第3話 私とお兄ちゃんの夢
夕方になってもお兄ちゃんは帰ってこなかったので、私はお母さんに言われて探しに行きました。
大体の目星はついているので、そこをいくつか巡っていこうと考えながら、1つ目の場所にたどり着いた。
「あ、いた。」
早速見つかりました。村をはずれにある、ずしんと威圧感のある大きな大木の下。大きな石とかがそのままでちょっとした広場のような場所。
その中心で手作りらしい案山子のような木製の人形に向けて、持ち出した木刀を振り続けています。
もしかしてあれからずっと振っていたのかな。そうだとしたらすごい。
これがお母さんの言ってた夢の持つ力からなのかなと思いつつ。
「お兄ちゃーん。お母さんがそろそろ帰ってきなさいって。」
私は明るく呼びかけた。
「えー…どうせ母さんに怒られると思うんだよな。帰りたくねぇ…でもまぁこの辺が限界か。」
なんか思ったよりあんまりな理由で頑張ってました。夢の力とか柄でもないこと考えてたの恥ずかしくなってきたじゃん。
修業っていうのはこんな理由でやるものだったのかと思うと悲しくなります。
「いつも修行してるのそんな理由だったの?」
「違うわ、今日だけだ今日だけ。さっさと帰るぞ。」
そんな会話の後お兄ちゃんは家の方へと歩き始め、私もその後ろに続きます。
広場から出ると、夕暮れの中にぽつぽつと立ち並んだつまらない家やその隣の見慣れた花畑が見え始める。
茜色に染まった帰路を歩きながら私は一つ尋ねました。
「お兄ちゃんの夢は外…村を出ることだよね。」
「そうだな。」
「なんでそう思えたの?」
お兄ちゃんは少し首を動かして一瞬こっちを見ると、またすぐに前を向く。そして、歩きながら答えてくれた。
「なんでって…外にあこがれたから?」
「見たこともないくせに」
「見たことないからだろ」
「私は、見たこともないものに憧れたりはしないの。そんな単純じゃないの。」
「それなら見せられたらいいんだけどな。」
お兄ちゃんがそう呟く。
そういう事じゃないし。見たらすぐ外に出たいなんて思うわけじゃないでしょ?
何言ってるの。
私が、そんなことを考えていると前を歩いていたお兄ちゃんは突然、足を止めた。
やっぱ帰りたくなくなったのかな?外が怖くないお兄ちゃんでもお母さんの説教はやっぱりいや?
私が少しニヤニヤしてるうちに、お兄ちゃんはこっちに振り向いた。
「なあリリ、俺と一緒に外に出ないか?」
ホントに何言ってるの。
そんな真剣な顔で、真っすぐこっちをみて。
「とっ…突然何?」
いきなりでびっくりした。にやけ顔も崩れちゃった。しかも、そんな真剣に頼まれたら頷きそうになっちゃうじゃん。
でも『頷きそうになった』だけ。私は直ぐに答えを返した。
「わっ…私はいいかな。うん」
そんなずるっこしても外になんか出たくならないよ。村を出る夢はそう簡単に持てない。
「家の手伝いを続ける。そして家を継ぐ。今はこれが夢。お兄ちゃんとは違う夢をちゃんと持ってるから」
お兄ちゃんを納得させるために、お母さんに否定された夢を突き付ける。否定されたけど嘘じゃない。これはちゃんと私の本心だ。
そう思いながら私は答えた。
お兄ちゃんは凛としていた顔を少し崩して、少し笑って、少し俯いた後、私に背を向けてまた歩き出す。
「そっか。」
後ろ姿のお兄ちゃんから聞こえたその声は、少し、いやとっても残念そうだった。
少しの無言が続く。
そして、その沈黙を破る私。
「どうして私を誘ったの?」
「今日もため息…ついていたから。お前も外に出たいんだと思った」
いつもそんなこと思ってたんだ。
「違うよ。この村は退屈で…それでため息ついちゃっただけ。」
「だったら…「外を見てみたい…とは思ってるよ。でもお兄ちゃんよりそれが強くないってだけ。だから、ごめんね?」
誰も見てるわけでもないけれど、作り笑顔をして私は答える。話したいことがあるわけでもないけど、なんでか言葉がスラスラと口から出てくる。
「いつかさ、お兄ちゃんが村を出て、戻ってきたらさ、その時話を聞かせてよ。私それを楽しみにしてるからさ。」
うん。我ながら良い言い訳。
お兄ちゃんの夢を励ましながら、自分も楽しみもあるから大丈夫ってちゃんと言えた。これならお兄ちゃんも納得してくれて、後姿で見えないけど、笑顔になってくれるよね?
「やだ」
えええっ。それは予想外なんですけど。本日2度目。
こぶしを強く握りしめながら、お兄ちゃんは勢いよく振り向いて大きな声で私に問いかける。
「だってさ、お前、いま外に出たいって言ったじゃねえか!それが夢だ!少しでもしたいって思ったらそれが夢でいいんだよ!お前は夢を持っているんだ!」
さっきとは比にならないほど驚いた私は、口を開けて硬直していた。「出たい」なんて言ってないとかそんな否定もできなかった。そんな様子はお構いなしにお兄ちゃんは続ける。
「だからさ、一緒に行こうぜ。嘘なんかつかないでよ。一緒に来てくれよ。」
涙をそれよりも強い何かで押し込めている。そんな顔をしていた。
それでも、私は。
「…ごめんね。臆病で。」
まだ、夢を持つことが出来なかった。
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