第5話 私とイメージ

 私達3人は、道の脇にあった長めの椅子に腰かけ、カナリアさんの旅の必需品という見るからに固そうなパンを3人で頬張りながら言葉を交わした。


「そう、あなた達兄弟なのね!髪の色はともかく雰囲気がそっくりだわ♪」

「そうですか?あんまり似てないと思いますけど」

「そうですよ、俺と違ってリリは器用だし、素直に家の手伝いもちゃんとするし、優しいですよ?」


 おお、お兄ちゃんがすごい褒めてくれる。えへへ。嬉しくなった私は、お返しとばかりにお兄ちゃんを誉め返します。


「お兄ちゃんだって猪突猛進で、直ぐ感情的になるし、優しいですよ?」

「お、おお…ありがとな」


ふふん、完璧。


「ふふ、やっぱり二人とも優しい所がそっくりじゃない♪」


楽しそうな様子でカナリアさんが言います。一方で、お兄ちゃんは自分の事じゃなくて外の事をもっと聞きたかったのか複雑なそうな顔をしています。

 お兄ちゃんは、やっぱり硬かったパンを千切ってそれを口に放り込みながら話しかけます。

 

「そんな事より、旅の事を話してください。俺らの話を聞いても面白くないでしょ?」

「そんなことないけど…じゃあ何が聞きたい?」

「えっと、じゃあ旅に出るときの話とか!」


 それは私もちょっと聞きたい。外に出るのが怖いと思っている私にとって、何かヒントになるかも。そう思ってた。


「旅立ちねぇ…なんも無くなったからかな。」


 俯きながらカナリアさんはそう答えた。先ほど集会所で話してた明るい声とは打って変わって悲しい声。

 その急な声の変化に私は何も言えずに、ただただ呆然としていた。


「気づいたらね。何にもなくなってたの。家族も、友達も、なーんにも。だから旅に出たの。最初は不安だったわよ?一人でこの先どうしようとか。外出ても何もなかったらどうしようーとか。」


 変わらない声で話し続ける。ああ…やばいやっちゃった…悪いこと聞いちゃった…お兄ちゃんも予想してなかったって顔してる――


「おおっ…」


よね?あれ?何か興味津々じゃない?この声だよ?明らかに重い話だよ?旅の話ってなると何でものめりこんじゃうの?


「でも!」

「ひゅいっ!?」


いきなり大声をだして立ち上がるカナリアさん。

その隣で、変な声を出した私は、体をピクっとさせ、手に持っていたパンを落としてしまう。


「旅に出たら面白いものがいっぱいだった!自分の悩みを全て吹き飛ばしてくれた絶景!大きさだけじゃなくて、素材、見た目、全てが私の思いもよらないもので出来ていた大きなお城!自分とは違う種族!知らない文化!知らない規則!知らない魔法!とっても大事な友達もできた!アタシは強くなれた!ああっ…こんなにたくさんの面白いがあったなんて!、なんて…」



「なんて世界は面白いんだろうって!」


 大きく手を開いて、カナリアさんは叫んだ。果てしなく広がる空に響き渡る声。

 とても力強い声だった。多分、心の底からの声。感情があふれ出すってこういう事を言うのかなって、そう思った。

 その後、我に返ったかのように、広げた手を戻し、席に座ると。


「…アハハ、熱くなっちゃった。ごめんね。旅の初めより、旅を始めた後の方が印象に残っててさ。」


カナリアさんは、恥ずかしそうに笑いながらそう言いました。


「いえ!全然大丈夫です!カナリアさんが本当に旅してて良かったっていうのがすごい伝わってきましたし、俺も旅に出たいって気持ちがもっともっと強くなりました!」


 お兄ちゃんが興奮した様子でそう言った。


「そう、それは良かったわ!リリちゃんはどうだった?」


 お兄ちゃんと同じ気持ちだった。そうだよね。やっぱり旅は楽しいんだ。こんなのを聞いたらさすがの私もワクワクする。今この瞬間に旅に出たいとも思った。

 『私も旅に出たい。』今の興奮をそのままに、そう言おうとして口を開く。


「私っ…」


 でも、その興奮は、声を出す前に、消えてしまった。さっきまでカナリアさんの話を聞いていて、すごいワクワクしてたのに、頭にうっすらだけど浮かんできていたのに。楽しいと思えるものが、キラキラしたものが。消えちゃった…


なんで?私だって夢を見たいのに、夢を持ちたいのに…夢になる素がなんですぐ消えちゃうの?


きっとこれが、私が旅に踏み切れない理由。夢をなかなか持てない理由。私の悪い所。


私は、


「…私もカナリアさんの気持ちがよく伝わってきました。旅っていいものなんだろうなって、そう思いました。」

「…そう。」


何とか何食わぬ顔を作って私は答えた。多分変じゃない…はず。


「おおっ!じゃあリリも一緒に旅に出ようぜ!」

「うーん…やっぱりそれは無理かな?」


 想像…できなかったもん。自分が旅して…いろんな所に行くこと。いろんな話を、お兄ちゃんみたいにたくさん聞いてたら良かったのかな。

 私は立ち上がって。


「カナリアさん。そろそろお昼休憩も終わって皆が戻ってくる時間です。私は少しやることを思い出したので、ここで失礼します。村の皆さんとお兄ちゃんに、また素敵なお話、聞かせてあげてください。」


 とびっきりの笑顔を作って私は夢の沸く場所から、逃げるように駆け出した。

 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る