました。
まず見えたのは、草原の緑に転々とする村。けど、私の住む村とは違う。沢山の動物がいたり、目立つ建物があったり、硬そうな壁に囲まれているのもある。
次に見えたのは、線を引いている空よりも深い青。
川…だと思う。村に流れているのは、透明だったし、何より、高台から見た時は、糸みたいだった。でも、それは、高台よりも高い所からみているのに、とっても太くて、道みたいだった。
青い道を超えたその奥には、高台に咲いた花の色よりちょっと暗いオレンジ色。
あれが…町?町の屋根はオレンジ色の石で出来ているって聞いた。だから多分そう。沢山の人が住んでいて、皆がいろんなことをして、いろんなことができる。そんな場所。私の作った花束を買う人もいるのかな。
そして、奥に見えるのが…多分お城。町よりも高い所に見える白い建物。偉い人達が住む場所って聞いた。商人さん達も滅多にいけない場所らしい。見た感想は、何か角がしっかりして…強そうな感じがする。
そして町から何かが伸びているのが見える。あれは…道みたいにも見えるけど、それにしてはちょっと変?色が一言で言いにくいし、明らかに大きいし、その上を何かが動いているのが見える。
覚えている知識から察するに、動いているものは、魔術車だと思う。恰幅のいいおじさんの話では、確か町から町へ行くのに便利なんだとか。て、ことはあれは魔術車の為の道?
道の先は…山に阻まれて見れなかった。
でも、沢山の知らなかったもの、現実味がなかったもの。それが本当にあるってわかった。商人さんが話していた世界は本物だと分かった。
もっと近くで見てみたいな。
町、城、魔術車。商人さんが言ってたものがあるのは分かった。でもそこに何があるかはまだわからない。信じられない。
『実際に見せるのが一番なのよ。』
ついさっき聞いた、カナリアさんの言葉を思い返す。
あぁ…本当だったな。私には、どんな話よりも実際に見るのが一番だった。
でも、ここから見えるのはここまで。その先は…実際に行かなきゃわからない。
じゃあ、いつか見に行こう。そこに何があるか、確かめに行こう。村を出て、旅に出よう。
お兄ちゃんがよく言っていた言葉が出てきた。
もしかして、これがそうなのかな。私はずっと私の肩を抱いていたカナリアさんの方に顔を向ける。
「カナリアさん、私、今どんな風に見えますか?」
「そうね…私の話を聞いてた時のお兄さんみたいなキラキラした表情。そうね――
帰ってきたその答えは、私の予想通りで、最もうれしい言葉でした。
――外の世界を夢見る少女って感じかしら。」
「…!そうですか!」
多分、私は今まで生きていて見せたことのない最高の笑顔をしていたと思う。
遂に、私も夢を見れた。村を出るっていう夢。お兄ちゃんと同じ夢。
「カナリアさん。ありがとうございます」
「…どーいたしまして♪」
「カナリアさんのおかげで私、お兄ちゃんに謝れそうです。」
「え?何?喧嘩してたの?あなた達。」
「はい、私のせいで…私が夢を持てなかったせいで、お兄ちゃんにつらい思いをさせちゃいました。でも、もう大丈夫です。」
私は、明るい顔でまた、外を見る。
「私、夢見る少女になれましたから。」
「…そっか。」
「カナリアさん、もう少しだけ見ててもいいですか?」
「ええ、もう少しだけ…ね」
夢が無かった私は、高い、高い空の上、夢を見下ろしながら――
私は、初めて夢を持つことが出来ました。
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